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ポール・タフ『成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか』読了

教育領域に関しての知識をちゃんとつける第二弾として、ポール・タフの『成功する子 失敗する子 - 「その後の人生」を決めるのか』を読んだ。

はじめは『私たちは子どもに何ができるのか ― 非認知能力を育み、格差に挑む』を読もうとしたのだけど、その前に書かれている書籍がこちらだったので。

本題から逸れる人物語りに挫けないで読んで

実は、1章から4章までは読み進めることが割と辛かった。別に悲観的なことが書かれているとかそういうわけではない。単純に読みづらいのだ。

どうして欧米のこういった書籍は、事例を語るときに、人物の人となりを事細かくドラマティックに書くのだろう。

ある問題児の話題が出る。読み手としては、その子がどうなるのかを期待しながら読み進める。話の途中でその子に関わった教師が出てくる。すると、その教師がその問題児にどんな影響を与えたのか?の結論を語る前に、今度はその教師の家族構成とか経歴とかを事細かく、しかも長めに何ページ分も語り始めちゃう。

あれ、さっき話題に上がってた問題児の名前なんて言ったっけ?となり、前に戻って読み返す。みたいなことが頻発した。

(フレデリック・ラルーの『ティール組織 ― マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』も、トニー・ワーグナーの『未来のイノベーターはどう育つのか?― 子供の可能性を伸ばすもの・つぶすもの』もそんな感じだった。ちなみにどちらも途中で断念してる。)

大量のエビデンスと共に示される知見・考察は 有益

が、その合間合間に、科学的検証に基づく、(私にとって)新しい知識が差し込まれるものだから読み飛ばすことができない。しかもどれも非常に興味深い。いくつかピックアップする。

幼児期における愛着(アタッチメント)の重要性

ミーニーをはじめとする神経科学者たちは、LGの効果に似たものが人間の場合にも起こる興味深い証拠を発見した。ここ十年にわたる遺伝学者との共同研究のなかで、母ラットがなめたり毛づくろいをしたりすることで与える影響は子ラットのホルモンや脳内化学物質の範囲にとどまらないことが立証された。もっとはるかに深い領域、遺伝発現の制御にまで影響が及ぶのである。生まれてまもないころの子ラットへの毛づくろいは、DNAの制御配列への化学物質の結合──「メチル化」として知られるプロセス──に影響する。遺伝子配列の技術を使って、ミーニーのチームは毛づくろいによって子ラットのゲノムのどの部分に「スイッチが入る」のかつきとめることができた。そしてそれはまさに成体になってからストレスホルモンを処理する場所、つまり海馬をコントロールする分節(セグメント)だったのである。

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子  何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (p. 68). Kindle Edition.

一言で言えば、幼児期の愛着(アタッチメント)はとても大事だということ。幼児期の対応が神経学的なレベルで脳の発達に影響することは知っていたけど、まさかゲノムレベルでの変異が起こるとは。

ここでポイントなのは子と常に触れ合う必要があるわけではない。ということ。

エインズワースは一九六〇年代から一九七〇年代にかけての一連の研究で、幼少期の愛情をこめた育児は行動主義者たちが思っているのと正反対の効果を生むことを示した。生後一カ月ほどのあいだ、泣いたときに親からすぐにしっかりとした反応を受けた乳児は、一歳になるころには、泣いても無視された子供よりも自立心が強く積極的になった。就学前の時期には同様の傾向がつづいた。つまり、幼児期に感情面での要求に対して親が敏感に応えた子供は自立心旺盛に育った。エインズワースとボウルビイの主張によれば、親からの温かく敏感なケアは子供が外の世界に出てゆけるための「安全基地」となるのである。

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子  何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (p. 71). Kindle Edition.

そう、子がなんらかのストレス下におかれた時のアタッチメントが特に重要なのです。

あれ、私の対応大丈夫かな?と思ったお父さん、お母さん方。大丈夫です。普通の育児をしていれば大丈夫。ここで問題として引き合いに出されてるの主に貧困層であり、そもそも育児の対応がほとんど皆無な状態なのだ。(それでも、もし我が子を十分にお世話できなかったと嘆いてる親御さんたちも大丈夫。子どもにとってこの時の出来事が何か決定的なことというわけではない。)

