聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(新約聖書篇2) 〜天使ってなに? 悪魔ってなに?
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
旧約聖書篇は全65回で完結しました。こちらをどうぞ。
いまは新約聖書をやってます。ログはこちらにまとめていきます。
このあと、ギリシャ神話。もしかしたらダンテ『神曲』も。
新約聖書の本編に入る前に、もうひとつ。
「天使」ってなんだ?
旧約聖書のときから、ちょくちょく出てくる。
「楽園追放」のときも「サラとハガル」のときも「3人の御使い」のときも「イサクの犠牲」のときも「天使との格闘」のときも「ヤコブのはしご」のときも・・・いや、キリがない。
そして、ケルビムとかミカエルとかラファエルとかガブリエルとか名前までついていて、「当然わたしたちをご存じでしょ?」って感じで登場してくるわけだ。
いや、知らねーし。
自己紹介なく出てこられても困るし。
ミカエルがなんぼのもんか興味ないし。
ま、唯一絶対の神であるヤハウェの部下的役割なのだろうと思うけど、新約聖書では赤ちゃん天使もたくさん登場する。
なんなんだろう・・・。
で、今回は基礎知識として「天使」、そしてついでに「悪魔」をさらっと知りたいと思う。
くり返すけど、このシリーズは「アートを知るために聖書を知っておこう」というものなので、くわしくは調べない。ただ、絵に天使が出てきたら、「あ、この天使はもしかしてアレね!」くらいは、多少わかるようになっておきたい、ということだ。
さて。
天使にも階級(ヒエラルキー)があるらしい。
今回初めて知ったよ。
つか、「ヒエラルキー」という単語が初めて使われたのはこの「天使の階級」を示すときだったようである。
いや、いったいそんなの誰が決めたのか、って、実は人間が決めているw(そりゃそうかw)
紀元1世紀ころの神学者ディオニシウス・アレオパギタが『天上位階論』という本を書き、表のような階級(位階)を示したらしいのだ。
※(あとで紀元5世紀ころに書かれた偽書だと判明したらしいが、それでももうこれがスタンダードになった後らしく、今でもこの階級が使われているらしい)。
うっわ。
えっらい縦社会やん!
そんでもって、エンジェルって最下層!(なんと、平社員!)
これによると、一番偉いのは「熾天使セラフィム」だ。
神という社長を支える専務、ってとこだ。
熾天使(してんし)の「熾」は、「おき」とも読み、「赤くおこった炭火」のこと。まぁつまりは「炎の天使」かな。知らんけど。
で、このセラフィムは、6枚の翼を持ち、翼以外のカラダは顔しか見えない。
聖書の絵を見ていくと、たまに顔と翼だけの異様な風体の物体が出てくるが、
顔だけの天使はとても偉い!
と覚えておくといいと思う。
ちなみに、智天使ケルビムも顔だけで登場することが多い。
つまり、上級天使1位2位が「顔だけ」なのですよ。
つまり、いいですか、大事だからくり返します。
顔だけの天使はとても偉い!
ついでに言うと、株式会社「神」の専務も常務も顔だけ! 顔だけ専務! 顔だけ常務!
下の絵は、ランブール兄弟の有名な『ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の中の「パトモス島のヨハネ」(←この連載でそのうち出てくると思う)。
この絵で、神の周りに4体いるじゃん?
模様に見えるけど、赤ら顔にあとは翼だけの物体。
これがセラフィムだ。
これね、これ。
この物体w
なんで顔が赤いのかというと、「熾」だからね。炎なんだろう。
で、翼は6枚あって、2つで顔を覆い、2つで足を覆い、2つで飛ぶ。
ん?
ということは、隠してるけど足があるんだ!
顔の下にすぐ足!!!
