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日記 2021年7月 熱中症とアップルパイと初恋と夜の缶ビール。

 7月某日

賭ケグルイ』の河本ほむらが原作を担当する漫画作品『異世界転生者殺し -チートスレイヤー-』が、連載開始しわずか1話で打ち切りになった。
 内容は、「チート能力をもつ異世界転生者によって幼馴染を失った主人公リュートが、異世界転生者達に復讐を行う」というもの。

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 打ち切りになった理由として編集部は、「当該作品につきましては、他作品の特定のキャラクターを想起させるような登場人物を悪役として描いている」と読者から多数の指摘があり、編集部が改めて検証したところ、「キャラクターの意匠、設定等が他作品との類似性をもって表現されている」、「特定の作品を貶める意図があると認められるだけの行き過ぎた展開、描写があること、またそれらに対する反響への予見と配慮を欠いていたこと」を挙げ、「連載中止の決定に至」ったと述べている。

 倉木さとしに、「さとくら君の表現うんぬんでタイムリーな話のような気がしないでもない」とLINEを貰って、一話を読んでみた。
 読んで浅井ラボがツイッターで「チートスレイヤー」に言及していたと思い出し、確認した。
 その中で以下の内容に深く頷いた。

 各種チートで調子に乗ったものが起こすであろう問題は歴史や現実でも暴君や圧制者や侵略者も起こしていて、対処していく、という手筋はありえる。が、既存の作品に似せたキャラを出すのは、そのキャラがやってもいない悪事を捏造して叩く藁人形論法に近く、まず良い手筋ではない。
 
 類似コンセプト作品としては「The BOYS」「ブライトバーン」などがある。下劣な者やサイコがヒーロー、もしくは金や権利を得たらどうなるかの話。差はどこにあるかというと、コンセプト的にはない。あるのは、愛でもリスペクトでもなく、ただ力の呪いを見据えた作品としての上手い下手だけである。

 僕の意見としては一話を読んだ限り、悪事を働く異世界転生者たちである必要性が見受けられなかった、に尽きた。
 物語が成立するためには浅井ラボの言葉を借りれば「愛でもリスペクトでもなく」作品として上手く作る必要があった。

 この上手く、というのは、異世界転生者たちを悪に仕立て上げるのであれば、その為にパロディの対象となるキャラの作者やそれを愛する読者が納得する理由づけが必要だった。

 批判されない「チートスレイヤー」を作る方法を模索したい、と言う倉木さんの提案に乗っかり、カクヨムでやっていた「木曜日の往復書簡集」で、「チートスレイヤー」について触れよう、という話になった。

 7月某日

 小説を書こうとしていると、エッセイだったり日記がまったく書けなくなる。
 僕の頭の中には「小説」というスイッチと「エッセイ/日記」というスイッチがあって、片方をオンにすると片方がオフになるらしい。
 我ながらポンコツすぎる。

 四月頃にnoteのプロフィール写真を撮ってくれた読者の方と、短編をいっぱい書くと約束していたのに、まだ一作もアップできていない。
 一ヶ月に一本で半年連載という約束だったのだけれど。
 もう少し試行錯誤して、ちゃんと取り組む時間を作りたい。

 7月某日

 三池崇史監督の「初恋」という映画を見る。
 2018年公開の映画「孤狼の血」での反響を受け、「東映が作るべき映画はこういうものだ」との思いを新たに作られた映画だと、ウィキペディアには載っていた。

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 その「孤狼の血」も予告編を見ると、古舘伊知郎が「「アウトレイジ」に対する東映の答えですね」とコメントを寄せている。

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 アウトレイジ→孤狼の血→初恋

 という感じに影響し合う流れができている。
 個人的にアウトレイジの一つのアンサーとして、「孤狼の血」はすごく良い作品だったと思う。
 予告編を見ると分かるけれど、警察組織VS暴力団というテロップが入り、男たちの方言混じりの言い合いと共に隅から隅までの暴力。

 どこまでも男臭い物語に見えて、実は原作者の柚月裕子は女性の方で、だからと言うの変だけれど、「アウトレイジ」や「初恋」にない繊細さが物語の底には潜んでいて、登場人物の殆どが一定の教養を持っている。
 個人的に「孤狼の血」のテーマは如何に賢く暴力を使うか、という点に尽きる気がしている。