ただ、重要な事であるのはまちがいないので、我が子が泣いてたらいっぱいいっぱい抱きしめてあげてほしい。

やりぬく力を育むためには

ところが、同時に「やり抜く力」を育むためには、あえて逆境に立たせる必要も出てくる。

この本では、基本的には、貧困層の教育の課題にフォーカスを当てているのだけど、この「やりぬく力」の育みに関しては、むしろ裕福な層の方が課題があることを説いてる。

リバーデールでは多くの親が子供に抜きんでることを強要しながら、まさにそのために必要な気質の成長を知らず知らずのうちに妨げている。コーエンとフィアーストは口をそろえてそういった。フィアーストの言葉を借りればこういうことだ。「うちの生徒にはあまり苦痛に耐える力がない。そういう領域に足を踏みこもうとすらしない。がっちり守られていて、何かで不快を感じたときには保護者から連絡がくるんですよ。保護者には、子供が難題にぶつかるのはいいことなんだと話すようにしています。そこで初めて学ぶことができるのだから」

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (p. 139). 英治出版株式会社. Kindle Edition.

若者の気質を育てる最良の方法は、深刻に、ほんとうに失敗する可能性のある物事をやらせてみることなのだ。ビジネスの分野であれ、スポーツや芸術の分野であれ、リスクの高い場所で努力をすれば、リスクの低い場所にいるよりも大きな挫折を経験する可能性が高くなる。しかし独創的な本物の成功を達成する可能性もまた高くなる。「やり抜く力や自制心は、失敗をとおして手に入れるしかない」とランドルフは説明する。「しかしアメリカ国内の高度にアカデミックな環境では、たいてい誰もなんの失敗もしない」

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (p. 141). 英治出版株式会社. Kindle Edition.

アタッチメントとやりぬく力は相反するように見えて、

とはいえ、これ本当に難しいですよね。著者も語っています。

これはもちろん裕福な親だけでなく、すべての親の問題だ。現代の親が抱える一大パラドックスである。わたしたちには子供のためにできるかぎりのものをさしだしたい、子供がほしがるもの、必要とするものはすべて与えたい、ほんの少しでも不快な思いをさせたくない、大小さまざまの危険から子供を守りたいという、本能ともいえる切実な願望がある。それでいて、子供に何より必要なのはいくらかの困難であるとわかってもいる──少なくともある程度は。自分で乗り越えられると子供自身が納得するためにも、少々の難題や損失は必要なのだ。親としては毎日のようにこうした厄介な問題と格闘し、半分でも正しい決断ができれば幸運である。

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (pp. 139-140). 英治出版株式会社. Kindle Edition.

うん。そう思う。いずれにしても、アタッチメントとやりぬく力に関しては、親の関与は非常に大きいので、悩みながらも自分なりにやり続けるしかないのだろうな。

と、なんか長くなるので、学びの共有はこれくらいにする。

今回の私のレビューでは親の在り方にフォーカスを当てて紹介してますが、教師もまた大事な役割を担うことをたくさんの事例を持って説明してくれている。

最高だった第5章

第五章は今までの散漫とした情報を見事に自分に照らし合わせながらまとめ上げていて、素晴らしかった。

九八五年の秋、わたしはコロンビア大学の一年生で、二〇一一年秋のケウォーナ・ラーマがそうだったのとおなじように、人生の不安定な時期にあった。わたしはそこで、ケウォーナが絶対にしないと決めていたことをした。大学をやめたのだ。当時は重苦しい、運命を決する選択に思われたし、それはいまでもそうだ。実際のところ、ここ二十五年以上のあいだなんども──しばしば後悔をともなって──思い返してきた決定である。
(中略)
ここの生徒たちにとって大学を卒業することは悲願だ。彼らとおなじ年齢だったころに、大学生活から何を手に入れたいのか彼らとおなじくらい真剣に、責任を持って考えられたらよかったのにと思う。  本書で取りあげてきた研究者の多くが──ジェームズ・ヘックマンからアンジェラ・ダックワース、メリッサ・ロデリック、それに『ゴールラインを超える』のふたりの著者にいたるまで──高校や大学を中退するのは「非認知的スキル」が低い証だとしているところも目についた。やり抜く力が弱いこと、粘りが足りないこと、計画をたてる能力に乏しいこと。確かに、やめる決心をしたときのわたしには重要なスキルのいくつかが欠けていた。

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (p. 264-265). 英治出版株式会社. Kindle Edition.

米国の大学は入学以上に卒業することが難しいのだけど、大学を中退した自分に関しての内省は人間らしくて著者に好感を持った。さらに、この後も、親として、研究者として視点で内省をしつつ、これまでの学びをまとめてくれるんだけど、その語り方も非常に謙虚で好き。

貧困層の子供たちを救うために

最後は再び、貧困層の子供たちを救うための改革の論点と経済合理性などを主張している。

改革者たちの関心はある特定の問題に寄せられている。教師の質だ。ほとんどの改革提唱者が共通していうのは、期待どおりの仕事のできる教員が──とくに貧困率の高い学校で──あまりにも少なすぎるということである。そうした学校で生徒の出す結果を改善するには、教員の採用、研修、給与、解雇の仕組みを変えるしかない。

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (pp. 281-282). 英治出版株式会社. Kindle Edition.

