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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇15) 〜「ソドムとゴモラ」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。



さて、今回は有名な「ソドムとゴモラ」の話である。

名前くらいは聞いたことがあると思う。
名匠ロバート・アルドリッチ監督で映画化もされている(予告編↓)。

ちなみにソドムもゴモラも町の名前である。


他にも、パゾリーニ監督の映画『ソドムの市』(観るとトラウマになるよw)を始め、いろいろ映像化されているし、小説ではマルセル・プルーストの名作『失われた時を求めて』の章にもなっている。アニメでは『天空の城ラピュタ』にも、ムスカのセリフとして出てくるね。

というか、悪徳や頽廃、甚だしい性の乱れの「代名詞」だ。

ソドミーという言葉も有名だ。

Wikipediaをそのままコピーすると、「不自然な性行動を意味する法学において使われる用語で、具体的にはオーラルセックス、肛門性交など非生殖器と生殖器での性交を指す。同性間・異性間、対象が人間・動物の区別はない」となる。

ソドムはその「ソドミー」の語源でもある。

ま、とにかく、乱れてきっていたわけ。
で、神の怒りを買い、火の矢を降らされてソドムは町ごと滅ぼされる。
そのとき、一家族だけ天使たちに逃がしてもらっている。
それがロトの家族。

今回はそういうお話。


とはいえ、この辺まで来るとストーリーがわからなくなっていると思うので、10秒で復習するよ。

神は天地を創り人を造ったんだけど、人間たちの不敬と不法に呆れ、大洪水を起こしてノア・ファミリー以外全滅させた。

で、そのノアから11代、アブラハムの時代に話は移る。
アブラハムはイスラエル民族の祖にして信仰の父という超重要人物。その甥っ子がロトなわけだ。

アブラハムは、神の啓示を受けてウルという土地から約束の地カナンに引っ越すんだけど、飢饉であっさりエジプトに移動し、そこでいろいろあって金持ちになってまたカナンに帰ってくる。


これが前回までのお話だ。
このアブラハムの旅に、甥であるロトはずっと同行していたわけ。

ロトと言えばドラクエの伝説の勇者とか宝くじのロト6とかロト7とかいろいろ思い出すだろうけど、いったん忘れてくれw


で、今回。

カナン近くまで帰ってきたとき、アブラハムの部下と、ロトの部下が勢力争いを起こしたんで、「なぁロトよ、お互いのために別れよか。お前はどっか好きなところに住め。そしたらワシは逆へ行く」って提案する。

そこでロトは、死海のほとりの、すでに栄えていた「ソドム」を選んで移り住む。そりゃ荒野よりすでに栄えている町がいいわな。

その選択が凶と出る。

ソドムは、悪徳、頽廃、乱交の町だったのだ。

※(ゴモラの話はほとんど出てこないんだけど、ゴモラも頽廃と不法の町だったらしい)



ここでちょっと前回の「イサク誕生の予告(三人の御使い)」を思い出してほしいんだけど、三人の天使「トリオ・ザ・エンジェル」がアブラハムの元を訪れるじゃん?

彼らはそこでイサクの誕生を予告するだけでなく、「オレたち、今からソドムを滅ぼしに行くんだわ」って、アブラハムに言うわけ。

天使「だって、あの町ひどすぎるからな。もう跡形なく焼いちゃおうと思って」

アブ「いやいや、あそこには可愛い甥っ子のロトと家族が住んでますだ! なんとかお助けを〜!」

天使「・・・あっ、そうなの? じゃ、彼らだけ助けたるわー」

そうして、天使たちはソドムの町に向かう・・・。



さて、ここらで今日の1枚。

ギュスターブ・ドレの『塩の柱になったロトの妻』。
ドレもこの連載ではずいぶんとお馴染みになってきたけど、毎回いい絵(版画)を描くなぁ。

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これ、燃えさかるソドムから這々の体で逃げているロトとふたりの娘だ。
このロトの顔がすごく好き。
なんか「うわ〜」っていう表情がとてもよく描けているなぁと。

天使たち(ソドムに向かったのはトリオではなくコンビだったんだけど)は、ロトの家族に「今からこの町を滅ぼすから逃げなはれ。でも、決して振り返ってはならぬぞよ」って告げるわけ。

で、ロト家族は必死に逃げ出す。

そのとき、妻は、天使の注意を守らず、ふと振り返ってしまう。ソドムの惨状が気になったのだろう(いままで生活してた場所だからね)。

で、塩の柱になってしまう・・・。

ロトも娘も振り返るわけに行かず、彼女を置き去りにとにかく逃げる!


