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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇24) 〜「ヤコブとラケル」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


ラケルのスペルは「Rachel」である。

そう、つまり英語読みするとレイチェル
世界中のレイチェルは、ラケルが元になっているのだなぁ・・・(レイチェルって名前、好きw)。


ということで、今回は、ヤコブ最愛の妻になるラケルの話だ。

ただ、またしても「騙しの話」なんだよな。
いや、ほんとタチ悪い一族である。

祖父アブラハムはエジプトでペテンを仕掛ける。
祖母サラは女奴隷ハガルを憎んだすえに追放。
母リベカは兄エサウを騙すよう煽る
ヤコブ自身も兄エサウを何度も騙す。


こんな一族なんだけど、今度はヤコブが騙される。

母リベカに言われて頼っていったラバン叔父に騙されるのである。

今度はなんと、結婚詐欺w


そしてヤコブはなんと14年タダ働きさせられるのである。

いや〜、旧約聖書、ある意味教訓に満ちてるわw
まだ創世記の段階にして騙し騙されのくり返し
そんだけ「人間」という存在はしょーーーもない、ということなのだろう。


気を取り直して、今日の1枚。

ウィリアム・ダイス『ヤコブとラケルの出会い』。

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ヤコブはラバン叔父の次女ラケルに一目惚れするんだけど、その一目惚れの電撃感がとてもよく出ている1枚。
ラケルの恥じらいや魅力もよくわかる。

というか、上で書いたように、ヤコブは、一目惚れしたラケルと結婚するために14年タダ働きさせられるんだけど(すごい詐欺だよなぁ)、それだけの苦労をする価値がラケルにあることを、絵でわからせてほしいんだよね。

この絵は(もちろん現代日本の価値観ではあるのだけど)、ボクには「なるほどラケルは魅力的だ」とは思わせてくれた。

逆に言うと、他の絵だとそんなに魅力的ではない、ということ。


他の絵も見てみよう。
Gustav H. Naecke(この名前の読み方がわからない)。
ま、この人が描くラケルは「それなりに魅力的」だとは思う。

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ヘンリー・パーソンズ・リビエラ
いやまぁ、人それぞれだけどな!
でもちょっとどうなの?ラケル!
ちなみに、ヤコブの横にいるのはラバン叔父さんかな。

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ルカ・ジョルダーノ

ま、百人百様、十人十色だけどな!
とはいえな・・・w

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ウィレム・ファン・ケッセル

ま、蓼食う虫も好き好きだけどな!
とはいえな!!
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シャガールも出会いを描いている。
これは抽象的な絵なので、逆に想像力が刺激されていい感じ。
いい女かも、って思わせてくれる。

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そして、ティソさんw
なんだこのラケルw
ちょっと高飛車すぎないか。
というか、棒術の達人的なw

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さて、ここらで少し時間を巻き戻して、ストーリーを最初から追ってみよう。

ヤコブは兄エサウの激怒から逃れ(そりゃあんなことしたら激怒もされるわな)、母リベカの故郷ハランへと向かう。

そこには母の兄であるラバン叔父がいる。
「私の兄を頼りなさい」って母親に言われるがままに逃げるのだ。

(その道の途中での野宿での出来事がヤコブの夢(ヤコブのはしご)だ)

で、その地に着いたヤコブは、まずは叔父さんの家を探すんだけど、その過程でラケルに電撃的に出会ってしまうんだな。

「ぼ、ぼく、あなたのお父様の妹の息子、ヤコブなんです!」
「私はラケルと申します。さ、お父様のところへ」


ヤコブ、超一目惚れ!

で、ラケルとともにラバン叔父さんのところに行き、たぶんいろいろウソをついて(だって真実そのまま言ったら信用されない)、叔父さんのところに居候させてもらうわけだ。

そして、「世話になるからちゃんと働かなくちゃ」ってんでヤコブはしばらくマジメに働くんだけど、ある日、ラバン叔父はヤコブに聞く。

ラバン「いつまでもタダ働きというわけにもいかんからな。何か報酬がいるじゃろう。何が欲しい?」

ヤコブは一も二もなくこう訴える。

ヤコブ「お嬢さんのラケルをください! ラケルと結婚できるなら、私はタダで7年間働きます!」

そう、最初は自分からそう申し出たんだな。
そしてラバン叔父の快諾を得る。

つか、7年っていうのもなかなか長いなと思うんだけど、ここからのストーリーが結婚詐欺なのだw

7年後(まぁ婚約みたいなもんだから、わりと楽しく過ぎたとは思う)、晴れて婚礼が行われる。めでたしめでたしである。

でも、初夜があけ、ヤコブは横に寝ている女性を見て気づくわけ。

「き、きみは、ラケルじゃない! だ、誰! レア!! レアじゃん!」


実は初夜の寝床にはラケルの姉であるレアがいた、というレアなオチ(レアだけに)。

しかもレアはラケルとは似ても似つかぬ醜女だったという説もある。というか、夜は闇のよう暗いとしても、いろいろ気づけよヤコブ!

