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ダイビング初心者からの脱出

 スキューバ・ダイビングにおいて初心者と言われなくなる目安が潜水回数50回程度です。一日2回、土日で4回とすれば12.5週間、ざっと3ヶ月です。これだけ潜れば次第に慣れてきて極端な緊張はしなくなってきます。緊張が大きく影響を及ぼすのが呼吸です。

 スキューバ・ダイビングでは複数人で潜るので、最も空気消費量の多い(残圧が少ない)誰かに合わせて戻るタイミングを調整します。なので、空気消費量の多い人が居ると「予定していた所に行けなかった」「もう少し先の場所へ行きたかった」「もっと潜っていたかった」なんてことになるので「空気を節約した呼吸」にすることは宜しくないのですがあるあるな出来事です。

 後述のように潜水中では酸素は非常に多いので、どの様な呼吸をしていても酸素欠乏にはなりません。しかし、体の中で発生した二酸化炭素を効率よく排出しないと血中の二酸化炭素濃度が高くなって頭が痛くなります。楽しむためにダイビングしているのですから頭が痛くなるのでは本末転倒ですね。

 二酸化炭素を効率よく排出するには深い呼吸が大事で、横隔膜を押し上げて肺を可能な限り潰すイメージを持つ事が重要になります。吐き切ると言った方が解り易いかもしれません。
 慌てている人は目一杯に肺を膨らまし「ちょっと吐いたら直ぐに吸い込む」といった浅い呼吸をしがちです。しかし、これでは肺の上部の一部しかガス交換されず、肺の奥底のガスは留まったままになります。二酸化炭素の排出効率が悪いのです。浅い呼吸をしていると血中の二酸化炭素濃度が高くなって苦しくなり、ますます浅い呼吸を激しく行うという悪循環に陥ります。

 体の一部に水が触れると咄嗟に息を吸うのは生理的な反射行動です。それに打ち勝つには冷静な精神力が必要になります。吐き切る事を意識した深くゆっくりとした呼吸が大事なのですが、精神的に落ち着いていないとできません。なので、慣れが必要なのです。
 皆さん、水中に留まって息を吐き切る事はできますか?立てば頭が水上に出るような浅いプールにおいて、水中で息を吐き切ったまま数秒待つと体は沈み、プールの底に横たわることができます。これができる人は効率的な呼吸ができる可能性が高いです。

 これは必ずしもお勧めするわけではないのですが、スキューバ・ダイビングにおいて最も効率が良いのは、ゆっくりと完全に吐き切った後に少し吸って再び完全にゆっくりと吐き切る事を繰り返す様な呼吸法です。ベテランの人の呼吸を見ていると吐き出す泡が細かくて少ないのが判ります。ゆっくりと吐けば細かい泡になり泡の総体積が一回の呼吸量です。細身の人のヘソ辺りを見て下さい。大きくえぐられるように凹んでいるはずです。これは、横隔膜が押し上がって肺を腹の方から潰しているからです。その気になれば腹が出るくらい空気を吸って肺を膨らますことはできますが、そこまで吸っていないことが分かるでしょう。結局ここに行き着きます。

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 横隔膜や内臓には、立っているときに重力で内臓が下に落ちないように常に上へ引っ張り上げる力が働いています。水中に入ると重力の影響が無くなるので内臓は自然と肺の方向に移動し、ヘソ辺りが凹んでいくのが(注意していると)分かるはずです。ですから、リラックスしていると自然と吐き切る事ができるようになってきます。

 「胸の上の方で呼吸する」と表現する人もいます。どれくらい「少し吸う」のかは、その人の二酸化炭素の発生量次第です。一般的に、筋肉の多い人は基礎代謝も多いのでじっとしていても二酸化炭素の発生量は多く、空気の消費量は多目になりがちです。シパダンで森末慎二さん(ロサンゼルスオリンピックでの体操金メダリスト)が潜水しているところに遭遇したことがあります。一回のキックだけなのに凄い速度で移動していました。吐き出す泡の大きさから一回の呼吸量が解ります。ドッカンドッカンと大きな泡が出ていました。我々より後から潜水を開始し、我々より前に上がっていきました。

