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何も言いたくないんだもん。

写真をやっているので、写真に対して質問をされることがある。カメラは何がいいかとか、レンズは何を買えばいいかとか、やれじぇーぺぐとか、ろうがどうとかはまぁ初期質問として、「人はどう撮ったらいいか」「料理はどう撮るべきか」「風景はどうしたら良く撮れるか」みたいな質問。

私に質問した人は、大体この一言で一蹴されてると思う。

「まぁなんでもいいんじゃないすか」

余程答えが絞られる専門的な質問じゃない限り、大体この答えになる。この言葉じゃなかったとしても「まぁ正解はないっす」とか「好みじゃないすか」とか「色々試せばいいんじゃないすかね」とか。よく言えば寛容、悪く言えば返事になってない答え。

何かしらのマニュアル、何かしらの型、「こうすりゃとりあえずまぁまぁ綺麗に写るよ」みたいなもんが知りたくて聞いているのは分かっている。でも、私はいつもとある一言を思い出してしまい、何も言う気がなくなってしまう。専門学校で受けた、写真史の授業での一言だ。

1番最初の授業の時である。講師は私達にとある質問をした。

「皆さんははどんな写真が見たいですか」

指名された何人かの生徒が答える。カッコいい写真、あったかい写真、歴史を変える写真、唯一無二の写真。それぞれが自分の見たい写真を述べていた。恐らくは、自分が目指している写真をそのまま言ってるような答えで、それを述べている生徒の目はとてもキラキラしていたように思う。

しかし、その答えに対して講師はこのようなことを言った。「何を言ってるんですか、ガッカリですよ」と。実際の言葉は覚えていないが「そんなことは聞いちゃいねえんだよ」みたいな言葉だった。そしてこう続けた。

「皆さんが見たい写真は『見たことがない写真』でしょう」

だからこれまで人類が辿ってきた写真の歴史を学ぶ必要があるんだお前らは分かったか、と続けたその講師に対し、恐らく皆シラケていたと思う。しかし私は感動していた。しびれていた。五体投地をしたい気分であった。これが聞けただけで入学した甲斐があった、と思った。だって、こう言ってもらえたことと同じだから。

「写真の世界には、『こうあるべき』なんてないんだよ」

この言葉は、何度もつまづいた私を助けてくれたし、簡単に流されそうになる私を殴ってくれた。何度も何度も何度も。世界が求めているような「見たことがない写真」を撮れる程の才能は残念ながら持ってなかったが、この言葉があるおかげで、私は写真と付き合ってこれた。何かを強いられたら、きっと私は途中でやめていたと思う。

私は写真を撮る時、「こうあるべき」は考えたことがない。暗くてもいいし、明るくてもいいし、ブレててもいいし、ピントが合ってなくてもいい。あるのは、私の好き嫌いだけ。お客さんを撮る時も同じ。私の好き嫌いと「こうしてあげたい」はあるけれど、誰が決めたか分からない「こうあるべき」は考えない。必要ない。

だから、写真について聞かれた時も「こうあるべき」が考えられない。「婚礼撮影で伝統的な家族写真20名撮る時はf2.8でいいすかね」くらい限定的な質問をされたら「ダメだよ最低でもf8までは絞れよていうか焦点距離とシャッタースピードまでちゃんと考えてんのかよ怖いよ私が夢に見るよ」と答えるけれど、個人の趣味や創作に関しては何も考えられないし、答えたくない。

「見たことがある写真」を撮りたい気持ちも分かる。「見たことがある写真」を真似して再現する楽しみがあるのも分かる。「見たことがある写真」を撮ること自体も確かに勉強になる。そもそも、皆が皆「見たことがない写真」を求めている訳ではない。写真を本格的に学ぼうとした私達ですら、あの日の授業で誰も「見たことがない写真を見たい」と答えられなかったのだから。写真について質問されてる時も、お客さんと打ち合わせしてる時も、常に「どこかで見た写真」が相手の頭の中にある。そして、きっとそれが求められている。

それでも私は嫌なのだ。あの日のあの授業を、授業料を払って聞いた者として、そして感動した者として、「見たことがある写真」を教えるような真似をしたくない。「こうあるべき」を他人に押し付けるような真似をしたくない。私は、絶対にそれをしてはならない。そう思っている。

だから私に本気で写真を教わるとエラいことになる。

「私はこう思うけどこれは私の考えであって、世界のルールではない、けれど被写体はそれを求めてるかもしれなくて、それに応えるか、それを拒むか、それを超えるかは自由なんじゃない、ただ金銭の授受がある場合はまた話が異なって、写真映りが目的なのかそれとも選んだ相手に撮られること自体が目的なのかでまた答えは違うし、要は互いの目的意識でこうあるべきっつーのはないからまぁ私に聞くのが間違ってるよね」

とか言われて泣くと思います。てか泣かれてきたし泣かれんの嫌だし。「ここ明るくしたい」とかの解決方法なら答えるんですけどね。すみません。

全然関係ない薔薇の写真。満開じゃない花が好き。これも「こうあるべき」があったら撮れなかった。

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