親と同様に、教師はやはり教育の要なのですよね。特に貧困層は親に期待できないので、教師がより重要になる。

きちんとパイプのつながったこうしたシステムを、失敗のリスクの最も高い十から十五パーセントの生徒を対象としてつくったら、まちがいなくかなりの費用がかかることだろう。しかし現行のその場しのぎのシステムよりは安くあがるにちがいない。いくつもの人生を救えるだけでなく、資金の節約にもなる。しかも長い目で見た場合だけでなく、いますぐに。

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (p. 288). 英治出版株式会社. Kindle Edition.

子供と不利な状況について新しい考え方を提唱している人々が自説を主張するとき、経済の話をすることがよくある。わたしたちは国家的な規模で子供の発達へのアプローチを変えていくべきだ、なぜならそれが資金の節約にも経済の改善にもつながるからだ、というものだ。ハーバード大学内の児童発達研究センターの所長ジャック・ションコフは、低所得層の親への効果的な支援プログラムを子供が小さいうちに実施すれば、あとになってから治療教育や職業訓練をする現行のアプローチよりはるかに費用がかからないうえに効果もずっと高いと主張している。ジェームズ・ヘックマンはもう一歩計算を進め、ペリー・プレスクールはードルの投資に対して七ドルから十二ドル分の利益を確実にアメリカ経済にもたらした、としている。

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (p. 293). 英治出版株式会社. Kindle Edition.

その上で、それでも貧困層に対する教育の強化に対して説得力としては、苦難に満ちた彼らの状況や彼らの体験を知ってもらうことだと説いている。

こうした経済の話は確かに説得力があるかもしれないが、わたしがより共感を覚えるのは純粋に個人的な主張のほうだ。逆境に育つ若い人々と一緒にすごしたとき、ふたつの感情がこみあげるのを抑えきれなかった。

ポール・タフ. 成功する子 失敗する子 ― 何が「その後の人生」を決めるのか (Japanese Edition) (p. 293). 英治出版株式会社. Kindle Edition.

一つは、その貧困な環境ゆえに、勉強すべき時に勉強する機会を逃してしまい、後になって必要以上の苦労を子供たちに強いることになってしまったことに対する怒り。もう一つは、上記のような苦難に立たされているにもかかわらず、逃げずに立ち向かうことのできる子どもたちの姿に賞賛と希望。だと。

なるほど。ここで初めて第一章から第四章までの書きっぷりに納得がいった。自分がリサーチした際に得た感情をそのまま読者に伝えたかったのかもしれないな。


と、基本的には本書を絶賛したいけど、いくつか引き続き考えたいこともある。

これから考えていくこと

  • 即時メリットなしにコツコツ努力できる力や、やりぬく力は、全方位に働くのではなく、子どもの興味関心の領域によって、働く領域と働かない領域があるのではないかな。つまり、ある「やりぬく力」がないように見えたとしても、本当にその子に「やりぬく力」がないのだろうか?単純に、その領域に関してその子の興味がなかっただけ(マッチしなかっただけ)という可能性がありそう。

  • 非認知機能はめちゃくちゃ大事である。それは完全に同意だが、もし、その機能をもし数値化できるのであれば、人生が腐る(ドラッグやアルコール依存症、犯罪を犯す)ことを防ぐ程度の平均値以上であれば良い気がする。

  • つまり、例えば、みんなが同じ楽観性のレベルになってしまうと面白くないし逆にリスクな気がする。少し悲観的な人間とだいぶ楽観的な人間同士がチームを組んだり、超ロジカルな人間と超感覚的な人間がチームを組んだことで生まれる何かにも期待したい。

  • ただ、性質や価値観が違う人間同士は基本反発し合うと思うので、その人間がどうやったらお互い敬愛の念を抱きながらパフォーマンスを発揮できるのか。それが、いわゆる、チームビルディングであり、心理的安全性の構築とゴールを設定するとかすでに色々と方法論はあると思うんだけど、もうちょっと踏み込みたいなぁ。

とかまだ色々あるけど、これくらいで。
とにかく、有益なので、教育に興味ある方はぜひ読んでほしい。

ちなみに、これには、続刊があるんです。めちゃくちゃ楽しみ。

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