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「エゴイスト」にならない愛は、あるのかしら?

「鈴木亮平さんと宮沢氷魚さんがキスをしているポスター、美しくて刺激的だなあ」くらいの感じで、内容をまったく知らずに映画「エゴイスト」を見ました。

あのポスターから想像してたものと全然違う、愛とエゴの話だった。

ネタバレしないように語りたいけれど、むずかしい。未見の人はもうここで閉じて、さっさと見ちゃう方がいいですよ。
大傑作です。


ハイブランドの服を着こなし、都会のマンションで暮らす雑誌編集者・浩輔。
彼が出会ったのはふわふわの髪と白く美しい肌の、若いパーソナルトレーナー・龍太。お母さんのことを気遣う話ばかりしている優しい彼は、見た目も心もほぼ天使。こんな子に恋をするのは、そりゃあっという間ですよね。

…ごめんなさい、実は途中まで龍太のことを「美貌を使って浩輔の心をつかみ、存在しないお母さんの嘘話で同情させて、金を搾りとる悪いオトコ」だと思ってました。やだ、この主人公、まんまと男の子のかわいさに騙されてるぅって。故郷でうまくいかず、早く母を亡くして親孝行できなかった後悔から、詐欺師にお金を全部取られちゃう話なのかもー、とハラハラしてました。
だから浩輔がいつもの華やかな服を脱ぎ「ザ・無難」な紺色のジャケットを着て、龍太の家に行くシーンでは、「お母さん、実在してたー!」と、映画館の暗闇の中でびっくり。番宣も基本的に見ないから、阿川佐和子さんがお母さん役なのも知らなかったんですよー。
天使が詐欺師ではなかったことにホッとして、そこからは2人の恋のかわいらしさをニコニコして見てました。雑誌の撮影の立ち会いで、「彼のご両親にご挨拶するときのコーデ」みたいなページを作りながら「好きな服着てけばいいじゃん」と鼻で笑っていた男が、実際に好きな男の母に会う時は、「好感を持たれますように」って服になるの、なんてかわいいんでしょう。あるいは、好きな男の親の前では武装しなくていいという安心感。

そんな2人の、おだやかで安心な「恋」の話かと思ったら、どんどん違う方向、「愛」と「エゴ」へと物語は進み、そしてある日を境にそこまでとはまた全然違う、ヒリヒリした「愛」の話になる。
後半は、もう、祈るような気持ちで見ていました。彼の愛が報われますように…でもそれは、彼のエゴを他の誰かが許して受け入れることになる。
愛するのはほんとに自分勝手な行為だから、片思いなのが当たり前で、でももしそれを相手が受け入れたとしたらそれは「愛してもらった」のではなく「許してもらった」に近いんじゃないか、とか。
世界中の人たちは、みんなでお互いに片想いをしあって、許しあって、バランスをとっているだけなのではないか、とか。両思いなんて存在しなくて、それぞれのエゴを許しあってなんとか生きているだけなんじゃないか。

映画に描かれた物語のあとで、彼はどんなふうに生きたのかな。
東京で、着飾って、友だちと食べて飲んで笑って。そしてあのマンションの椅子で、ひとり自分のエゴをもてあます。残された愛の記憶はきっと、苦しくて悲しくて、でもいとおしい。

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