というか、セラフィムって個体の名前じゃなくて、階級名みたいなものなのだな。四体でてきてもエンジェルはエンジェルなように、四体出てきてもセラフィムはセラフィム。
あと、たまに出てくるのが智天使ケルビム。
智天使、人間、ライオン、鷲という4つの顔を持ち、それぞれに4つの翼がある姿と言われている。顔を4つ持っている、というより、顔を使い分けているのかもしれない。
アンドレア・マンテーニャの「ケルビムのいる聖母子」(The Madonna of the Cherubim)。
もう題名にケルビムが入っているので、聖母子の後ろにいるのは智天使ケルビムなのだろう。ライオンとか鷲とかではなく人間の顔をしているが、例によってカラダはなく、顔だけだ。
ただ、赤い翼はセラフィムな気もしないでもない(火の天使なのでね)。
ちなみに、旧約聖書篇の「エゼキエルの幻視」で取り上げた絵のこれはケルビムに近い形だなぁと思う。
バーナード・ピカール。
この、真ん中にいる翼を4つもって、顔が3つあるのはケルビムかもと思ったけど、でも牛の顔も持っているから違うのかなぁ・・・。
そして、上の絵の車輪に目があるやつ。これ、座天使トロウンズかもしれない。
座天使トロウンズはこう説明されている。
「神の玉座を運ぶ天使で、無数の目がついた燃え上がる車輪の姿」と伝えられているのだ。つまりこの目がついた車輪はトロウンズかも。
どこぞのイコンでこんな絵(↓)もある。
これ、第1位から第9位まで描いてあるね。
一番上の左から、セラフィム、トロウンズ、ケルビムだろう。
いやー、上級天使、わりとキモイ。
そして特にトロウンズ、ユニークなカタチだよなぁw プレッツェル的な何か。
ちなみに、上の絵の一番下の真ん中が大天使、右が単なる天使、かな。
まぁ課長と平社員だな。
ラファエロの「聖母の戴冠」。
一番上に「顔だけ天使」がいるね。
「大原則:顔だけの天使はとても偉い!」なので、これ、全部偉い上級天使だ。
で、顔だけ天使は、セラフィムかケルビムだから、どっちかだ。
うーん、これは・・・翼が6枚あるから、全部がセラフィムじゃないかな。
もしくは赤い翼は熾天使セラフィムで、それ以外が智天使ケルビムかもしれない。
ちなみに、旧約聖書篇の「楽園追放」で出てきた天使がケルビムと言われている。
たとえばマザッチョの有名なこれ。
この剣をもった天使はケルビムと言われている。
全然「顔だけ」じゃない!
まぁ天使はいろんな格好で現れる、ということだろう。
ようわからんので、わかったらまた追記します。
さて、上級天使はこの辺にして、次が中級天使。
これはね、存在が薄い。
というか、ほぼ出てこない、と言った方がいいので飛ばす。覚えなくてよし! 試験に出ないとこだ。
最後に、下級天使。
ここで、大天使(アークエンジェル)と、天使(エンジェル)が出てくる。
うわー、そうかー、大天使って「下級天使」なんだなぁ・・・。
行って課長か・・・。
大天使ってくらいだから役員クラスかと思っていたのにな。
もう一回「表」を見直すよ。
いま、一番下をやっている。
アークエンジェルって言っても、『X-メン』でも『機動戦士ガンダムSEED』でもないw
でも大天使だし、アークエンジェルだし(Archは「首位の」という意味の接頭語)、とにかく強そうだし偉そうだ。
でも行って課長だ。
いや課長は権天使か。。。係長かな。
大天使(アークエンジェル)として有名なのは、
ミカエル
ラファエル
ガブリエル
で、カトリックではこれを「三大天使」と呼ぶ。
東方正教会では、七大天使を崇拝していて、ミカエル、ガブリエル、ラファエルに、ウリエルを加えて四大天使とし、そこに三体の天使を加えたものだ(あとの3つは覚えなくていいかと思う)。
この辺のが一番わかりやすいのは、旧約聖書篇の「トビアスの冒険」の項だね。
なにしろ、大天使ラファエルが少年トビアスの旅の友となる話だ(改めてすごいよな)。
リンク先にも貼ってあるが、ボッティチェリのこの絵なんか、左から、大天使ミカエル、大天使ラファエル。トビアス、大天使ガブリエルだ。
三大天使、勢揃い!
