聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇7) 〜「ノアの箱舟、その形と大きさ」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
※ ノアの箱舟は、表記が「箱舟」「箱船」「方舟」と3つある。
日本聖書協会では「箱舟」という記述を使っているようなので、このシリーズでは「箱舟」で統一する。
今回は超有名な「ノアの箱舟」のお話。
わりとエピソードがたくさんあるので、3回に分けてサササッと行く。
箱舟(はこぶね)って言葉は聞いたことあると思うけど、でも「実際はいったいどんなんなん?」って思うよね?
そもそも「そんな箱に全動物のつがいとかって本当に乗る? 誇大妄想ちゃう?」とかも思うよね。
箱舟のカタチについては、実は様々だ。
箱型のものもあれば、家型のものもある。箱をそのまま浮かべた感じのものもあれば、舟のうえに体育館が建っているようなものもある。
ただ、「全動物のつがい」が乗るかどうか、については答えられる。
どうやらわりと乗る。
旧約聖書では、全動物が乗るように、神がかなり細かく設計指示を出しているのである。
ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。
(注:ゴフェルが何かは研究者たちも決めかねているようだけど、糸杉を指すという研究者がわりと多いようだ)
箱舟には小部屋をいくつも造り、内側にも外側にもタールを塗りなさい。
箱舟の長さを300アンマ、幅を50アンマ、高さを30アンマにし、箱舟に明かり取りを造り、上から1アンマにして、それを仕上げなさい。
箱舟の側面には戸口を造りなさい。また、一階と二階と三階を造りなさい。
神、すげー細かいw
ここまで指定してくんだ。タール塗れとか、上から1アンマとかw
こんな調子で天地創造したわけだから、かなり凝り性に造り込んだのがよくわかる。人間の構造ひとつとっても超精緻だからなぁ。。。
まぁでも、普通の人であるノアに「すべての生き物をつがいで入れるのにどのくらいの大きさの舟が必要か」なんて絶対わからないから、とても親切だ。
ちなみに「1アンマ=中指の先から肘までの長さ(約44.5cm)」らしいから、ノアの箱舟は、長さ133m、幅22m、高さ13m。
豪華客船「飛鳥ll」が全長241m、幅29.6m、高さ52mだから、飛鳥llと幅はいっしょくらいで、長さが半分ちょい、高さはちょうど1/4、ってとこですね。
↑ これの全長半分、幅いっしょ、高さ1/4くらい。
まぁあの時代からしたら超巨大だね。
でも、そんなんで全動物を「つがい」で入れられんの?って思うよね。
(正確には清い動物は7つがいずつ、とかいろいろ指定してあるんだけど省略)
ノアの箱舟の容積を上記の数字で計算すると、貨物列車の車両522台分に当たるそうである。
それは、檻にいれた羊を「12万5000頭」収納できる容積らしい。
全動物は1万6000種類という。
つがいで2頭ずつ収納しても「3万2000頭」。
小さい生き物もたくさんいるから、羊が12万頭以上入れられるなら余裕やん!
つまり地球上の全生き物を2頭ずつ、余裕で収容できる大きさ、ということですね。その餌や飲み物までも含めて。
なるほどー。
なんとなく「全生き物なんて、ありえへんわ」とか思い込んでいたけど、可能なんだなぁ。
下の絵はサン・サバン聖堂の壁画だ。
聖書の記述通り、三層に区切られた船の内部に、最上階にノアとその一族、下の階には鳥や動物たちが一組ずつ入ってる。
これが一番近いイメージだろうか。
あるサイトには、こんな図も出ていた。
完全に箱型の舟だ。
舟の下に描かれているのが貨物車両の大きさだね。
このくらいは大きい、と。
そして、その内部がこちら。
「ノアの箱舟の精巧な横断面」というのもあるサイトで見つけた。
なるほどなぁ。
もちろん全部「想像の産物」なんだろうけど、でもまぁ可能である、ということですね。
ちなみに、2014年に映画化されています。
この中ではわりと箱型の箱舟ですね。
そして、実物大のテーマパークまであった!
ということで、「ノアの箱舟」のだいたいのイメージを掴めたところで、話を進めよう。
話は神のブチ切れから始まる。
前回、カインがアベルを殺して去ったあと、アダムとエバにはもうひとりセトという息子が生まれた、と書いた。
そこから何代も続いていくうちに、神はうんざりしたのだ。
「なんという堕落だ。不法だ。なんでこうワシをちゃんと敬わない者ばかりなのだ」と。
で、ブチ切れたのだ。
「はい、もうここで終わり。いっそ全滅。ワシほんとおまえらを創造したことを後悔してる」
ただ、神はすんでのところで思い返す。
ちょっと待てよ。この世にひとりだけ、神を敬う善人が残っていた。
ノアである。
アダムから数えて九代目の子孫。
「ノアに免じて、彼とその妻、3人の息子とその妻たち、合計8人だけ助けてやるわ」
そして、ノアを呼び出して箱舟制作を命じ、全動物のつがいを乗せよ、と命じる(動物はいろいろ指定があるが省略)。
「見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつすべて肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものは息絶える」
そして、40日40夜、雨が降り、洪水はその後150日間地上をおおった。地上のものはことごとく息絶えた。
つまり、アダムとエバを創造して、少しずつ増えていった人類は、ここでまたたった8人に戻る。
振り出しに戻る、ってヤツだ。
さて、今日の1枚は、これ。
エドワード・ヒックスの『ノアの箱舟』。
なんか、動物を全部集めるってムリじゃん?
