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『型』を守るから、『型破り』ができる。

明日の言葉(その30)
いままで生きてきて、自分の刺激としたり糧としたりしてきた言葉があります。それを少しずつ紹介していきます。


外出自粛でみんな家にいるので、ラボ生のためのラボ、略して「ララボ」という10回シリーズを、4/18から5/10までオンラインでやった。

ラボ生というのは、ボクがやっている「さとなおオープンラボ」の卒業生。
2013年に始めて、東京で10期、関西で2期やり、卒業生が約400人いる。

その人たちを対象に、過去のラボで共有したことを10回かけて高速で復習していこう、というシリーズである。

※ちなみにラボとは何かというと、これ(↓)でもご参照ください。
これは第十期のときの告知です。

※注意:いまは告知してません。第十一期開催もまだ予定してません。


実際の「ラボ」は、3ヶ月くらいかけて全10回、40時間くらいやる。
宿題や懇親会なんかを含めると80時間くらいやることになる。
毎回4時間以上は話す。
スライドにすると4000枚以上話す。

そのエッセンスを、ZOOMを利用して一回2時間くらいで10回、一気に復習するよ、というのが「ララボ」であった。

卒業生約400人くらいのうちの170人くらいが受講してくれ、いろいろと感想をくれた。わりと役にたったみたいで良かったな、と思う。

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人それぞれに個性があり、それを自由に伸ばしていくことが善。
そういう考え方はまったく否定しない。

でも、経験が増えれば増えるほど、わかってくることがある。

それは基礎の大切さだ。
基礎をくり返しくり返しやることの大切さだ。

個性を伸ばすにしても、いったんは基礎という狭っ苦しく不自由な世界に身を投じないと、結局遠回りになってしまう。

そう心の底から思うから、ラボでもララボでもほとんど基礎しかしない。

正確には「目的と基礎と俯瞰」をやるんだけど、まぁ目的も俯瞰も基礎の一部だ。いわゆる応用や最新テクニックみたいなことはあんまりやらない。

では、基礎とは何か。

他の業界のことはよくわからないけど、こと「伝える仕事」界隈においては、「みんなが認めている共通した基礎」なんていうものは、存在しないに等しい。

だいたい、いまだに丁稚奉公上等!という業界なのだ。

「仕事とは先輩の背中を見て学ぶものである」的な慣習が未だに蔓延っている。ちゃんとロジカルに基礎を教えてくれる、なんて親切なことはほぼない。新入社員研修で表層を教えてくれるくらいだ。

プランニングなんて、ただ背中を見るだけでは学べない領域なのに!
ロジカルに基礎を知らないと(普通の人が)一人前になるのにえらく時間がかかっちゃう領域なのに!


まぁ変化が激しすぎて「何が基礎だかわかりにくい」という事情もある。

マス広告、インターネット、SNS、コミュニティ・・・
トップダウン広告、メディアニュートラル、コミュニケーションデザイン、ファンベース・・・

次々に変化が起こるので、基礎が次々に変わっていくように見える。実は基礎は同じなのだけど、どこの軸足を置いて基礎と捉えるか、実にわかりにくい部分があるのは確かだ。

なので、「体系化された共通した基礎」はいまのところほぼ存在しない。
マーケティングみたいにアカデミックに体系化されたものは「プランニング」にはほぼないと言って良い。

ただ、「先輩の背中」を体系化して、その「先輩の基礎」を共有することは少なくともできる

幸いボクは、そのキャリアにおいて、たまたまほぼすべての領域の前線を歩いてきた。

マス広告、インターネット、SNS、コミュニティ・・・
トップダウン広告、メディアニュートラル、コミュニケーションデザイン、ファンベース・・・

これらの領域の、ほぼすべての前線は(ちゃんとやったかどうかは別にして)体験してきた。

だったら、「体系化された先輩の背中」になってみよう。

そう思って「苦労して体系化した背中」を共有するのがラボであり、それをよりしつこめに高速復習したのが今回のララボであった。


ボクによる「体系化された先輩の背中」とは、ボク独自の「型」に近い。

ボクがプランニングするときの「型」。
35年、それなりの前線を歩いて身につけた「型」。
それをちゃんと知ってもらい、できればマネしてもらう。ラボではそれを求めている。

なぜなら、それが一番近道だと知っているから。

他人の「型」をマネするって狭くて不自由なことだけど、結局一番早いのだ。

剣道でも柔道でも空手でも、野球でもサッカーでもラグビーでも、美術でも楽器でも書道でも、料理でもお茶でも英会話でも、基礎には「型」が詰まっている

それをくり返しマネすることで、とりあえず先輩たちが苦労して発見し身につけた「型」をわりと近道通って身につけることができる。

それで(たぶん)十数年分は得をする。
逆に言うと、先人が身につけた「型」を自分でいちいち開発していたら数十年はかかってしまう、ということだ。

そう、結局、「型」をマネするのが一番早いのだ。

一部の天才は除いてね。


・・・いや、天才こそ、実は「型」をやっているかもな。

去年、ゴッホ展に行った。

ゴッホが影響を受けた画家と、その影響で描いた絵の数々が展示してあった。

なんとなくゴッホって「感性で描いている天才」なイメージがあったけど、全然違った

その初期なんか、もう真面目に真面目に他の先輩画家をマネして、先輩の「型」を身につけようと必死こいていた。

ちょっと気の毒になるくらい他の画家のアドバイスを守り、地道にスケッチを続けていた。

そこに後年に花開くゴッホの絵画世界の予兆はそんなにない。


つまりゴッホは、「型」をちゃんと身につけたあと、「型破り」をしたんだな。

イノベーションが求められるこの時代、クイックに「型破り」を目指したい人が多いとは思うけど、でも、ある時期「型」をやらないと、結局「型破り」はできない。

だから今回のララボでも、徹底的に「型」をやった。

それこそが「型破り」への近道だと信じているから。


いや、なんか、「ボクの型」が正しいなんて全然思っていないので誤解のないようにしてくださいね。

しかもいまだにたいした「型破り」も出来ず、基礎をこなすだけで汲々としている。

ただ、先輩の背中であることは確かなので、ボクのラボをなぜか選んで受けてくれた後輩たちに、それを体系化して共有しているだけ。

でも、それでも、きっとそれなりに近道だろうとは思う。


『型』を知って、『型』を守って、『型』を破る。

違う言葉で言えば、守破離。


情報が多く、正解が多すぎるこの時代、誰かの「型」をじっくり身につけるなんて非効率的だと思う人がいるかもしれないなぁ。

でも、結局早い。
結果的に効率がいい。

そう思うな。。。


新しい本や新しいセミナーや新しいノウハウみたいのばかり探して、そこから「気づき」や「学び」や「即効性のあるアイデア」とかを得ようとしている若者がいて、その人に伸び悩みを相談されたので、ちょっと書いてみました。

おやすみなさい。



続編っぽく(蛇足っぽく)、翌日にこちらを書きました。
合わせてどうぞ。



古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。