 水中でリラックスして筋肉を緩め、漂うが如くふわふわしていて、泳ぐ必要があるときに足にだけ力を入れるのが理想的な行動スタイルとなります。
 何度も潜っていると慣れてきて緊張の度合いが少なくなり、吐き切る=深い呼吸ができるようになってきます。落ち着いて潜れば深度にもよりますが40~50分間程度潜っていられます。

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 スキューバ・ダイビングにおいて誤解を解いておきたいことがあります。その第一はスキューバ・ダイビングで使用するボンベの殆どは空気ボンベであり酸素ボンベは明らかな誤りです。100%酸素ガスのボンベで潜水することはありません。高濃度の酸素は肺を傷付けるからです。
 空気中には78%の窒素、21%の酸素、1%の主にアルゴンである微量ガスが含まれています。潜水すると水圧が10m当たり1気圧ずつ上がります。水面で1気圧ですから、水深10mでは2気圧、水深20mでは3気圧のガスを用意しなければ呼吸ができません。呼吸とは肺を膨らまし、そして収縮させる事です。肺は胸の外から水圧を直接受けるので口から入れるガスの圧力も同等程度でなければ肺を膨らましたり収縮させる事が困難になります。なので、水圧に応じたガス圧を供給するための装置(レギュレーター)を使うのです。

 2気圧の空気の中の酸素分圧は1気圧のときの2倍になります。1気圧の空気の酸素分圧は、1x0.21=0.21気圧で(水深0m)、2気圧の空気の酸素分圧は、2x0.21=0.42気圧です(水深10m)。水深30mで0.84気圧、水深40mで1.05気圧の酸素分圧になり、そろそろ危なくなってきます。窒素分圧は水深30mで3.12気圧、水深40mで3.90気圧にもなり窒素酔いや減圧症になるリスクが高くなります。なので趣味としてのレクリエーショナル・ダイビングの最大水深は30~40m程度と言われています。なお、減圧症とは体内に溶けた窒素が泡となったときに神経を刺激し激痛や麻痺に繋がる症状です(それ以外の症状もありますが、神経を刺激する症状が辛いです)。
 潜水の深度が深く 時間が長くなると供に窒素が体に沢山溶け込み、浮上して水圧が低くなると体内に溶けきれなくなった窒素が泡となり始めます。これを防止するには窒素が体に沢山溶け込む前に浮上するか、浅い水深で窒素を排出する時間を取る(減圧する)ことになります。レクリエーショナル・ダイビングでは減圧を前提としない潜水計画を立てます。

 減圧リスクを減らすために窒素を減らす目的で空気に酸素を増やしたナイトロックスや、窒素の無いヘリウムと酸素の混合ガスにしたヘリオックスがあります(その中間のトライミックスもあります)。ナイトロックスは酸素を増やすことで窒素による減圧症リスクは減らせますが水深による酸素分圧上昇は空気よりも顕著になるので最大水深は浅くなります。つまり、浅い所で長く潜れるものです。一方、ヘリオックスは窒素を含まないので窒素による減圧症は無縁となります。ヘリウムによる減圧症はあり得るのですが、ヘリウムは拡散しやすく抜けやすいので減圧時間を短くすることが容易です。つまり、深い所で長く潜るためのものと言えます。

 潜水中は普段(地上)よりも明らかに高い酸素分圧を含む空気を吸っているので酸素欠乏(酸欠)になる事は考えられません。誤解を解きたい第二は、潜水中に頭が痛くなるのは二酸化炭素過多によるものであって酸欠ではないということです。

 潜水中の呼吸は酸素を取り込む事(吸う)よりも二酸化炭素を沢山出す(吐く)方が大事なのです。「吸うよりも吐く」方に注意を向けるのがコツであり、それができるようになるのが初心者からの脱出と言えます。

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