見出し画像

治療とお金とQOL アメリカ甲状腺治療体験記

「このままだったら65歳までに心不全になっていましたよ。」
20年ぶりに行った専門医の言葉だ。

私は27歳の時からバセドウ病の薬を飲んでいる。3ヶ月に1度の血液検査をしながらファミリードクターのもとで治療、このまま薬を飲み続けていいのか悩んでいる時に人間ドックで肝機能の数値が高くなっていることが分かり内分泌科のドアをたたいた。

飲んでいる薬は20年前から短期使用以外は処方されなくなったらしい。

専門医の予約はなかなか取れない。
3カ月待って会えたのは、ふっくらしたアンパンマンのように優しいインド人のSekar(セカー)先生。
問診をして首を触って確認すると、目を見つめて話されたのがあの言葉だ。直ぐにエコー検査の予約をして下さり、専門的な治療が始まった。

エコー検査の結果
「大きな腫瘍が三つに小さなものが沢山あるのでアイソトープ治療は出来ません。ガンであるリスクも考えて手術で全摘するのがベストだと思います。Let me know your thoughts.」
とメールが来た。

返信すると執刀医の名前を教えてくれて「心配なら検索して見てね。」と言われて検索すると

「甲状腺がんならこの先生では無くFox chaseに行きなさい。」と言う

「お告げ?」

とも思える様なコメントを見つけた。調べてみると、フィラデルフィアにある有名なガンセンターだった。

病院のサイトを覗くと、プロフィールの中で「甲状腺がんのセカンドオピニオンは必要だ」と書いておられるシャーダ先生を見つけてオンラインで予約すると、翌日には病院から連絡が来た。

まずは「紹介ですか?」
と聞かれて、先生からの紹介状は無いけれどセカンドオピニオンが聞きたい事を話すと親身になって対応して下さり、姉と愛犬を亡くしたばかりだと言うこと、ここで手術までお願いしたいこと、今の状況を伝えているうちに自然と涙が溢れた。

すると
「大変でしたね。あなたはここに電話してきたのだから、もう何も心配しなくていいから私達に任せなさい。ワンちゃんの名前は何?」

ここで号泣、、、

Coco is always with me forever.


そして、
「ファイナンシャルサポートは必要ですか?」と続いた。

ガンの治療費が高いことは姉を見ていたから分かっている。お金のサポートを予約の時点で聞かれるのはさすがガンセンターだと思った。製薬会社から抗がん剤を無料で提供されたり、チャリティーと言って申請して該当すれば安く治療を受けられるシステムもある。この病院が自分の加入している健康保険のネットワークに入っているかは確認済みだった。

私の健康保険は日本で言う自己負担分(1割、3割)が年間約20万円に達すると、その後の保険適用される医療費は全て無料になる。でも、毎月の保険料は家族3人で約15万円払っているので病気をしない人にとっては高いと言えるかもしれない。

手術や入院費、抗がん剤も無料になる。

保険で何とかなることが分かると、エコーの検査やセカー先生との流れを確認され、
「甲状腺だったら、耳鼻科と内分泌科ね」と、予約を入れてくれて下さった。全てがプロフェッショナルで対応が早い。

希望したシャーダ先生は2ヶ月待ちになったけれど、もっと早い予約が必要とされたら連絡が来るだろう。


すると1週間もしないうちに
「キャンセルが出たから明日来て下さい。」と別の先生から連絡が来た。

「えっ!明日ですか?」
しかも、別の先生。

「あの〜、シャーダ先生との予約はキャンセルになって担当が変わると言うことですか?」

「そうです。」

「だったら待ちます!」

と言って電話を切ると、
「あなたは早く先生に会ったほうがいいから、この予約を受けた方がいい。」と再度連絡が来た。

早く先生に会った方がいいって、そんなに悪いのか、、、。エコー検査の画像CDを握りしめて、ドキドキしながら2時間かけて病院に向かった。

Fox Chase癌センター


「シャーダ先生とも相談して治療を進めるから大丈夫ですよ。」
と言われて会ったのは、ペルー出身のKcomt先生。昔、ペルー人に似ていると言われた事がある私は、先生がアジア人に見えた。

「何で予約が早まったのでしょうか?」と聞くと

「ただ単に、シャーダ先生より私の方が空きがあるからですよ、あはは〜」
と笑う先生を見ながら少し気持ちが軽くなった。

Kcomt先生
エコー検査の映像
駐車場からそのままバリアフリーで受付まで繋がっている。

「まずは123uptake検査(甲状腺摂取率検査)をしましょう。今飲んでいる薬は全く効いてないから直ぐに辞めて、別の薬を必ず今日から飲んで下さいね。必ず!」とKcomt先生。

