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あたらしい命

7月6日2時37分、大切な友人に子どもが産まれた。6日の朝にLINEを見たら、そのような内容のメッセージが送られてきていて、ほっと安堵すると同時に、友人もよく頑張ったなぁと思う。何より、産まれたその日に私にメッセージをくれたことがとても嬉しい。本当におつかれさま。

いつも優しくて、気遣いができて、それでいてチャーミングな一面もある彼女は、これから2児の母になる。彼女が私との電話越しに、そばにいるお子さんにかけているあたたかい言葉とやさしい声色に、きっと育児で大変な思いをすることもあるのだろうけど、彼女ならきっと大丈夫だという思いを強くする。

私はと言えば、双極性のどちらかと言えば鬱傾向にすっかり入っていて、日中のほとんどを寝て過ごしている。少し前に書いたnoteに、何もできない自分は神様に「ゆっくり休みなさい」と言われているんだと思う、という旨を書き記したが、とはいえほとんど何のやる気も起こらず、ずっとベッドで寝ている私はさすがに「何かできないものかな」と思う。

夫が今日は睡眠が浅く疲れているとこぼしていたのを思い出して、何かできないかなと考え、マンションの前にある自販機に缶コーヒーを買いに行く。パニック障害を持っている私にとって、マンションの目の前の自販機に飲み物を買いに行く、それだけでも割と神経を使うし、簡単なことではない。
そのことをよくわかっている夫に缶コーヒーを「これ買ってきたよ」と渡すと、「わぁ!さとみん頑張ったね、すごいね、とっても嬉しいよ、ありがとうね」と何度も何度も感謝と労いの言葉をかけてくれる。素直に嬉しい。もっとこの人を喜ばせたいと思う。

今日できることは多分これくらいだろう。それだけ?と思われるかもしれないけれど、そうであるから仕方ない。できないことはできない。

明日は通院だが、雨予報で憂鬱だし、ただでさえ鬱傾向の今、あまり外出したくない。できる限り足を運んで通院はしたいのだけれど、無理のない範囲で、と思う。どうしても無理なら電話診療でもいいだろう。
とにかく早くうつうつした状態を脱したいところである。まぁなんとかなる。なんとでもなる。流れに身を任せよう。

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