なんだろう、奥田民生と桜井和寿と草野マサムネが共演している感じ?(違)
ちなみに、ミカエルは「イスラエルの守護天使」と言われ、わりと剣を持っている。英語だとMichael、そう、マイケルですな。
ラファエルは上のトビアスの物語で「旅の守護者」として有名になり、旅人から信仰を集めた。
ガブリエルは、一番有名なところでは「処女受胎」をマリアに告げに行った天使だ。あの天使はガブリエル。わりと連絡係をしている。
さて、これ以外の名前のついていないのが「単なる天使」ということですね。
神の御使い(おつかい)とも呼ばれるが、本当におつかいをしていた感じだ。平社員だしな。パシリをやらされていたとしても不思議ではない。
ちなみに、赤ちゃんに羽根がついた、いわゆるエンジェルっているやん? 森永製菓のエンゼルマークみたいな。
これは、プット (putto) と呼ばれているらしい。
複数形でプッティ (Putti)。
プットは、ケルビムの別の姿であるともされている。
偉い天使な場合もある、ということね。
絵画でしょっちゅう描かれるのだけど、本来の宗教的意味は失われていて、「単なる飾り」として描かれることが多いらしいw
なーんだ、そうか。
飾りであり、絵が寂しくならないようにちょっとした賑やかしを入れてる感じなんだな。枯れ木も山の賑わい、と。
あと、ややこしいことにローマ神話のキューピッド(クピド)や、ギリシア神話のエロスとほぼ同じ姿をしている。
みんな「赤ちゃんに羽根」だもんなぁ。
ややこしい。
これは、
・キリスト教の場合は「天使」で、ラッパや竪琴を持っている。
・ギリシャ・ローマ神話の場合は「キューピッド or エロス」で、弓矢を持っている。
と見分ける、と。
まぁ、プットはいろんな絵にたっっっっくさん出てくるので略すけど、たとえばこのラファエロの「システィーナの聖母」のプットは有名だ。
こういう「可愛い天使(プット)」は、ラファエロが描いてスタンダードになったらしいよ。
まぁラファエロ特有のファンシーさだよなぁ。
ということで「天使って何だ?」は終わろう。
あと、守護天使とか奏楽天使とかいろんなパターンがあるんだけど割愛。もうだいたい見分けがついてきたから、とりあえずはこれでいいや。
ということで、「悪魔って何だ?」に移ろう。
いわゆるサタンですね。
天使も悪魔も、もうそれだけで本一冊になるくらい奥が深いんだけど、この連載はそういう「深み」を目指すものではないので軽く行く。
とりあえず悪魔について知っておくべきことは、ひとつでいいや。
サタンって、もともとは「知恵に満ち、美の極みと呼ばれた天使ルシファー」だった!
これだけ。
いやぁ、そうなのね・・・。
まぁすべてを神が作ったんだから、悪魔も作ったことになるよなぁ、と思っていたんだけど、神は天使を作り、その中の一部がグレてヤクザになった、みたいなことか。
というか、よく調べていくと、サタンと悪魔も少し違った。
以下、わりと大事なこと。
知っておこう。
ルシファーは自分の力を過信して、仲間を募って「神への反逆」を企てる。
そして、大天使ミカエル率いる神の軍勢と、ルシファー率いる反逆天使たちの軍勢が闘って、ルシファーたちは敗れ、地獄に封印されるのだ。
地獄で、ルシファーは、竜や蛇の化身とされる「サタン」に堕落し、他の反逆天使たちは「悪魔」に堕落する。
・・・なるほどー。
ここ大事。
地獄で、ルシファーは、竜や蛇の化身とされる「サタン」に堕落し、他の反逆天使たちは「悪魔」に堕落する。
なるほどね。
「サタン=悪魔」と思っていたけど違ったんだな。
サタンはルシファーで、悪魔は他の有象無象の天使たち、だったわけだ。
・・・つか、全能の神よ。
反逆するヤツって見所ある硬骨漢が多いぞ。
将来の幹部候補な場合もあるぞ。
ルシファーを救う手はなかったのか?
少し絵を見ていこう。
このミカエルとルシファーの闘いの絵は名画だらけなのだ。
マルコ・ドッジョーノ。
中央が大天使ミカエルで、左右にガブリエルとラファエル(どっちがどっちかはわからない)。ミカエル、すっごい偉い感じだけど、まぁ係長クラス。
で、下に堕ちていくルシファー。ひとりだけ裸〜! まだ堕ちる前だから服着てるはず〜!
