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記憶に残る幕の内弁当はない。

明日の言葉(その20)
いままで生きてきて、自分の刺激としたり糧としたりしてきた言葉があります。それを少しずつ紹介していきます。


ボクはかなり凡庸だ。
ポジティブに言い換えると「ほどほど」だ。

なんでも「ほどほど」に出来た。
いわゆる器用貧乏。
ちょっと格好つけるなら、オールラウンダーと言ってもいい。

ただ、周りにいた「先進的かつ先鋭的な先輩・同僚・後輩」や「センスの塊のような広告クリエイター」と比べると、申し訳ないくらい凡庸だ。


共通一次世代ということもあるかもしれない。
突出して何かの科目、たとえば英語とか物理とか日本史とかが出来るより、なんでも平均して出来る方が良いとされていた時代だった。

それを素直に受け取って、手広くいろいろ出来ないといけないと思ったし、いろいろ出来るようになりたいとも思ってきた。

そうやって努力しているうちに守備範囲はかなり広くなった。
でも、同時に典型的な「広く浅い人」にもなった。

まぁでも、広く浅く生きるのは超楽しい。
だって、浅いなりに、広くいろんなことを楽しめるからね。
だから、それを享受してニコニコ生きていた。

ただ、仕事にしても、趣味にしても、なかなかヒトを凌駕するものがなく、人生がなんとなく地味にまとまっていっている感じはあった。

・・・このままでいいのかなぁ。

別に有名になりたいわけでも、ヒトに勝ちたいわけでもない。

いまから急に「先進的かつ先鋭的な先輩・同僚・後輩」や「センスの塊のような広告クリエイター」になれるわけもない。

でも、なんか焦燥感があった。

ただ一度の人生、こうやって小さくまとまって生きていく方向で満足しちゃって良かったんだっけ、オレ・・・。



そのころ、そう30代後半だっただろうか、この言葉に出会った。


記憶に残る幕の内弁当はない。




秋元康さんがどこかのTV番組で言った言葉である。


あ、と思った。



幕の内弁当はおいしい。
いろんなものが入っていて楽しくもある。

ただ、食べたあと、どういう弁当だったか、何を食べたか、確かに思い出せないところがある。

あれ? おいしかったけど、オレ、何食べたっけ?


そんな幕の内弁当より、味に少々の難はあったとしても、脂がキツくて胸焼けしたとしても、とんかつが存在感をもってどーんとある「とんかつ弁当」の方が記憶に残ったりするよね。

あー、ちょっとギトギトだったけど「とんかつ」喰ったよなぁ、って覚えてる。

確かにそうだ。
それはそうだ。
おいしい「とんかつ」だったら、なおさらそうだ。


なんか、楽しいけど小さくまとまりそうだった自分にとって、実に刺激的な言葉だった。

なるほど、「とんかつ」がないや、オレの人生。

ヒトの記憶に残る「自分」が、ない。

取っ替え可能な「おかず群」でしかない。



・・・とはいえ急に自分が「とんかつ弁当」になれるわけもない。

凡庸だからだ。
ほどほどだからだ。

ただ、「とんかつ」に拘る必要もないし、ひとつに絞ることもないよね?

数多くある「おかず」を見直して、そのいくつかを磨き上げ、「自分の売り」にしていけばいいのではないかな?



そうやっていろいろジタバタしているうちに、凡庸でほどほどで器用貧乏でオールラウンダーな自分でも、なんとか「記憶に残らない幕の内弁当から脱出する方法」に辿り着いた。

それが、「1/100を作ろう」という考え方だったりする。


相変わらず「とんかつ」はない。
とんかつ弁当にはボクはなれない。

でも、「それなりに記憶に残るおかず」をいくつか組み合わせた幕の内弁当にはなれるかもしれない。

組み合わせの妙で味に奥行きが出て、もしかしたら「とんかつ弁当」より記憶に残る場合もあるかもしれない。

もちろんヒトの記憶に残るのが人生の目的ではないけれど、でも、幕の内弁当なりに「自分」を確立できたことは、良かったかなぁ、と思う。

それもこれも、秋元康さんのおかげである。


一度お仕事でごいっしょしたとき、この言葉に影響を受けました、とお伝えしたが、ただニコニコとされていた。



たぶん、秋元さんは、この言葉を「クリエイティブのお作法」に対して言ったのだと思う。

「記憶に残る幕の内弁当はない」から、ちゃんとポイントを絞って作らないといけないよって。

そして、ボクもその通りだと思い、たとえば「さとなおオープンラボ」で広告クリエイティブについて話すとき、この言葉を引用しながら、「イイタイコトをひとつに絞る」大切さを語ったりする。

クリエイティブのお作法だけでなく、たとえばイベントにしても、会議にしても、料理にしても、ファッションにしても、デートにしても、なんでもそうだ。

いろいろ詰め込むと、記憶に残らない幕の内弁当で終わってしまう。

思わずあれもこれもと詰め込みがちだけど、実はそれではまったく印象に残らない。

それをこの言葉は端的に教えてくれる。


いい言葉に、いい時期に出会えたなぁ。

秋元さん、ありがとうございました。




古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。