全く効いてないって、、
早口で説明する先生に
「いや、でも、あのー、ファミリードクターでは大丈夫と言われていたから、、、」と言い終わる前に

「それはごめんなさいね。」とPCに向かったまま、首にかかっていた老眼鏡を耳にかけると、その日の内容をカチャカチャと打ち始めた。
それからクルっとこっちを向くと、
「他に質問はある?」
と言って眼鏡を外し、ニコっと笑ってあっという間に検診は終わった。


それからは準備として血液検査に行き、2週間のヨード制限をして、2日間かかる検査のために病院近くのホテルを予約した。

ちょっとしたプチ旅行で気分も上がる。これ必要!

姉と愛犬Cocoも一緒に。
2週間のヨード制限食。これが結構大変。
広い部屋で1人、気持ちの整理にもなった。
この日は満月。

検査結果は先生に会う前にアプリに送られて来た。なんとか自分なりに調べると
「cold nodule」は悪性腫瘍。
私の結果はColdでもHotでもなかったから、勝手に「がんでは無かった!」と友達と喜んでいた。

スッキリした気持ちで先生に結果を聞きに行くと、PCを見ながら渋い顔をされている。
「Cold noduleではなかったんですよね?」と聞くと

「それは良かったんだけどねー。」
不安にさせる返事が返って来た。

「あなたの凄いわよ摂取量が通常の4倍くらいなの。完全なバセドウ病ね。」
いや、それは分かってますから。
この不安なもやもやした気持ちをどうにかして欲しい。判決を下してくれ〜
と思っていたら先生から
「次は穿刺吸引細胞診をしましょう。」

えっ?

どうやらHot nodule(良性腫瘍)が陰性と出てしまい、まだガンの疑いが残ってしまっているらしい。

この検査は執刀医に決まった耳鼻科のシュマルバック先生が担当される。
元空軍の素敵な先生だ。


検査後は運転出来ないと言われたので、早朝から夫の送迎で検査へ。
すると、運転している夫が「オー、マイ、ガー、これ見て。」
見ると寝ぼけて首回りがボロボロのTシャツを着て着ている。
「だから捨てなさいって言ったのに。だーれもシャツなんか見てないから大丈夫よ。」と言ったものの、笑いが止まらなくなった。でも、こんな事にはかまっていられない私は
到着すると「終わったら連絡するね。」と言うとドアをバンっと閉め、窓をノックして
「中にスタバあるよ。」と教えたけれど、結局この日は車から降りようとはしなかった。時間があったから、たっぷり入った大きなサイズのコーヒーを届けると嬉しそうにしている。長い時間待つんだから自分で買いに行けばいいのに、と思いながら、サッサと病院へ戻った。

まだ暗い。

検査室に入ると、シュマルバック先生ではない、アジア系の明るい先生が担当だった。
「歯の麻酔の歯茎に刺さるあの感じが首にと思って下さい。後ろ頭にも大きなプレッシャーを感じると思いますが、それは普通だからびっくりしないでね。」
あの感じでブスっとなら結構ズシっときそう、汗。と思いながら出来るだけ力を抜いたけれど、喉の奥にある細胞を採られるのがこんなに痛いとは思わなかった、、。

ネットで調べたら細い針で2回程度取るだけで痛みはないと書いてあったけど?
「はい、4回やりましたから休憩しますね。あと半分で終わりですから。」と言うことは8回?
休まなかったらもう限界に達していたから、残りの4回は想像しただけで減なりし、休憩中に築100年の庭の剪定の話しで盛り上がっている先生達の会話で気分を紛らわせる。

1週間以上は首も腫れて後ろ頭も痛かったから、この検査はもう2度とやらずに済みます様に、アーメン。

検査からしばらくして結果を聞きに行くと
「Do you remenber me? 僕のこと分かる?」とニコッと笑いながらカジュアルなワイシャツにスラックス姿の青年が入って来た。


顔をよく見たら、針生検の時の先生だ。手術用の帽子とマスクが無いと凄く若く見える。
「シュマルバック先生のレジデントです。宜しくね。」

そして
「悪性ではありませんでした。」

結果は下の表のクラス2とわかった。
痛かったけど、先生に感謝。

https://www.city.hiroshima.med.or.jp/hma/center-tayori/201307/center201307-02.pdf

