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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇22) 〜「ヤコブを祝福するイサク」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


さて、ヤコブ物語の2回目だ。
ヤコブは後に「イスラエル」と改名する。つまりはイスラエル民族の祖である。だから相当重要人物だ。

でも、しょーもない欺しのエピソード満載な人でもある。

今回はわりと画家たちの想像力を刺激する題材なようで、絵は多め。

まず、前回を20秒で復習しよう。

諸民族の祖アブラハムの息子イサクと妻リベカに、エサウとヤコブという双子が生まれた。

双子なのに似ておらず、兄エサウは毛むくじゃらで狩りが得意なアウトドア派。弟ヤコブは内気で賢いインドア派。

エサウは父イサクに可愛がられ、ヤコブは母リベカの寵愛を受ける。(←今回のストーリー上、大事)

ある日、エサウが狩りから帰るとヤコブが美味しそうな煮物を作っていたのでエサウが欲しがる。
ヤコブは「これあげたら長子権を譲ってくれますか?」とか厨二みたいなことを言う。エサウは腹減ってるから「あー、わかったわかった。とにかく喰わせろ」ってなって「跡継ぎの権利」を譲ってしまう。

いやぁ〜、ヤコブ、なんて小ずるい! ってお話だ。


そう、小ずるい。狡猾。

ただ、見方によっては、エサウがまるで猿のように単細胞の脳筋なやつで、ヤコブは兄が一族のトップになるのは滅亡を意味すると案じ、あえてエサウをじわりじわりと追い落としていく物語と読めないこともない。つまり一族思いのマジメな青年説もありえるのではないか。

と、前回書いた。

まぁ前回からたった1日しかなかったけど、いろんな文献をあたった。
ほぼ全部「ヤコブ小ずるい説」だった。

ならば、まぁそうなのかもな。
数千年読み継がれていてそうなんだから。

ただね、今回のエピソードがまた驚異の小ずるさなんだけど、なんか疑問が湧いてくるのだ。

どうなんだろう。
実は父イサクですら「エサウではダメだ」と思っていたんじゃないかなぁ・・・。


というかですね。

このヤコブの「小ずるさ(狡猾さ)」が認められちゃうと、それをずっと聖典として読んできた人たちは、ある程度「まぁ人生ってそういうもんだよね」って認めている、ということにならないか。

ってことは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の人たちにとって、「ある程度の狡猾さは善」ってことになりはしないか。


まぁ、日本人のお人好しさ加減はよく言われることだ。
世界と闘って行くにはある程度のズルさ、狡猾さは必要だともよく言われることだ。

そういえば、アブラハムもエジプトとかでかなり狡猾なことをやったっけ。

つまり、日本人から見ると「狡猾(小ずるい)」だけど、西洋の人にとっては「場合によっては認められる当たり前のこと」なのかもしれないなぁ。


・・・とか考えつつ、今回のストーリーに入っていこう。

前回も書いたけど、ざっとまずストーリーを書くよ。

イサクも歳をとり、目が見えなくなった。
そこでそろそろ家督を譲るべく、兄エサウを祝福することに決めた。

で、「エサウよ、今すぐ獲物と獲ってきて美味しい料理を作っておくれ。そしたらオマエを祝福しよう」と言う。

(祝福は、子孫の繁栄、土地の継承などの神との約束なので、絶対取り消せないし、一回しかできない)←重要

エサウは喜んで外に飛び出すが、それを聴いていたヤコブ派のリベカは面白くない。
ヤコブを呼んで「このままだとエサウが祝福されてしまうから、あなたもすぐ獲物を獲ってきなさい。料理は私がしてあげる。どうせイサク父さんは目が見えないから、あなたがエサウだって偽ればわからないわ。そうしてあなたが祝福を受けちゃいなさい」と悪巧みを持ちかける。

でもヤコブは心配する。
「え〜〜、でも僕は毛深くないから、手を触られたらすぐバレちゃうよ」
「大丈夫よ、腕に獣の毛皮をつければ、毛むくじゃらだし、イサク父さんもわからないわ」


で、ヤコブはエサウの服を着て、腕には毛皮をつけて、臭い芝居をするわけだ。


なんか、浅いよね、ヤコブ。

ここからの会話を旧約聖書に沿って詳しめに書いてみると、こうなる。

ヤコブ「父さん」
イサク「なんだい。誰だい?」
ヤコブ「長男のエサウです。父さんの言われたとおり、お料理を持ってきました。約束どおり祝福してください」
イサク「こらまたえらい早く獲物をしとめたな」
ヤコブ「主がはからってくださったのです」
イサク「そーかそーか。さ、近くに来なさい。本当におまえがエサウか確かめたい」


