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②わが子がダウン症だった(葛藤編)

ダウン症宣告から一夜明けて、慌ただしい一日が始まった。
ご飯の支度に洗濯に、家事全般をこなして4歳と2歳の子どもの世話。母親が入院中なので、彼らのメンタルも少しナイーブだ。

朝一で「かあさんは?」と聞いてくる2歳児には「病院に入院してるよ」と嘘をつかずに答える。
一日に20回くらいはこのやり取りがある。
けれど、泣くでも駄々をこねるでもなく、「ちゅーしゃかぁ!」と言って謎の納得をしてくれる。

4歳の兄の方には大好きなマイクラになぞらえて、「母さんはハートがだいぶ減ったから体力回復のために病院にいる」と言うと納得してくれる。

一番ダメなのは私だった。

私は元来、楽観的なタイプだと自負している。
根暗ではあるがポジティブでありたいとも思っている。
だから、今回の事も「まぁ大丈夫っしょ」と思いながら宣告の夜にはビールを飲み、バラエティ番組を見た。けれど、何も楽しくないし、酔えなかった。

寝ても覚めても、ダウン症のことが頭から離れなくて、暇さえあればスマホで検索をかけて情報を集めた。

一度は運命に従う覚悟を決めたのに、調べれば調べるほど心は滅多打ちにされた。

とくにX(旧Twitter)の呟きはひどい。
例えば、人を罵る言葉にダウン症という言葉が当たり前に使われていたり、「ダウン症と大根はおろすべき」とかの笑えない冗談も見られた。

全然センスのない呟きだと思う。
ダウン症というワードを悪口用の引出しにしまっている奴らがいることに嫌気がさした。

将来への不安も大きくなるばかりだった。
いつか子育てが終わったらこんな風になりたいと、妻と語りあった未来予想図はおそらく訪れない。
多分、私たちが死ぬまで三男と離れることはないだろう。

そうなってくると、上の子たちも心配になる。面倒を見てくれるのか、金銭的にどうなっていくのか。
答えは見えないけれど、確実にネガティブな命題を私たち家族は抱えてしまったのだ。

いずれにしても、一つだけ分かっていることは「変えられない」ということだ。

人生にifはない。
あのときこうだったらなどと考えても、変えることは出来ない。
だから私はこの現実をいかに受け止めるかを考えた。しかし、マイナス材料ばかりに思考が支配され、ここで書くのが憚られるほど酷いことも考えてしまった。

受け入れたいのに、受け入れ難い。
相反する気持ちの軋轢に心が擦り切れそうだった。

そんなとき私の兄弟のグループLINEにメッセージが入った。どうやら母が知らせてくれていたらしい。

それぞれに励ましをくれた。嬉しく思ったし、ありがたいとも思った。けれど、やっぱり当事者は自分なのだ。少し放っておいてほしいとも思った。

しかし、姉からのメッセージの一文を見て、ハッとした。

「赤ちゃんが親と離されて、一人で頑張ってると思うと涙が出る」

私は親であるはずなのに、生まれたばかりの赤ちゃんの身になって考えていなかった。

器具を外せば、そのまま死んでしまうほど、弱々しい命だ。
それでも、懸命に生きようとしている我が子がいるのに、私は何を考えていたのだろう。

そもそも、望んで生まれてきてくれた子どもだ。
生まれたときは心から喜んだ。
それなのに、障がいがあると聞いた途端に地に落とされた気分になって、自分の将来を憂いている。

非情な親だと思う。
すべては私の度量の問題だった。
生まれてきた息子には何の罪もない。
受け入れる器のない私がくそ雑魚野郎だったのだ。

私は、姉のメッセージを見て心を立て直した。
生まれてきてくれた赤ちゃんの全てを受け入れようと心に決めた。

ダウン症は決して不幸をもたらすものではない。
幸不幸を決めるのは心だ。
受取り方次第で、どうにでもなれるはずだ。

宣告から二日間ほど、ずっと考えた。
眠ることも難しかったし、食事も喉を通らなかった。なんとか家事と子どもの世話をこなし、人と話すときは元気を装った。
人生で一番考え込んだ時間だったと思う。
なんとか、考えをまとめられた頃には2kgほど体重が減っていた。
皮肉なダイエットだ。

そして、妻の退院の日が訪れた。
幸いにも盆休みが明け、幼稚園と保育園も再開した。
子どもの弁当も作って、子どもたちを園に送り、一度自宅に戻った。

宣告後、初めて一人になった。
何故だか分からないが、突然涙が溢れ出した。
平静を装う必要がなくなったからなのか、堰を切ったように涙が止まらなかった。
多分、精神が極限状態だったのだと思う。

人生で初めて味わう感覚だった。
しかし、ずっとこうしているわけにもいかない。
顔を洗って、妻と赤ちゃんの待つ病院へと向かった。

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次回は妻の退院の話です。
妻とはLINEで連絡をとっていましたが、お互い核心に触れずにいました。
妻と初めて息子の話をした内容になります。

読んでいただきありがとうございました。

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