 タイトルにある狼は、凶暴になり過ぎたが故に人間に駆逐されてしまったと「孤狼の血 LEVEL2」の予告編で語れていて、ただ暴力性を振り回すだけではダメだという一定の理解から、物語は作られている。
 そういう暴力の行き着く先の悲哀みたいなものは「アウトレイジ」の監督、北野武の真骨頂みたいなところでもあるのだけれど、ちょっと美しく描き過ぎている節があって、時々うーんと思っていた。

 そういう点で、「孤狼の血」の暴力の行き着く先は豚の糞尿入り交じる土の中で、ロマンもクソもなない。
 と、「孤狼の血」が好きな話ではなく、「初恋」だ。

初恋」はタイトルから分かる通り、真正面から挑むというよりは搦め手を使って、上手に視聴者の好奇心をくすぐって行く作品で、飽きられない工夫が随所に成されている。
アウトレイジ」や「孤狼の血」よりもシリアスな笑いが強く、舞台向けなシチュエーションコントな部分もあって、最後まで視聴者の予想を超える作りになっていた。

 個人的に着地までの流れは、やや荒唐無稽だが、ラストの現実と対峙する流れは素晴しい。
 あと、公開当時に話題となったヤクザの女役で出演した、ベッキーが最高にキレてて、終始彼女が出るシーンは場が閉まって緊張感が生まれていた。

 7月某日

 友人から「ブラック・ウィドウ」を見に行こうと誘われる。理髪店で働いている友人で、休みは合わないのだが、仕事終わりならとオッケーした。

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ブラック・ウィドウ」はMCUシリーズの24作目で、初の女性監督映画作品だった。主人公はナターシャ・ロマノフと言い、MCUシリーズ3作目の「アイアンマン2(2010年)」から登場した。

 ウィキペディアの紹介には「レッドルーム出身の元暗殺者で、元S.H.I.E.L.D.のエージェント。アベンジャーズの創立メンバーでもある敏腕スパイ。」とある。
 初登場した際のナターシャは、トニー・スタークをアベンジャーズに勧誘するために秘書として近づき、堪能な語学力を有し、あらゆるコンピューターをハッキングし、格闘術まで使いこなす、いわゆる美人女スパイのような存在だった。

 そんなナターシャが、アベンジャーズというヒーローチームを家族として捉え、メンバーを繋ぎ止めようと奔走していく(シリーズの後半の)姿に批評家のさやわかは「愛について──符合の現代文化論(1) 記号から符合へ 『エンドゲーム』の更新はどこにあるのか」にて、「美人女スパイというわかりやすい記号性から完全に逃れた、一人の女性としての深みを持った人間像になっている。」と評していた。

 今回の「ブラック・ウィンドウ」はさやわかが書くエンドゲームよりも時系列は前(けれど、公開は後)だが、「一人の女性としての深みを持った」ナターシャを期待する僕がいた。

 観終った感想としては、少しだけ物足りなさが残り、それが何かを含めて、翌日にエンドゲームを見たのだけれど、その話はまた別の機会にまとめたい。
 一本のエンタメ映画として、「ブラック・ウィドウ」は素晴しいことは間違いない、ということだけ記しておく。

 映画が終わった後、友人と居酒屋へ行ける時間でもなかったので、近所のスーパーで酒とおつまみを買って、駅近くのベンチで乾杯した。
 夏の夜に缶ビールを飲む、というのは幸せをぎゅっと詰め込んだ感じがあって、昔から好きだった。

 7月某日

ブラック・ウィンドウ」を見た後、日本のヒーロー作品について考えたくてネットで探してみると「『僕のヒーローアカデミア』に息づく、日本的ヒーローの3要素とは? 石ノ森章太郎の影響を紐解く」という記事を見つける。