グイド・レーニ。
大天使ミカエルがルシファーをやっつけているところ。
ルシファーも天使だったはずなのに、ハゲちょろりんになってるw
つか、ミカエルが着ているシースルーの衣装が妙に気になる。乳首とおへそw
ルーベンス。
おー、かっちょいい武器持ってる!
ルシファーは頭に角が生えた悪魔的姿になってる。いや、闘ってる時点ではまだ天使でしょうよ。なんだこの差別的描写は!(って判官贔屓したくなる)。
このミカエル、なんか顔が歌舞伎っぽいな。
フランス・フロリス。
題名が「反逆天使の狩り」。
もう闘いですらなく「狩り」だ。
竜っぽいのも含めて、いろんな醜い堕天使たちがいるな。
話としては、この闘いに敗れた後、地獄に封印されるわけで、闘っている時点では天使同士だと思うんだけどな。もう姿カタチがひどい描かれよう。
ちなみにここらへんの「天使と悪魔」を完全に「善と悪」に分けている感じは、イスラエル民族がバビロン捕囚時に「ペルシャの二元論」の影響を強く受けたことによるらしい。
わかりやすい善と悪。
ラファエロの「大天使ミカエルと竜」。
竜はサタンに化身するので、これもルシファーということでいいのかな。
それにしても優雅に剣を振りますな、ミカエルさん。
ピーテル・ブリューゲル。
これも見応えのある絵だなぁ。
作風もあるけど、ちょっとコミカルな味があっていい絵。
左の白い天使が目立っているけど、中央の盾を持っているのがミカエルだ。
ランブール兄弟の「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の中から「堕天使の墜落」。
あ〜、堕ちていく〜〜!
堕ちていくんだけど、他の絵と違って、ルシファーは上品で高貴な服を着ている。そこがいいな、この絵は。
だってそうだよね。地獄に堕ちる前だもんね。高貴な服を着てるよね。
つか、この絵によると、上級天使は神の足もとにいる赤い物体で、ルシファーはひな壇の一番上あたりから堕ちて行っている。
もしかしてルシファーは「中級天使」クラスだったのかも!
室長や部長が社長に逆らって下剋上を謀った、ということか。
(ちなみに神の足もとにいる「顔だけ天使」も面白いので拡大して見てみて)
旧約聖書篇の準常連、ウィリアム・ブレイクさんの「反逆天使たちを奮起させるサタン」。
これは『失楽園』の挿絵。
闘いの場面だね。凜々しいルシファー(サタン)が「おまえら、もうひと踏ん張りせい!」って言っているけど、みんなやる気ない。
まぁ物語としても、かなりイケてる天使だったルシファーが堕ちていくのは魅力的だし、画家としてもこんな風に格好よく描きたいところ。
もう1枚、ブレイクさんの「ルシファー」。
これはダンテの『神曲』の挿絵。
上の絵から時が経って、地獄に君臨するルシファーだ。
凜々しかったルシファーが、なんだか醜い感じになっている。地獄の王になってる感じ。
ちなみに、ブレイクさんのサタンは旧約聖書篇の「ヨブの信仰」でもわりと出てくる。
この辺のルシファーのことを知った上で見返すと少し解釈も変わってくるな。やっぱ知識って大事。
・・・さて、ラスト。
これを「今日の1枚」にしようと思う。
今日のテーマである、「天使と悪魔」がわかりやすいから。
ルカ・ジョルダーノ。
ミカエルが優雅にルシファーをやっつけている。
これまたシースルーの衣装で、乳首とおへそがスケスケw そんでもって妙に短足。
しかしなんかルシファーが可哀想だな。。。ちょっと「カインとアベル」におけるカインのような、情が移る感じがある。
悪は本当に悪なのか。。。いろいろ考えさせるなぁ。
ということで、今回はオシマイ。
特に「悪魔」の話は奥が深そうなんだけど、まぁこの辺で。
次回は、「イエスの一生」を俯瞰してざっと見てみたいと思う。
※
この新約聖書のシリーズのログはこちらにまとめて行きます。
ちなみに旧約聖書篇は完結していて、こちら。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『天使と悪魔の絵画史』『天使のひきだし』『悪魔のダンス』『マリアのウィンク』『図解聖書』『鑑賞のためのキリスト教事典』『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
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