なんかこういう「振り返ってはならぬぞよ」って物語、世界中にあるよね。
日本ではイザナギ、イザナミの物語なんかもこれに近い。



さて、他の絵も見てみるけど、少しだけ時計の針を巻き戻す。

天使たちはアブラハムに「ソドムを滅ぼす」と宣言しながらも、「とはいえロトの他にも善良な人がいるかもしれないからいったん見てみよう」ってソドムの町に入るのだ。

で、ロトが彼らをいち早く発見して、この人たちは只者ではない、と気づき、「うちにお寄りください」って三顧の礼で迎えるんだな(この辺、アブラハムといっしょの反応)。

これが町で噂になる。

旧約聖書には何も書いてないけど、たぶん、天使がむちゃくちゃ美しかったのだと思う。

で、なにしろ「ソドミー」な人たちなわけですよ。男色家たちがロトの家に押し寄せるわけ。

「なんかすげーイケメンがいるらしいじゃないか! 出せ! 抱かせろ! なぶらせろ!」

(訳が本当に「なぶらせろ」なのw)


その辺のことを、我らがティソ様が描いている。
というか、調べた限りではティソ様しか描いていない。

ティソ『ソドムの人々』

さすがティソである!

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ドアの外に押し寄せる男色家たち。
「あのイケメンを出せ! 渡せ!」

ドアを締め切ろうとするロト。
ふたりの天使は美しく、なんか必要以上になよなよしているw(そりゃ男色家たちが押し寄せても仕方ないよね、ってティソは描いているんだな、きっと)


ここで、ロトはちょっとビックリなことを言うわけ。
(ちなみにこのとき、ロトは客人が天使だとわかっていない)

「おい、みんな、待ってくれ! うちにはまだ男を知らない娘が2人いる。その娘たちを提供するから、客人には手を出さないでくれ! 頼む!」


ひ、ひどすぎる・・・

ただ、これ、解釈はいくつかできるかな。

(1)客人を守るために娘を差し出した美談 (謡曲「鉢木」的な)。
(2)女の人格なんかこれっぽっちも考えていない男尊女卑の鬼畜・鬼父。
(3)男色家たちは娘を襲うはずがないから、まずは娘を差し出した機転。


ま、旧約聖書の女性蔑視方向から考えると、(2)かな、たぶん。

というか、結果的には男色家たちは「おまえはアホかー! 女なんか欲しいわけないやろがー!」って娘たちには目も向けずに天使を襲って、天使の超能力で目をつぶされて「ギャー!」ってなるんだけどw


シャルル・ヴァン・ロー
『ソドムの住民の目をつぶす天使』

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なんかゲームっぽいw

右側では違う天使が「さぁ、ロト、逃げなさい」って言っている。

そう、ここで天使は「ロトよ、実はわたしらはソドムとゴモラを滅ぼすために遣わされた神の使者なのだ。あなたたちだけ助けてやるから、家族とすぐに逃げなさい」って、カミングアウトするのである。


ヤーコプ・ヨルダーンス『ソドムを去るロトとその家族』
長くルーベンス作と言われていた作品。いまは「ルーベンスの構図に基づいてヨルダーンスが描いた」と推定されている絵だそうだ。

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天使たちは「さぁ急ぎなさい」って言っているけど、ロトは未練たらたらだ。まぁそりゃそうだ。財産とかも全部置いていくわけだからね。



で、天使たちはロトが逃げるのを待って、ソドムを滅ぼす

つまり、「ロト以外は全員クズ! 逝ってよし!」って決めつけたんだなw



このあたりの絵で一番好きなのは、これ。
象徴主義の巨匠ギュスターヴ・モロー の『ソドムの天使』。

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ソドム滅亡の絵はたくさんあるんだけど、ほとんどが「ストーリーを説明した絵」なんだよね。まぁ聖書が読めない文盲の人が多かったあの時代、絵の役割は「説明」だったから仕方はない。

