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話題の音楽家・角野隼斗さんを育てた母、角野美智子さんに聞く(後編)

2021.11.21by 岡本 聡子

Hanakoママwebリニューアルにともない、私が取材・執筆した記事を、関係者の許諾を得て、こちらに転載しています。
角野隼斗さんに取材した3記事は、こちらでの公開予定はありません。

後編 子どもを信じて、待つ

角野(すみの)美智子さん。今話題の音楽家、角野隼斗さんのお母さまです。
角野隼斗さんは、東大卒研究者の顔も持つ、登録者85万人の人気Yotuber・音楽家。2021年10月、世界三大コンクールのひとつであるショパン国際ピアノコンクールではセミファイナリストに。妹の未来(みらい)さんもピアニストとして活躍中。
今回、美智子さんは、迷える思春期の「回り道」を親が見守り、自分で答えを出すまで「待つ」ことの大切さを話してくれました。

話題の音楽家・角野隼斗さんを育てた母、角野美智子さんに聞く 前編はこちら

受験・進学への親の関わり方

――隼斗さんは小学5年生の時に、中学受験のために塾に通いはじめたとうかがいました。きっかけは何だったのでしょうか?
「実は、隼斗が学校での勉強に興味を持てないらしいと、先生から指摘されました。内容に飽きたというか、授業中の態度がね……。

そこでもっと好奇心を刺激できる場所を、と思いついたのが塾でした。成績をデータ分析するところがゲーム感覚に近く、本人にはあっていたため、見違えるように生き生きしました。塾ありきというよりは、本人の興味の先に、実は塾があったわけです。
親の勘で、隼斗には開成の校風があっているんじゃないかな、と思っていました。隼斗は柔軟性があるけれど、ある意味周囲に流されやすい側面もありました。このまま地元にいると、自分を持て余すのでは? もっと広い世界でいろんな人達にもまれたほうがよいのでは、と考え、受験することに決めました」

――妹の未来さんも、かなり遅い時期に中学受験の勉強を始められたそうですが、どのように乗り切られたのですか?
「未来は、ピアノがあるので中学受験をしないと言っていましたが、兄の楽しそうな中学生活をみて、ピアノ以外の可能性を試したくなったのか、小5の3月に受験を決めました。

コンクールで上位に入賞できる技術を持つようになった彼女が、ピアノをしばらく休むと言い出して私も寂しさを感じたのですが、彼女の気持ちを尊重することにしました。

もうピアノには戻ってこないかも、という予感もありましたが、辞めてもったいないという気持はなくて、彼女が自分で決断した挑戦を全力で応援しよう、新しい可能性を一緒に見つけようと思えました。

とはいっても、兄と同じ塾には小5の3月から入れません。隼斗のおふるの塾のテキストを全部消しゴムで消して再利用しながら、ようやく入れる塾を見つけました。最初は惨憺たる結果だったので、残り10か月でどれだけのことをやらないといけないか日割りにしました。思った以上の量でしたが、自分で言い出したことですから、本人は目の色を変えて取り組みました。

隼斗にはバイト代を払って家庭教師をしてもらい、帰りの遅い夫は早起きして朝の勉強につきあいました。家族全員で目標に向かって努力しているという雰囲気が、孤独な受験勉強を乗り切る助けになったのではと思います」
未来さんは偏差値を20近く上げて、浦和明の星女子中学校に合格しました。

――隼斗さんは東大受験直前に、ゲームの全国大会に出場されたとか……。
「そうなんです! その時はもう、夫も私もさすがに驚いてしまって。本人がさっさと出場を決めた後に、親の同意が必要だからよろしく、って。
一度決めたら、何があってもやりぬく子ですから、署名して送り出しました。もし浪人したとしても、本人の選んだ結果ですし、まぁなんとかするだろうと」

思春期の親子コミュニケーション

――隼斗さんの反抗期はどんな感じでしたか?
「うーん、実は反抗期はありませんでした(一同、驚きの声)。一般的に、子どもを否定すると反抗するという気がします。

ですので、親のほうに無理やり寄せることをせず、常に子どもの方に寄せていくことを意識しました。声かけのタイミング、距離感は特に気をつけました。頭ごなしや上からではなく、友人として相談にのる、というイメージですね」

――タイミングというと?
「例えば、隼斗がバンドやゲームに夢中になり成績が下がった時、『最下位から這い上がるのは難しいから、真ん中あたりをキープしておいたら?』と、本人が聞く耳を持つ時をみはからって、入れておいたり(笑)。
親のいうことを素直に聞き入れる時期ではありませんが、なんとか伝わっていたんだと思います。話をするタイミングはすごく大切です」

――隼斗さんはバンド活動にずいぶん熱中しておられたそうですが、本人任せにしておいて大丈夫なのか、という不安はありませんでしたか?
「自分の世界ができてからも、尋ねればだいたい答えてくれました。高校時代はドラムに熱中して、10個ものバンドに参加してたんですよ! 文化祭前は、夜遅くまで練習して、時には朝方にふらりと。でも『昨日どうだった?』ときけば、素直に話してくれました。
小さな時から一緒に過ごした時間の積み重ねがあるので、『私達家族を悲しませることはしない』と信じて待つことができたんでしょうね」