 ――石ノ森ヒーローものの大きな特徴として、次の3要素が挙げられる。それが「同族争い」「親殺し」「自己否定」である。

 とあって、これは女性ヒーローとしての「ブラック・ウィンドウ」に通じるのか、ぐるぐる考える。

 7月某日

 14日、第165回芥川賞と直木賞が決まった。
 芥川賞が石沢麻依の「貝に続く場所にて」と、李琴峰の「彼岸花が咲く島」の2作品。
 直木賞が佐藤究の「テスカトリポカ」と、澤田瞳子の「星落ちて、なお」の2作品だった。

文学賞メッタ斬り!」という書評家の大森望豊﨑由美が芥川賞と直木賞を予想する、という本を出版している二人が、今回ユーチューブにて、発表の一日前に【予想篇】を、【結果篇】を18日にアップしていた。

 豊﨑由美が佐藤究の「テスカトリポカ」が直木賞を受賞しなかったら「憤死するかもしれません。」と「【今月の一冊】直木賞受賞必至!ノワール小説の傑作「テスカトリポカ」佐藤 究」にて書いていたから、本当に「テスカトリポカ」が受賞して良かった。

 ちなみに、【結果篇】にて、ゲストで佐藤究が登場しており、そこで「呪術廻戦とか鬼滅の刃とかの凄い売れ方に、小説で勝負をかけるなら、重さがないといけない」という旨の発言をしていた、と紹介されていた。
 重さのある小説。
 確かに僕は軽い読み味のベストセラーにはあまり興味を抱けない。ずっしりと重みのある小説は売れる、売れない関係なく興味は出るし、いつか読まなければと思う。

 7月某日

 LINEのタイムラインを見ていると、ある知り合いの誕生日のお祝いの投稿が上がっていた。

 設定していると自動的にアップされるもので、僕はそれを見つけると、おめでとうのLINEをするようにしている。けれど、今回見つけた方は僕が23歳頃まで働いていたカフェの店長だった。
 カフェの店長とはメールのやりとりはしていたけれど、LINEは交換しておらず、電話番号で友だち追加された「知り合いかも?」欄にいたので、登録したにすぎなかった。

 今までやりとりしたことがない相手に対して、誕生日おめでとうのメッセージを突然送るのは如何なものか? と考え、タイムラインの誕生日お祝いの投稿の中に「カードを書く」という部分に、おめでとうのメッセージを書いた。

 それが6月の終わりのことだったのだけれど、7月の半ばになって突然カフェの店長から、お礼のLINEが届いた。7年ぶりくらいのやりとりに驚きつつ、近況報告などを聞くと今は別のカフェで働いていることを知った。
 僕が働いていたカフェは潰れたらしい。
 青春の場が一つ消えたような気がして少し切なくなった。

 現在、カフェの店長が働かれている店舗の場所を調べてみると、僕が勤めている会社から歩いて行ける距離だった。
「絶対に飲みに行きます!」と言ってから、真夏日が続き、朝は電車に乗ってしまうので、寄ることができず仕事終わりに覗いている。
 今のところ、カフェの店長はいない。

 一緒に働いていた頃も朝から夕方までだったので、僕の仕事が終わる頃にはもう帰宅されているだろう。
 夏の終わりにでも、尋ねて昔の話でも軽くできたらなと思う。ついでに、お酒も好きな方だったので、また一緒に飲みに行けたら懐かしさで泣く気さえしてくる。

 7月某日

 僕が毎日、更新を楽しみにしているブログを書かれている、よるさん(いつも更新が夜なので、僕が勝手にそう呼んでいる)から、チャットでお話できませんか? と提案をいただく。

 腰を落ち着けて、お話してみたい方だったので、ぜひと返答した。
 土曜日のお昼にチャットすることになった。その日は朝からWi-Fiの工事も予定されていた。午前中と頼んでいたのだけれど、比較的早い時間帯に来てきれたので、十時過ぎには自由に動ける状態になった。
 ここで寝て、お昼を過ぎるのは避けたかったので、皮膚科と業務用スーパーへ出かけた。思いの他、皮膚科が込んでいたのと、業務用スーパーでの買い込み過ぎた結果、よるさんを少しお待たせしてしまった。

 お話した内容はここでは触れないけれど、本当に有意義で楽しい時間だった。考えてみると、僕の実際の本名も顔も声も知らない、郷倉四季やさとくらの作品を読んで下さっている方とのチャットによる交流は今回が初めてだった。

