大瀧詠一『A LONG VACATION』
人生に欠かせないオールタイムベスト音楽をいろいろと紹介していきたいと思います。ジャズ、クラシック、ロック、ポップス、歌謡曲、フォーク、J-Popなど、脈絡なくいろいろと。
2019年8月16日。
ボクは山下達郎のライブを聴きに行った。
山下達郎のライブにはここ10年ほど毎年行っているが、彼は大瀧詠一が亡くなってから6年半、沈黙を守っていた。
※(一般に表記として大瀧と大滝の両方が使われるが、ここでは本名のほうの大瀧で統一する)
昨年のライブだったか、少しだけ大瀧詠一の曲をやったことはある(例のメドレーコーナーで)。
でも、今回のライブでは、きちんと彼について語り、一曲をフルに演奏した。
「大瀧さんのことは軽々しく語りたくなかった。だからいままでまったく語ってこなかった」と言い、「でも、7回忌を前に、そろそろ語ってもいいかなと思い始めた」と、いくつかのエピソードと想いをステージで語った。
大瀧さんがいなければ、今の自分はなかったこと。
いろんなことを教えてもらったけど、なにより大瀧さんに影響を受けなければ音楽的に全然違う方向に自分は進んでいただろうということ。
はっぴいえんどの解散ライブでの大瀧さんとのエピソード(細野晴臣に「大瀧、おまえ弟がいたのか」と達郎を指して言われたこと)。
お互い岩手がルーツで、もしかしたら遠い親戚ではないかと思っていること。
そして、大瀧さんとカラオケに行って、達郎が「君は天然色」を歌い、大瀧さんに「この曲、キミに上げるよ」と言われたこと。
そういったことを静かに話したあと、彼は「君は天然色」を演った。
山下達郎が11年ずっと率いているリズム・セクションは、現在考え得る最高のクオリティを誇る(伊藤広規、難波弘之、佐橋佳幸、柴田俊文、小笠原拓海、宮里陽太)。
つまり、令和元年現在望みうる限り最高の演奏での「君は天然色」だった。
イントロが流れてきた瞬間、カラダが固まった。
客席の周りの誰も手拍子をしていない。
リズムに乗って頭を揺らす人すらいない。
観客が全員固まって息を止めている。
そのくらい凄い演奏と歌だった。
終わった瞬間、ようやく息が出来たのだが、もう涙涙で、しばらく動けなかった。
達郎は終わってからひと言、「これからも大瀧さんの歌を歌っていこうと思います。おこがましいかもしれないが、自分こそが大瀧詠一の曲を演奏する資格もチカラもある日本で唯一の人間だと思っています」というような意味のことを言った。
そして、続いて、鎮魂の祈りのような「REBORN」を歌ったのである。
「君は天然色」については、こんなエピソードも最近知った。
リンク先がなくなってしまうのが怖いので(貴重なエピソードだから)、画像で一部を引用する。
大瀧さんが「今度のアルバムは売れるものにしたいので、松本隆に詩を頼みたい」と言い、松本さんが快諾したあとのことである。
これを読んだあと、松本隆さんの歌詞を読むと慄然とする。
この名曲の、まったく違った側面が見えてくる。
♫くちびるつんと尖らせて 何かたくらむ表情は
別れの気配をポケットに匿していたから
机の端のポラロイド写真に話しかけてたら
過ぎ去った過去 しゃくだけど今より眩しい
想い出はモノクローム 色を点けてくれ
もう一度そばに来てはなやいで
うるわしのColor Girl
「君は天然色」についてもう少し話すと、2015年に宝物みたいな本が発売された。
枕になるような分厚い本。
900ページ超である。
博覧強記の大瀧詠一さんが、とにかくいろんな話をダラダラダラダラとしてくれる夢みたいな本である(この本一冊だけをもって、カナリア諸島に行って、ダラダラダラダラ読み続けたい・・・というのがちょっとしたボクの夢だ)。
この本の中で、大瀧さんはこんなことを言っている(P103)。
その『ロンバケ』なんだけど、レコーディングの初日、忘れもしない80年4月13日、「君は天然色」の最初の音が出た瞬間、できたー!と思った。長年求めていた音が遂に。という感じで嬉しかったね。『ロンバケ』は「君は天然色」のノリで一気にできた、ともいえるね。
この文と、上記の松本隆さんとのエピソードを知ると、この名曲がまた違って聞こえてくるよね。
ボク個人のことを少しだけ書いて、この愛する名盤についての話をいったん終わろう(そのうち追記するかもしれない)。
ボクが大学に入ったのは1981年。
つまり、このアルバムが出た年である。
これについては、自分の人生を誇らしく思う。
人生にいろいろなラッキーなことがあったけど、「A Long Vacation」という名盤を大学一年生のときに(つまり感性が一番瑞々しい貴重な時期に)リアルタイムで聴けた、というのは、その中でもトップクラスにラッキーなことなのではないかと思う。
浪人時代の暗いトンネルから急に明るいところへ出てきて、眩しくて左右もわからないボクの耳にいきなり流れ込んできたのが、このアルバムなのである。
