New熟語譚①道前罷(どうぜんひ)

今日からはじまりました、新企画、New熟語譚でございます。私は以前から、「パブー」という本を作ったり売ったりできるサイトで、「指さし小説」というものを連載していました。それは、国語辞典を目をつぶって指さし、そこにあったことばをテーマに短編小説を作るというものです。

今回は、その指さしシリーズ第2弾という感じで、今度は漢和辞典を目をつぶって何回か指さし、そこにあった漢字を順番に連ねて新たな熟語を作り、その熟語をテーマに短編小説を作ってみようという企画であります。少々ややこやしいですが、実際やってみたいと思います。

まず、目をつぶって最初に指さしたのは、「道」という漢字でした。もう一回辞書を閉じ、指さしたのは「前」でした。どちらも見慣れた漢字でほっとしたのもつかの間、「道前」で検索すると、実際にある地名が出て来たので、今回は三文字の熟語にすることにしました。もう一度目をつぶって指さして見ると、「罷」という文字が……

見慣れないですが、「罷免」(ひめん)とかだと、聞いたことあるような気がします。ではこの三文字で、「道前罷」という題名の物語をつくっていきたいと思います。なお、熟語の意味は、私の勝手な創作ですので、くれぐれも、まに受けて作文などで使用しないように。


道前罷

長い旅に出たくなり、私はリュックをしょって家を出た。

「特産のものは、何ですか?」と、旅の途中で私は聞いた。聞いたのは、無人販売所の主人だった。無人販売所に主人がいるのでは、無人ではないじゃないかと思われるかもしれないが、たまたま主人が野菜の補充に来ていたのだった。主人は言った。

「ナスですよ」

「へぇー、ナスかぁ」

しくったなぁと思った。私はここで、特産の物を聞き、特産のものを買って食べようとしていた。しかし、私にはナス科のアレルギーがあった。

「あの。他の物は?」

そう聞くと、主人は、「トマトとか」

しまった。と私は思った。トマトもナス科だった。

私は財布をおもむろに取り出して、言った。

「あ、そうだ。今日お金を持ってきてないんだった。すいやせん」

「そう、残念だね。じゃあ、これあげるよ」

と言って、主人はミニトマトを一袋くれた。

「あ、ありがとうございます」

私はもうお礼をいうことしかできなかった。

私はミニトマトを食べることもできず、捨てることもできず、どうしようかと迷いながらその場を後にした。

とりあえず、私は無人販売所が見えない所まで歩いて行き、道端に座った。暑い日だった。手の中でミニトマトが早く食べてくださいとばかりに訴えかけてくる。私は一粒それを手に取った。

嫌いなわけではない。それどころか、アレルギーになる前は、トマトジュースもよく飲んでいたし、ミニトマトも食べまくっていた。

じーっと黄色いミニトマトを見る。

すると、今来た道から軽トラが走ってきた。もしかしたら、さっきの主人かもしれない。私はとっさにミニトマトを隠そうと、手を動かした。その瞬間、汗をかいていた私の手の中から、ミニトマトはころりと滑り落ちてしまった。まさに、ミニトマトころりんだった。

ぁあ!

食べることも捨てることもできないミニトマトだったが、落ちてしまうことは予想だにしなかった。なんだかこのミニトマトが、かわいそうになってきた。もう、下に落ちたので、砂がついてしまっている。洗えばまた食べられるかもしれないけれど、例え洗ったところで自分は食べられないし、そんな食べられもしないものを洗うのに、貴重な水を流すなんてもったいないと私は思った。そこで私の決断は、ただミニトマトを見守るということだけだった。

私は炎天下でミニトマトを見守った。ただじっとしているだけなのに、体力はどんどん奪われて行く。喉も乾くので、さっきから水の消費量も半端ない。これだったら、ミニトマトを拾い、水筒の水を使ってさっと洗い、袋に戻したほうが、水の節約になった。しかし、もう後には戻れない。

私はぼーっと自分の行く先をみた。長い長い一本道が、どこまでも続いていた。この先の道には、自動販売機はおろか、無人販売所もないのだった。

私はその長い道を背景に、ミニトマトを見た。頭が重くて、膝の上に手を組み、その上に頭を乗っけた。そしてじっとミニトマトを見た。だんだんと陽炎のようにミニトマトが揺れて来た。そして、道の先へと、移動して行った。

え?

と思って私は顔をあげ、ミニトマトを凝視した。

沢山の蟻たちが、ミニトマトを運んでいった。

そうか。このミニトマトは甘いのか。

私はもうこの先へ行くのは辞めることにした。蟻たちが、代わりに行ってくれたから。

私は家に帰って、袋に残ったミニトマトを、誰かにあげよう。

私は立ち上がった。帰り道の無人販売所は、ちゃんと無人になっていた。

私は箱に100円を入れ、そこにあるきゅうりをばりぼりかじった。


道前罷(どうぜんひ)・・・道に入る手前で突然行くことを止めてしまうこと。しりごみしてしまうこと。

※注 こちらは、造語です。実際にこんなことばはありません。

第一回目のNew熟語譚いかがでしたか?トマトアレルギーは、自分もです。これからも不定期で書いていきますので、よろしくお願いします。