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雪の日の勇気

この頃、とみに思うことだが親切にするということがなくなり、受けることがやたらに多くなった。
乗り物に乗れば、『どうぞ』と言って立ち上がり、私を座らせてくれる。遠慮する暇もなく礼を言って厚意に甘えている。『座られますか?』と一言かけて立ち上がろうとする人には
『いえいえ、大丈夫ですから、、』とちょっと辞退するが、それでも結局は代わってもらうことになる。

写生旅行に行けば、全員同じだけ道具を持ち運びしなければならない。それでも若い人が一緒だとすかさず、私の荷物を担ぐようにして運んでくれる。礼は言うが、(自分の道具も運べない者が、写生旅行だなんて...気恥ずかしい)と言う思いがしないでもない。しかし、いつでも『ありがとう』の一言で終わっている。今年の元旦、私は小さな親切のしどころを久しぶりに見つけた。ところが、、、。


珍しく夫と2人だけで迎えた静かな元旦

 穏やかすぎて、なぜか落ち着かない。よほど貧乏性なのだ。午後になって雪がチラチラ舞うなか、1人で電車に乗ってイオンに出かけた。
 本屋に行く用事を持ち越している。それに、毎年聞かされているだけの福袋も買ってみたい。
 着飾った若者たち、賑やかに歩く家族連れ、新春を祝う店舗の飾り付けが華やかな年明けを感じさせる。
 書店のフロアにも人が多い。本棚の前に立つ人の後を、何冊もの本を抱えて走っている子供が目立つ。どの顔もみな嬉々としている。私も孫へのプレゼントと日記帳を買った。
半額セールをあげた専門店を覗いているとあっという間に時間が過ぎた。いちばん無難なパン屋の福袋を買って外に出ると一面の雪景色である。
 近鉄の降りる駅に着いたときには5センチ近くも積もっていた。一も二もなくタクシー乗り場急ぐが、すでに14人が待っている。横なぐりに降る雪を受けながら、私も列に加わった。
 出払ったタクシーはなかなか帰ってこない。歩いても15分の距離ではあるが、しかし今日は怖い。私は覚悟を決めて寒さに耐えた。

 日暮れとともに長蛇の列ができる。
後ろの方で3歳位とベビーカーに乗っている子が泣き出した。母親は1人抱き上げ、上の子の雪を払いながら、我慢させようと必死で諭している。
(私の番が来たら替わってあげようかなぁ。ちょっと目立ちすぎるかなぁ)など考えだしたらドキドキしてきた。

親切にするという事は、なんと勇気のいることかとあらためて思う。

心を決めかね、迷っている私の前へ1台のタクシーが戻ってきた。番が来てきてしまったのだ。
(どうしよう)と一瞬ためらうが、とっさに後へ走った。もうあと先は見えない。

『代わりましょう。私は急がないし、まだまだ待てるからこの車に乗せてあげてください。さあ、早く早く』と上の子の手を引いた。
 遠慮して辞退する母親をすり抜けるように、子供は素早くタクシーに乗り込んだ。
何度もお礼を言いつつ後に続く母親。
(あぁ、よかった)と思った、そのとき、
『奥さんも一緒に乗んなはれ。回り道になっても、こんな寒い中で待ってるよりよろしやろ、さあー』

トランクにベビーカーを積み終えた運転士は、助手席のドアを開け有無を言わさず私を中に押し入れる。これでいいのか悪いのか判らず、辺りの人に『ごめんなさいね』と、一言いってされるがまま、温かい車に乗った。

またもや親切を受けることになった。

『踏切や!カンカンや!』小躍りしてはしゃぐ子供の声が車内に響く。
ヘッドライトの前にはなおも雪が舞い続けている。

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