この時点で、イサクはもう疑っている。
そりゃそうだ。声が違う。

イサクに視覚はない(盲目だ)。
そして、ヤコブはエサウの服を着て、イサクの臭覚を欺こうとしている。
子ヤギの肉で料理を作り、イサクの味覚を欺こうとしている。
子ヤギの皮を手と首につけ、イサクの触覚を欺こうとしている。

つまり、五感のうち四感までは欺けるかもしれない(触覚はかなり怪しいと思うがなw)

でも、残る一感、「聴覚」を欺けるものだろうか・・・。


そして、近くに来たヤコブを触りながら、イサクはこう言うのだ。

イサク「声はヤコブの声だが、腕はエサウの腕だ・・・」


バレてんじゃん!


でもね、そう気づいていながら、認めちゃうのだ。

イサク「オマエは本当にエサウなのだな?」
ヤコブ「もちろんです」
イサク「では、料理をもってきなさい。それを食べ、祝福をおまえに与えよう」


これ、どうなの?w
他愛もなく欺された、ってことでいいの??
イサク、実は気がついていたんじゃないの???


いや、絶対気づいているよ。
気づいていて、あえて認めたんだよ。
つか、腕だって触ってわからないわけないじゃんw
きっと妻リベカが裏で糸を引いていたのもイサクは気づいているんだよ。

つまり、父イサクも「エサウは明るいし、活発だし、ちょっと直情型だけどシンプルでわかりやすくて実にいい子じゃ。でも、族長にするには単純というか、ちょっと頭が悪すぎるかもしれないなぁ。この厳しい土地で一族を繁栄させるには、もっと狡猾さが必要じゃ」とか、思っていたんじゃ?

で、ヤコブが臭い小芝居しているのに気づき、ヤコブがそうまでして一族を守ろうとしているのにも気づき、「エサウが可哀想じゃなぁ。でも、エサウを祝福するのは、やはり間違っているのかもしれないなぁ」と考えをあらため、エサウが帰ってくる前にささっと祝福しちゃったんじゃないかなぁ。


知らんけど。
ボクは研究者じゃないんで。

ただ、こうやって裏読みの裏読みするのって、楽しいなw


さてと。
ちょっと導入部が長くなったけど、今日の1枚。

ホーファールト・フリンク
これ、なかなかの名画だと思うんだ。

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まぁ「うわー、こんな手袋で欺ける?」とかまず思うけど、それは置いといて、秀逸なのはこのヤコブの顔

この、小ずるいような、必死に拝むような、「一族のためなんです父さん」と訴えるような、なんとも複雑な表情が実によく描けていると思う。それは他の絵と見比べるとわかる。こんな表情、なかなか描けない。

しかも、父イサクの表情もいい。
これ、すべてを呑み込んで祝福している絵なんじゃないかな。単にボケてわからなくなったイサクの姿ではない。

そして、妻リベカ。
この表情もね、策略に満ちた悪女ではなく、どこか哀しげというか・・・
ヤコブ派とはいえエサウもお腹を痛めた自分の子どもだ。とはいえエサウが族長では先が思いやられる。やっぱり夫を欺さなくちゃ。でも、愛する夫を欺すのも気が引ける。そんな複雑な表情だ。

なんかフリンク、すごいうまいと思うんだな。
少なくともボクにはとってもしっくりくる絵。
そして、説明的にエサウとかを登場させていないのもいいと思う。


他の絵も見てみよう。

ホセ・デ・リベーラ
ヤギの皮を腕に巻いてるが、これ、本当にイサクわからへんの?w
リベカもあからさまな後押し。後ろにエサクが帰ってきた姿。

この絵も嫌いじゃないけど(それぞれの表情は悪くない)、いろんな感情を呼び起こすフリンクの絵に比べると普通かな。

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ジョアッキーノ・アッセレート
悪いリベカ。むしろリベカが主役のようだ。白塗りしたような顔も怖い。
左隅は赤毛だからエサウかな。わざわざ描かなくても良かったと思う。

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アブラハム・バン・ダイク
ヤコブの手を触ってはいるけど、ヤコブの顔は省略し、イサクの表情にフォーカスしている。髭の描き込みとかすごい。ただ、単なる呆けた老人になっちゃっている気もする。なんか口が臭そうな老人イサク。