でも、モローのこの絵は説明を省き、ソドムの町が黒煙を上げる模様と、それを実行した「冷徹な天使の姿」を象徴として描いている。

なんというか、ヱヴァの使徒みたいで怖いし、人間としての無力を感じる絵だ。なんかちょっと怖いけど、見ていて飽きないいい絵。



ここからは、滅ぼされるソドムの絵を続けて見てみよう。

注目すべきは、塩の柱になってしまった妻
必ず絵のどこかにあるよ。


ジョン・マーティンの『ソドムとゴモラの破壊』。

これはよく引用される絵。
ソドムの燃え方がすごい。対流が起こってる。
そして逃げていく家族たちも熱そうだ。
そういう迫力はこの絵が一番。

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ちなみに、上の絵で、塩の柱になった妻はどこにいるか、わかる?

ここここ!(↓)
白く小さく固まっている。
稲妻をわざわざ妻に向けて「ここにおるで」って教えてくれているね。

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映画『天空の城ラピュタ』で、ムスカがこう言う。

これから王国の復活を祝って、諸君にラピュタの力を見せてやろうと思ってね見せてあげよう、ラピュタの雷を。
旧約聖書にある、ソドムとゴモラを滅ぼした天の火だよ。ラーマ・ヤーナでは、インドラの矢とも伝えているがね。

ピーター・シューブローク(Pieter Schoubroeck)のこの絵は「天の火」って感じがよくわかる絵だ。

ちなみに妻は右端に小さく。

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巨匠デューラー
これも天の火っぽいね。
デューラーのはどこかユーモラス。というか童話っぽい可愛い絵。
妻は左上の道に佇む。

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ジェイコブ・ジェイコブズ
(Jacob Jacobsz)。
これも美しい絵。天の火っぽい。
妻はどこにいるかわかる?

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ヨアヒム・パティニール
これは、妻の姿がどこにあるか一番わかりにくい絵。
ド真ん中あたりの小さな小さな白い点がそれだ。

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ヤン・ブリューゲル

破壊の迫力がすごい! 妻は中央下の白い影、かな。

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ロンバウト・ファン・トロイエン
右の荒野の黒い人影が妻だね。

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ベンジャミン・ウエスト
ロトの妻、うはぁぁぁぁってなってる。

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あのコローも描いているけど、なんかいまいち切迫感を感じないな。
左上に天使が飛んでる。

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ヴェロネーゼも描いている。
これも恐ろしさは足りない。でもリビングとかに飾っておくにはいい絵かも。
妻の姿は、、、もうわかりますよね。

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このあたりで、もう一度、今日の1枚で挙げたドレの版画を。
上では濃い色のを見てもらったけど、薄い色で見ると細かいところまでよくわかる。

やっぱりいいなぁ・・・。
妻の姿も瞬間をしっかり捉えている。
なんか白黒のせいか、想像力も刺激されるよね。

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ということで、そろそろオシマイ。

最後に、これまた好きな1枚を。

『ニュルンベルク年代記』に描かれたソドムとゴモラ。

この妻!w
笑ってるw
というか、こけしww

これを「今日の1枚」にしようか迷ったくらい好ましい絵。

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・・・あ、最後にティソ様からもう1枚。

ティソ『ソドムを見るアブラハム』。

遠く燃えさかるソドムを見てうろたえるアブラハムだ。
こんな切り口も、ティソしか描かないよなぁ。さすが。

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ちなみに、観光地紹介。
死海のほとりのソドム山にある「ロトの妻の塩柱」だそうだ(土の柱のように見えるけど、岩塩だそうだ)。

マジかw
いや、ロトの妻の背、高すぎw

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ということで、今回はオシマイ。
次回は「ロトの娘たち」というエピソードなんだけど、いやぁ、えげつない話なんですわ、これが。旧約聖書の中でも筋金入りのえげつなさ。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。

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