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嘘をつかない大豆田とわ子と三人の元夫

建築士として一流の腕を持ち、会社の社長で、三回結婚と離婚をして、広いマンションに一人暮らし、見るからに高級な服をまとい、数学の問題を解くのが趣味の主人公、大豆田とわ子。

数十年前、松たか子さんがハタチくらいだった頃のトレンディドラマにそんな女性が出ていたら、私はついつぶやいたかもしれない。
「わあ、すてき。でもドラマの中だけよねこんなの」
おしゃれなデザイナーズマンションに住み、「キャリアウーマン」というラベルを貼られ、デザイナーブランドの服を着た、「理系」で「変わってる」「男勝り」な女性が、恋をする。あの頃はそんな話が「ドラマだからこのくらい夢があってもいいでしょ、ファンタジーだよ」的な言い訳とともに、描かれていた気がする。具体的にどのドラマが、ではなく、空気感の話。

でも今、毎週火曜日に会う大豆田とわ子の話は、全然ファンタジーには思えない。数学の話をして恋に落ち、会社を乗っ取られそうで奮闘し、ラジオ体操ではいつも左右間違える大豆田さんは、すごくリアル。ほんとに東京のどこかですれ違いそうにリアル。

作り手が嘘をついてないから、かなあ。「普通にがんばってたら、社長になっちゃった。こういう人、きっとどこかにいるよね」と思って描いている感じがする。
「女なのに理系で社長って変わってておもしろいよね」「恋愛要素を多くしてイケメン出せばいいだろ」とかでは全然ない。いや、ほかのドラマがそうだということではなくて…「どこかにいる、普通にしてるのにうまくいっていない気がしている人」を、応援してくれてるように思う、このドラマは。

そしてもちろん、この数十年で私の考え方も周りの考え方も変わった。「女だから社長になんてなれない」「私が数学ができないのは女だから(自分が勉強しないことを棚に上げて!)」そんなこと、全部嘘だって思えるようになった。
かごめちゃんが言っていたように、小さな女の子が見たら自分も社長になれると思えるような、リアルな社長さん、大豆田とわ子。

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作り手の嘘のなさ、と同時に、大豆田とわ子も、嘘をつかない。つけない。
恋をしたらまっすぐ向き合うし、自分の気持ちをごまかさずに離婚する。ポテトチップスは自分が食べやすいようにパーティー開けをするし、着たい服を着る。

いつも、ひとめで高級な品だとわかる美しい服を着ている大豆田とわ子。でも、おしゃれ系ドラマで時々見る「用意された衣装を着せられている感」がない。彼女がお店でさんざん悩んで思い切って買って気に入っているものばかり、みたいなリアルさがある。喪服でさえ、おしゃれですてきだ。もしかしたら、こういう場なのにと眉をひそめる人もいるかもしれないくらい、おしゃれ。でも彼女は、大切な人とのお別れの場で、ちゃんと自分らしい服装で見送りたかったんだなと思う。着る服までも、嘘がない。

夫には他に好きな人がいることに気がついたから、別れる。別の夫とも、うまくいってないと思ったら別れる。自分をごまかして、平穏なふりの結婚生活を送ることだって、もしかしたらできたかもしれないけど、でも自分にも相手にも嘘はつけない。それが大豆田とわ子。三回離婚した人。嘘がつけないから結婚生活を長く続けられない人。

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三人の元夫たちに恋をしていた(しかけていた?)女性たち三人は、みんな嘘をついていた。
友達の彼女なのに、嘘をついて男に会いに来る女。
別の男と付き合っているのに、マスコミ向けの嘘の相手として男を使う女。
嘘の職業をかたり、男に近づいてきた女。
そして元夫三人も、自分の心に嘘をついて、彼女たちと付き合おうとしていた。
そんなのうまくいくはずもないのに。
嘘をつかない大豆田とわ子の方が、ずっと魅力的なのに。

大豆田とわ子の親友かごめちゃんも、嘘をつかない人だった。
かわいそうな子を誘拐して救い、遺産をすべて寄付し、マンガを描き、好きなように生きた。嘘のないふたりが親友になるのは(そして八作が恋するのは)あたりまえだったなあと、今更ながら思う。そして私も彼女が大好きだった。かごめちゃんは、私の友だちでもあったのだ。勝手気ままで、歩きながら食べたいものを食べて、でも道路を渡るのがこわい女の子。彼女の手をいつも握っていてあげたかった。

---ここまで、6/1放送の8話を見た時点で書きました。

ここから、6/8の9話の話。

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嘘をつけない大豆田とわ子は、小鳥遊さんとは暮らせない。
かといって、八作とも暮らせない。
嘘をつかないかごめちゃんが、いつもどこかにいるから。

嘘をつけない・つかないって、なんてヘビーなんだろう。
大豆田とわ子と八作が、もうちょっとずるくて、少しの嘘くらいがまんして見ないふりをしていたら。喧嘩しながらもおだやかな家族としての十数年間を共有できていたはずなのに。

それでも、これからもふたりは(そして素直になったしんしんも)やっぱり嘘をつけないまま、なんとなくうまくいかないなと思いながらの毎日を、過ごしていくんだろうな。ラジオ体操でひとりだけ逆方向に腕をふってしまうような、そんなぎこちなさで。

だけどやっぱり私は、嘘をつかずごまかさずに部下たちと向き合う大豆田とわ子の仕事っぷりが好きだし、好きだけどひとりで生きることを選ぶ大豆田とわ子の恋はすてきだと思う。嘘をつかない勇気は、それだけでどこかの誰かを救っている。自分をごまかさずにいていいよね、好きな服を着ていていいんだよね。

次回とうとう最終回、みんなしあわせになれ。…特にしんしん。よくがんばった。粉をかぶってまっしろな頭になって、好きな人の背中を押そうとする姿の愛らしさ、忘れないよ。




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