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前回わりと出てきたストーメル
目が見えなくなったイサクの感じは出ているけど、ヤコブの気持ちをもっと描いてほしいな。
ヤコブの脇の「犬」は、普通に考えると「従順」とか「忠義」とかを表す寓意だろうけど、目線が料理に向かっている。つまり「ヤコブの欲望」を表しているんじゃないかな。

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贋作者として有名らしいファン・ハン・メーヘレン
この絵が贋作かどうかは知らない。でも、ヤコブの表情、振り切ってるよね〜w エロイムエッサイム。

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これ(↓)は描いた人はわからず。
どこかの壁画。
場面が少しわからないんだけど、たぶんヤコブが手に毛皮を着け、「お料理どうぞ」と言っている。
イサクは聖人だね。で、ヤコブとリベカはとっても不安げ。この辺の表情がわりといいなと思う。

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さて、イサクがヤコブを祝福する場面の絵をざっと見ていこう。


ムリーリョから2枚。
どちらも引きの絵だ。
1枚目は左奥にエサウが見える。2枚目は家の中の奥の方に見えるのがエサウ@料理中かも。2枚目は妙に子ども達の年齢が幼いのが珍しいなと思う。

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というか、2枚ともすごく奥行きを意識した絵だなぁ。その点は美しい。
ムリーリョ、下働きっぽい女性をどちらにも描いているけど、何の意味をもたせているのだろう。よくわからない。あと鳩も。


ヘルブラント・ファン・デン・エークハウト
イサクがヤコブを祝福している。
右手前の水差し(?)が妙に凝ったデザインなのが気になる。何かの意味を持たせているんだろうけどなぁ。
イサクの表情はいいね。

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ゲリット・ウィレムス・ホースト
これも祝福しているところかと。
左端のエサウがしょぼいし、全体に表情がいまいち。

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ウィレム・キイ
右奥にみえるエサウがかっこいいw
なんか内省的で頭がいいエサウに見える。しかも双子なのにえらく年長に見える。エサウにかなり肩入れしている画家なのかもね。

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ジローラモ・ダ・トレヴィゾ二世
ヤコブ、病弱か!
顔の大きさとかおかしいし、表情は死にかけてるしw
遠ーくにエサウがいる。

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ジャン=バティスタ・ジュブネ

ヤコブの赤い衣装がすごく効いている。だけどこの赤が何を意味しているのかはボクには読み取れなかった。
右奥のエサウが、ちょっとすねたジェームズ・ディーンっぽいw

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ギイ=ニコル・ブルネ
すごいオーバーアクションの祝福。
おおおお〜って。
躍動感あって嫌いじゃない。

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シャガールも描いている。
なんか厚ぼったくていい絵だな。

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お馴染みのギュスターヴ・ドレさん。
やっぱりすごくわかりやすく描いてくれているなぁ。
リベカが外の様子を伺う感じもいい。相変わらずうまい。

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ドレさんが出てくると、じゃぁティソさんはどうか、って気になるよね(ならないかw)。

今回のティソは、2枚あって、両方とも挿絵の域を出ていない気がするけど、まずは1枚目、これはイサクが「エサウよ、今すぐ獲物と獲ってきて美味しい料理を作っておくれ。そしたらオマエを祝福しよう」と言っているところ。
さすがティソ。こういう場面を他に描いている画家はいない。
リベカが心配そうに盗み聞きしているね。
つか、エサウの描き方が、ほんとティソw

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2枚目は妙にリアリティがあるイサクとヤコブ。
エサウに化けるヤコブがおもろい。毛皮着すぎw

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ということで、今回もそろそろオシマイ。

最後に巨匠レンブラントのデッサンを数枚見て終わりにしたい。

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レンブラントのデッサンからは、わりと無垢なヤコブを感じるな。

解釈として「ひたすらリベカに操られたヤコブ」という方向もあるわけで。なんかそういう方向性をレンブラントのデッサンからは感じた。


まぁ、ヤコブを狡猾ととるか、ヒーローととるか、操り人形ととるかは、別に正解などなくて、こちらの心や状況次第なのだろうと思う。

そういうのが古典のいいところだね。


ということで、今回はオシマイ。

次回は、「ヤコブのはしご」のお話

ヤコブは逃げ出すのだ。エサウの激怒を怖れて。
で、ある場所で野宿していたときに、天使のハシゴの夢を見る。
その場面。

これ、他愛もないようなエピソードに思えるけど、実は賛美歌にもなっているし、映画やジムのマシンとかにもなっている有名な場面なのだ。

ということで。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。





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