そして、Kcomt先生とのZoomで
「アイソトープ治療か手術かは、判断が難しいのでシャーダ先生と私、シュマルバック先生の3人でグループミーティングをしてまた連絡しますね。
Don’t worry!!」結果が悪くなかった事を私よりも喜んでくれた。

その時の私は、セカー先生から「腫瘍が2個以上の場合はアイソトープは出来ない」と言われていたから手術になると決め込んでいたけれど、シャーダ先生の考えは違っていた。不必要な手術はなるべく避けるのが先生のやり方。

私のアイソトープへの不安は3つ。
セカー先生の言葉。
甲状腺眼症や、二次ガンのリスクがある事だ。

時は既に11月。

アイソトープか手術か。
3つの検査で年間の自己負担分に達していた私は、別の病院で年内に手術か翌年になっても癌センターでお願いするか悩んでいた。

針生検130万円で自己負担額は約8万円(2023年12月レート)
保険もアプリで確認出来る。


出来ることなら、今年中に手術を終わらせたい。セカー先生も年内に手術したいなら「Reach out to me.」と言って下さっていた。

「手術代、リスク、QOL」

もう自分の中で何が大切なのか分からなくなっていた時に、もう一度シャーダ先生の記事を読んだ。
何のためにここまで来たのか、あのお告げの様なメッセージは。
癌の疑いが無ければ癌センターで検査する事も無かっただろう。せっかく最善の治療ができる場所で、最高のチームに巡り会えたのに、目の前の事だけを心配をして悩んでいる自分がいる。

悩んでいる時期に「不安はあっても乗り越えられるよ」と言う愛犬Cocoからのメッセージ。そこには見た目が甲状腺とも思えるカードが出ていた。


今日決めないといけない。

と言う日に針生検の請求書がやっと届いた。それを見ると自分で月々の支払い金額と支払い日を選択出来るシステムになってる。

近くの病院では受付で
「はい、7万円です。」と、検査前に実際の費用より高い金額を全額払わされたのに(後からカードに2万円返金されていたけど) 病院によってこの違いには驚いた。

これならぼちぼち払っていける、と思った瞬間、治療費の不安からは解放され「来年になってもガンセンターで手術をしてもらう。」と決めて、シュマルバック先生に再度会い手術のリスクについて説明を受けた。

私のケースは神経をモニタリングをしながら手術をしても、声を失ったり、副甲状腺も一緒に切除される可能性が高いこと、声帯は別の手術で復活出来ること。

そしてアイソトープへの不安を話すと、「あなたが会ったセカー先生はまだFellow(フェロー)で専門医になったばかりだから、私が見る限り眼症も無いし、二次ガンの心配もありません。」

ひとつ、ひとつの不安を取り除いて下さり気持ちが傾いた。

1番最初にシュメルバック先生にお会いした時に「あなたは何の仕事をしてるの?」と聞かれて
「アウトドアのお店の店員です。」
と答えると「声を使う仕事なのね。」と確認するように言われた。

優先順位が何かはその人にしか分からない。言えるのは、先生方は患者一人ひとりのQOLが保てる治療を考え研究して下さっていると言うこと。

事あるごとにメールでやり取りして下さったセカー先生にも感謝だ。

悩んでいる時に「私があなたのお姉さんだったら、家族だったら絶対にアイソトープを勧めるわ。」と言われていたKcomt先生に、そう決めた事を報告すると、

「オーケー良かった!これから放射線科や各先生方に連絡するから1カ月は見といてね。何か決まったらその都度連絡するから。なるべく早くやりたいのよね?あなたはすぐに血液検査に行ってね。書類は私の秘書がメールで送るから。」と連絡があった。

それから直ぐにHealth Physicist
Radiation Safety Office(医学物理士?)から安全性の説明の電話があり、
「Knomt先生から急ぎとの連絡で12月8日に出来ることになりました。」と、放射線科のYu先生からも連絡が来た。

ガンセンターで出会った全ての先生が母国で学ばれてからアメリカに渡られている。Fox chaseはインドにも研究所があり、医療はこんなにも世界で繋がっていると実感した。


早くてもクリスマス後になるだろうと思っていたのに

ハレルーヤ!

さて、またヨウ素制限食の始まりだ。
何をたべようかな。

つづく。

日本では欧米と異なり薬物治療(約80〜90%)が主体である。欧米ではアイソトープ治療が主流である。放射線についての理解や国民性などの違いがひとつの理由であろう。それぞれ長所と短所があるが、日本において内科的治療が第一選択として圧倒的に好まれており、アイソトープ治療が行われるのは約10〜20%である。

日経メディカル



この記事が参加している募集

仕事について話そう

お金について考える

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?