そしてそれを限られた時間で箱舟に収容するのもムリ。
しかも、ライオンや虎や豹もいるわけで、喰いあったりもするわけだ。
そういう意味では、ここはひとつ、リアルっぽい絵より「整列して仲良く順番に上がっていく」というファンタジー方面の絵を採用したい。
ということで、これ。
いや、ライオンが「これ、マジなのけ」ってカメラ目線なのが異様におかしくてw
わりと味がある絵だ。
ちなみに箱舟はお家型。
次のはアメリカの現代画家、チャールズ・ワイソッキーの『ノアとフレンドたち』。
これまたディズニーのアトラクションに並ぶみたいに整列して動いていく。
よく見ると、ノアが「ハーメルンの笛吹き」みたいに笛吹いて先導しているw なるほど催眠術という手があったかw
この絵は子どもに人気あるようで、ジグソーパズルで売れているようだ。
ジグソーしがいがある絵。
次のは中世の時祷書の挿絵らしい。
ええと、数えると人間はちゃんと8人いるね。
動物たちは、ユニコーンを先頭に仲良く乗船していっているけど、ライオンとか象(左下)とか、超可愛い。
これもお家型。というかお城型。こんなの8人で造れないってw
ここからは動物に主眼を移していこう。
だんだんカオスっぽくなっていくぞ。
整列はしてるけど、下の方はカオス状態。
ノアの家族はちゃんと8人描かれているね。
ヤコポ・バッサーノの作品。
いやぁ、実際、これ、どう仕切るんだろう。
広告会社出身なこともあり、この「仕切りスキル」に興味あるw
次のもヤコポ・バッサーノ。
上の作品の裏焼きか?
と一瞬思ったけど、別作品ですね。なんかこっちのほうが整理されていて絵としては見やすい気がする。
ヤン・ブリューゲル(父)『ノアの箱船への乗船』。
こ、これは・・・遠くに見えるのが箱舟かな。
つまり、動物たちを誘導していっている最中の絵か。
ムツゴロウさんの動物王国でCMを撮影したことあるけど、動物って(当たり前だけど)本当に言うこと聞かない。
つまり、この移動、はっきり言って地獄w
プロデューサーとかADとか途中で自殺するレベルで地獄だ。
すでにライオンとかイラついてるし。
そして、とにかく全動物が乗り込んだところ。
ペイネがこんな絵を描いている。
そう、あのメルヘン系のレイモン・ペイネ。
ペイネもこういうの、描くんだねえ(よく知らないだけなんだけど)。
ちょっとだけ時計を巻き戻して、箱舟の建設の模様も見てみよう。
なんと言っても、たった8人で造り上げるところがすごい。
しかも女性が4人いて、ノアは老人だ。
ラファエロ『箱船の建造』
こうやっていろいろな絵を見てくると、ラファエロとかミケランジェロとかって、構図がよく練られていて見やすいし、すごくよく伝わってくるな。
ちょっと筋肉ムキムキすぎるけど。
バッサーノの『ノアの箱舟の建造』。
バッサーノは今日3枚目。
この4枚前の絵と見比べてみてください。
ほぼ同じ構図だ。
というか、あんだけでかい舟を8人でDIYって、いったい何年かけたんだ。木を切ってくるところからだよね?
グイド・レーニ『箱船の建造』
おおっと、左下の子どもはなんだ?
順当に行くとこの絵の中央はノアの長男のセムになるが、その子ども?(アブラハムやダビデに続く血筋)
でも、箱舟に乗れる人間は8人だから、もう定員いっぱいだぞ。
どうすんだ?そこのボク!
『ベドフォードの時祷書』も8人以上出てくる。見える限りで14人くらい働いてるやん!
ノアの家族は文字通り「選民」なので、そこにこんな他の人が混じっていてはいけないはずだけどなぁ・・・。
まぁ考えられるのは、同画面に同一人物が何度も出てきている、ということ(だったら服が全員違う理由がわからないが)。
ということで、建造して動物を乗せるところまでで今回は終わってしまった。
とはいえ、ノアの箱舟の構造や動物の乗せ方とかは理解できた。
次回はお待ちかね「大洪水」。
例のオリーブをくわえた鳩も出てくるよ。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
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