 失礼がなければ、またチャットなどで交流できたら嬉しい。
 あと、近々誕生日という話をしていただいて、その場でおめでとうをお伝えした後、当日に言うのを逃してしまった。
 ここで、改めて「誕生日おめでとうございます。健康で良い一年を過ごされることを願っています」とお伝えしたい。


 7月某日

一人ぼっちで寒くて、そして暗くって、誰も助けに来てくれな」い森の木に小さな電球を吊るして光を灯した。
 光の届く小さな輪の中にいれば、少しホッとする。
 そんな夢の中で。

 くまがアップルパイを持って姿を見せた。
「こんばんは。今日はプレゼントがあるんだけど、……大丈夫かい」
 くまが眉をひそめるのが分かった。
「こんばんは。大丈夫だよ」
「けど、ぐったりしてる」
「暑い日が続いているせいかな。ちょっと、ぼーっとするんだ」
「昼間、動きすぎなんじゃないかい?」
「そうかも知れないなぁ」
「くまの活動時間は朝と夕方なんだ。昼間は日陰で休んでいるんだよ。君もそうすると良い」
「見習うよ。今はとりあえず、アイス枕が気持ちいい」
「熱中症なんじゃないかい?」
「そうかも知れないなぁ」
「身体の熱を逃がさないとだね。あとで一緒に川へ行こうか?」
「夜の川って、ちょっと怖いよね」
「確かに足を滑らせると大変だしね。とくに人間は」
「フラフラしているから、溺れると大変な気がするんだよね」
「じゃあ、川はやめておこう」
「悪いね。それで、手のアップルパイはなんだい?」
「一緒に林檎をもぎ取ってくれた人が作ってくれたんだ。君と一緒に楽しくお食べって」
「嬉しいね」
「アップルパイを食べると熱中症は治るかな?」
「治るよ」
「それは良かった。じゃあ、半分にして大きい方を君にあげるよ」
「それは悪いよ。くまさんも林檎をもぎ取るのを手伝ったんだろ?」
「そうなんだよ。綺麗な林檎畑でね。収穫するのも楽しかったんだ」
「良いなぁ」
「君も今度、行ってみると良いよ」
「そうだね」
 いつか行きたいね、と笑った。

 それから僕とくまはアップルパイを食べた。
 香ばしくて甘酸っぱいサクサク感が口の中に広がって数日の疲れが一気に溶けていくのが分かった。
 本当、この数日は疲れたなぁ。

「ちなみに、アメリカ人にとってアップルパイは『おふくろの味』だって言われているって知ってたかい?」
 とくまさんが言った。
「アップルパイってアメリカ発祥じゃないの?」
「発祥はイギリスらしいけどね」
「詳しいね。アメリカ人にとって、アップルパイが『おふくろの味』かぁ。知りなかった」
「こんなに甘くて美味しいものが『おふくろの味』だったら、ついつい実家に帰っちゃうなぁ」
「くまさんの実家ってどこなの?」
「ずっと遠くだよ」
「まだ残ってるの?」
「多分、もう無いんじゃないかな」
「そっか」
「君は?」
「あるよ、実家。けど、『おふくろの味』かぁ」
「日本で言えば、肉じゃがとか味噌汁とかじゃないかな」
「うちは、実家に帰る度にゴーヤと卵の炒め物を出してくれてた時期があったね」
「ゴーヤと卵? それが君のところの『おふくろの味』かい?」
「まぁ、そうかな。なかなか美味しかったよ」
「へぇ……」
 と言うくまさんの表情は心なしか青くなっていた。

「くまさん、ゴーヤ嫌いなの?」
「ゴーヤを好きなくまはいないと思うね。あんな苦いものは食べものじゃないよ!」
「料理すると、美味しいんだよ」
「林檎みたいにそのまま食べても美味しいし、料理しても美味しいものの方が絶対に良いね!」
「じゃあ、くまさんの『おふくろの味』もアップルパイなの?」
「そうだね! このアップルパイならいつでも食べたい」
 確かにそれくらい美味しいアップルパイだった。

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