そんなラッキーなことって、なかなかない。
とにかくこのアルバムに漂う楽観的明朗さが、当時のボクには新鮮きわまりなかった。
ド頭の「君は天然色」。
このアルバムは、アルバム上でのライブという演出になっているので、チューニングから始まっている(そして、「FUN×4」でライブは終わり、「さらばシベリア鉄道」がアンコール、という体裁)。
♫夜明けまで長電話して 受話器持つ手がしびれたね
♫渚を滑るディンギーで
このあたり、思い出とたくさん直結しているなぁ(受話器もって夜中に長電話、とか、ディンギー乗ったなぁ、とかw)
続いて「Velvet Motel」、名曲「カナリア諸島にて」。
もうこの三曲だけでご飯が何杯でも食べられるw
なんて素晴らしい導入だろう。
そして「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」「我が心のピンボール」でA面を終える。
村上春樹の「1973年のピンボール」は前年の1980年に発売された。
それらの影響もあって、当時の(流行に敏感な)若者たちの間でピンボールは特別な立ち位置を担うことになる。
B面は「雨のウェンズデイ」「スピーチ・バルーン」と、ちょうどライブなら中盤のバラッド的な部分から始まる。
というか、「スピーチ・バルーン」にならって
♫暗い海にヘッドライトのパッシング
しませんでした?w
流行ったんだよね、一部でw
そして名曲「恋するカレン」。
ライブとしてはここが最高潮、という設定だろう。緩急の付け方が素晴らしいなぁと思う。
そして、ビーチボーイズをを彷彿とさせる「FUN×4」。
これがライブ演出でいうラストになり、アンコールの声がかかるのだが、この「FUN×4」はそういうノリも含めて本当にいいなぁ。
ちなみに、「散歩しない?」っていう声は太田裕美。いい。
下の引用を読むと、彼女バージョンの「さらばシベリア鉄道」を作ったときに録音したのかな、と思う。
そして、アンコールとして大名曲「さらばシベリア鉄道」。
この曲については、前出の本の中で、大瀧はこんなおもしろいエピソードを語っている(P104)。デモ・テープw
『ロンバケ』の制作も佳境に入った頃、スタジオで「さらばシベリア鉄道」の歌入れをやっていた時に、どうも歌ってシックリこないんだよ、気持ちが悪い。なんだろうと思ってプレイバックを聴いていたら、この曲は女が歌った方が良い、と思ったんだ。すぐに太田裕美が頭に浮かんだ。そうなんだよ。
「木綿のハンカチーフ」なんだよね、コレ。それですぐに彼女のディレクターに電話をした。偶然にも、ぼくのディレクターと同一人物なんだよ、これが(笑)。できすぎた話のようだけどね。それで数日後には、彼女のヴァージョンが出来上がった。ぼくのは既に出来ていた訳だよね。そのテープ聞いたアレンジャー氏が、「よく出来たデモ・テープだね」と言った話は内輪では有名(笑)
曲だけでなく、ジャケットも新鮮だった。
永井博のイラストも最高。
こういう西海岸的なイラストがこの頃流行っていて、ペーター佐藤とかもこの前後で流行るんだよね。
そのイラストに「A LONG VACATION」という文字が大きくデザインされ、レーベル名は「Niagara」。。。なんというか、この「昭和フォーク的ウェットさが皆無」な感じが、当時のボクには本当に福音だったなぁと思い出す。
いや、ほんと。
つくづく、時代、才能、タイミングがすべて揃ったときに出来る傑作アルバムのひとつだと思う。
ボクの人生にこの一枚があって良かった。
このアルバムを作ってくれて、本当にありがとうございました。大瀧さん。
※
このアルバム発売から1年半後の1982年10月1日に、CDが世界で初めて発売された(それまではアナログ盤しかなかったんですよ皆さん)。
で、ソフトの初回発売は、CBSソニー、EPICソニーが合わせて約50タイトル、日本コロムビアが10タイトルだったそうである。
このうち最初に生産が行われたのはビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』(CBSソニー/35DP-1)。
そして、この「A LONG VACATION」もその最初期の一枚に選出された。
大瀧さんによれば「とにかくアナログ2700円の時代に3500円のCD、しかもCDの最初期だから、リスナーはCDプレイヤーも購入しないとならないわけです。だから誰も買いませんでしたね。ホントですよ」と言っていて、実際最初の3年間はCDの印税はゼロだったらしいw
※※
実はこの年、このアルバムと対比するようなアルバムを寺尾聡が出していて、この「A LONG VACATION」とともにボクの人生の「明」と「暗」を象徴するのだけど、それについてはこちらに書きました。
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