ヤマハ銀座店1階のピアノを弾く美智子さん。手元が大画面に映し出されます。

「子どもを信じて、待つ」

中学受験を経て、未来さんはバトン部に入るなどピアノと離れた生活を送りながら、中学生活を楽しんでいました。しかし、中学3年生の夏、突如「藝高(東京藝術大学付属音楽高等学校)に行きたい」と表明。

――ピアノから一度離れた未来さんが辿りついたのが藝高受験ですが、ご両親としては難しい判断を迫られたのではありませんか?
「さすがに頭を抱えました。中高一貫校ですから、外部の高校を受けると、その合否に関わらず上の高校に進学する資格を失います。最悪、高校浪人という結果も。

でも、彼女の『音楽を学びたい』という熱意を変えることはできませんでした。中学受験を経て新しい世界を経験するうちに、ピアノへの思いが新たにわいてきたのでしょう。

小学生の時、彼女はコンクール上位に入賞する安定した技術を持っていましたが、『自分は本当に音楽に向いているのかな?』と思いつめて涙を流していたこともあります。あの挫折感を抱えたまま音楽を続けていたら、いずれ心が折れていたでしょう。

ピアノから離れて別の可能性を探してみたからこそ、辿りついた答えが藝高だったのです。この回り道のように思えるプロセスも、彼女には必要でした。

実は、残り5か月からの藝高受験は、ピアノ指導者の立場から見るとかなり難しい賭けでした。けれど、それまでの彼女を見ていて、一度自分で言い出したことは必ず最後まであきらめず、やりとおす子だという確信があったので、私も覚悟を決めて応援しました」

――お子さんお二人ともピアノから離れた時期がありましたが、その時のお気持ちは?
「ピアノにはもう戻ってこないかも、と一抹の寂しさを感じましたが、不思議ともったいないとは思いませんでした。子ども達が悩みながら自分で出した答え、新しい挑戦や可能性をとことん応援してあげるのが、親にできることなのかなと思います」

このインタビューは、2021年9月末、隼斗さんのショパン国際ピアノコンクール挑戦の直前に行いました。ご自身のポーランド渡航を前に、快く協力してくださった美智子さん・関係各位に改めて御礼申し上げます。

取材・文:岡本聡子、写真:野口けいこ

【角野美智子さんの著書 】
「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方』(ヤマハ)

【取材・撮影協力】
ヤマハ銀座店 1階 ブランド体験エリア
TEL:03-3572-3171
住所:東京都中央区銀座7-9-14
アクセス:東京メトロ銀座駅から徒歩5分
https://www.yamahamusic.jp/shop/ginza/experience_area
*音や音楽の最新技術を、お子様と楽しみながら体感できる場所です。


左から美智子さん、未来さん、隼斗さん。(2018年撮影、角野美智子さん提供)

【角野美智子さんプロフィール】
桐朋学園大学ピアノ科卒業後、米国ニューイングランド音楽大学大学院に留学。これまで、主宰するピアノ教室から各種コンクールで延べ100人以上の受賞者を輩出。音大・音高受験指導でも高い実績を上げる。2018年、リトミック教室「プチアンジュ」を開講。0歳児から音楽・知性教育を通じて感性を育む育児法を導入し、ピアノレッスンに大切な下地作りにも注力。導入期から上級までバランスよく育て上げる指導法で高い評価を得ている。ピティナ指導者賞連続20回受賞。

【角野隼斗さん(Cateen/かてぃん)プロフィール】
1995年生まれ。東京大学工学部卒業後、同大学院情報理工学系研究科創造情報学専攻にて機械学習を用いた自動採譜と自動編曲について研究、修了。2018年に4万人以上が参加したピティナ・ピアノコンペティションの頂点である特級グランプリ、及び文部科学大臣賞、スタインウェイ賞受賞。同年、フランスで音楽情報処理の研究に従事。2020年12月、1stフルアルバム『HAYATOSM』リリース。2021年、ショパン国際ピアノコンクールにおいてセミファイナリスト。2022年1月より全国ツアー開始。https://hayatosum.com/live

角野未来さんプロフィール】
1998年生まれ。3歳よりピアノを始める。ピティナ・ピアノコンペティションE級までの各級の全国決勝大会にて金、銀、ベスト賞を受賞。NYカーネギーホールでの演奏会「The Passion of music 」に出演。第17回ちば音楽コンクール全部門最優秀賞。第17回ショパンコンクール in Asia コンチェルト部門アジア大会銅賞。2020年度 青山音楽財団奨学生。大学卒業に際して、アカンサス音楽賞、同声会賞、藝大クラヴィーア賞を受賞。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学を経て東京藝術大学院音楽研究科1年在学中。


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