当然ヤコブは憤る。

ヤコブ「叔父さん、ひどいじゃないですか! 7年間ラケルのために働いたんですよ! いったいこれはどういうことですか!!!」

ラバン「すまん。おまえが怒るのももっともじゃ。でもじゃ、このあたりではな、姉より先に妹が結婚するなんて御法度なのじゃ」

ヤコブ「え〜〜〜〜〜!(それ、早く言ってよ〜〜〜)」

ラバン「もしラケルとどうしても結婚したいなら、まずは1週間の婚礼を滞りなく済ませてレアと結婚しておくれ。そのうえで、もう7年働いてくれたら、ラケルとも結婚させてあげよう」


ラバン叔父www
騙すだけじゃなくて「あと7年働け」というタフ・ネゴシエーションw

まぁ騙されても仕方ない半生をヤコブは送ってきたし、たぶんラバン叔父の耳にもイサクの家でヤコブが何をしたか、悪い噂が届いていたんじゃないかな。
つまり、ラバン叔父はヤコブの誠意を試すつもりもあったかもしれない。

でも、レア!
姉のレアの気持ちは???


そう、わりとレアは不憫なのだ。

婚礼のどこかでラケルと交代し、ラケルの代わりに初夜の床に忍び込み、親の言いつけとはいえ妹のふりをするんだよ? 
そしてヤコブからはまるで愛されてないんだよ?(その後もずっと愛されなかったらしい)(まぁレアがヤコブのことを好きだった可能性もあるけどなぁ)。

そんな姉レアを、巨匠ミケランジェロが彫っている。
そういう背景を知って見ると、ちょっと哀しげ。不憫だ。
後に子どもを6人も産んで、諸民族の母になるんだけどね。

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ちなみにミケランジェロは妹ラケルも彫っている。
ちょっと純真なイメージ。14年じっと待ってた感も出てる。

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ストーリーを進めよう。

1週間の婚礼を終え、レアとヤコブは結婚する。

このふたりの間には6人も子どもができる。
でも、ヤコブがレアを愛することはなかったそうだ(6人も子ども作っといて?)

そしてその7年後、ラケルとヤコブは約束通り結婚する。
いや〜長かった。大願成就だ。

ただ、ラケルとの間に子どもがなかなかできないんだな。

ラケルはそれを苦にしてヤコブを責めるが、「そんなこと言われても僕のせい?」ってヤコブはしらを切る。

というか、この時点でヤコブはレアとの6人を含め、召使いとの間も含めて10人も子どもがいる。「なによ、他の女とばっかり!」ってラケルが怒るのも無理はない。

でも、ラケルとの間にもようやく子どもができる。
それが次の主役ヨセフなのである。


テルブルッヘンは、ラバン叔父(左)が「ヤコブよあともう7年働きなはれ」って言ってるな。
つまり右にいるのはレアだろう。なんか感情を殺している。可哀想に。
ヤコブはレアの気持ちなんか考えずに(まぁ仕方ないんだけど)、「叔父さん、酷いじゃないですか!」って訴えている。

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シャガール。
出会いの絵と違うのをもう1枚描いている。
14年後、ヤコブがラケルとようやく結婚できたところだろう。

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ルイ・ゴーフィエ
(Louis Gauffier)は、レアとラケルを一緒に描いている。
姉妹だからね。仲良かったのかも。

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クロード・ロランは4人並べてる。
つまり、ヤコブ、ラケル、レア、ラバンの全員が並んでいる。まぁロランなので風景が主役だけど。
ここでは家族全員仲よさそうだ。ロラン、その辺の解釈はたぶんどうでもよくて、とにかく「彼らがいる風景」っていうのを描きたかっただけだと思うw

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最後に、レアとラケルのふたりを描いた水彩画をラファエル前派のロセッティが描いているのでそれを。

題して『ダンテが見たラケルとレアの幻影』。
神曲を書いたダンテが夢の中でふたりの幻影を見るという絵だ。
ダンテは左上奥にいる。

これは、左がラケルで右がレアだそうだ。
なんかラケルは右の純真そうな方なんじゃないか、と一瞬思う。

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ただ、ロセッティはこの絵の下絵『エリザベス・シダル――《ダンテが見たラケルとレアの幻影》のための習作』を描いていて、これをラケル、としている。ってことは上の絵も左側がラケルだね。

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この絵のモデルであるエリザベス・シダルは、愛称をリジーと言い、ロセッティたちのマドンナだった人物だ(ロセッティの妻にもなっている)。

彼女は、ロセッティの『ベアタ・ベアトリクス』や、ミレイの有名な絵『オフィーリア』のモデルにもなっている人。

そう思って見ると、上の絵の左側、ラケルはたしかにリジーに似ているね。(↓これはベアトリクス)

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というか、リジーをラケルのモデルとして選んだということは、「ラケル=ファム・ファタル(宿命の女)」とロセッティは捉えているのかもしれないな。

そういう捉え方はちょっと面白いな、と思う。
ヤコブは結局ラケルに14年振り回されたわけだからね。

そうか、ラケルは人類初のファム・ファタルなのかも・・・。


・・・と、レアとラケルについていろいろ想像を広げたところで、今回はオシマイ。

次回は「天使と格闘するヤコブ」

ヤコブがラバン叔父のところを離れてカナンに帰る。
その途中で、ヤコブはなぜか神とレスリングし、しかも勝っちゃうのである。

そして神に「おまえは神に勝った。イスラエル(「神に勝つ者」の意)と改名するといい」って言われ、ついにイスラエルという名前になるのである。

これが今のイスラエル国の語源になる、という大事なエピソードだ。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。


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