那須の道々に咲くユリたち
那須。
といえば、車で来た観光のお客さんはまず那須ICを降りて右折し、那須街道を山の方に向かっていくのではないだろうか。ショウゾウカフェもチーズガーデンもペニーレインもそっちの方向だし。
『一万歩の森』は反対方向。那須ICを降りてそのままT字路まで進み那須街道を左折すると、右側にある。右手に『一万歩の森』って書かれた木の看板が、木の隙間から見えてくる。
え、ここ入っていいの? と思うだろうけれど入っていいの。大丈夫。
その細い砂利道を入るとちょっとした空間があって、どこにでも車を止められる(と思う)。
車のドアを開けてみて。甘いユリの香りでムッとするから。
深い森の呼気と、この時期ならではの湿気、濡れた土の匂い。その中に濃厚なユリの香りが練り込まれるように混ざる。
なんだこの空気は。
車を降りたら赤い散策道を歩いてみる。人がやっとすれ違える程度の舗装された道で、そこはもちろん車イスが入れる。
道の両脇にはユリの群生。どこまでもユリの花。
見頃は今だ、今しかない。遅いくらいだ。
この辺りはユリ(多分ヤマユリ)がどこにでも自生しているが、ゆっくりと歩いて散策したいのならこの『一万歩の森』がイチオシだ。
ここのユリが咲くのは梅雨時期なので(7月上旬から中旬くらい)、カラッとした青空の下、ユリを見ながらウォーキング、なんていうのはなかなかできない。
でもそれでいい。空はどんよりと暗く、森の木々から雨の滴が垂れ落ちる、こんな時期でいいんだ。
昼間はむしっと暑いから、私はよく日が暮れる頃に歩きにいった。多少の小雨は無視した。
この時期は日が暮れてもまだ薄明るいが、森には、木々が醸し出す独特の薄暗さがある。木々の隙間から見える空の薄明るさ、森の薄暗さ、その中に点々と浮かぶ大きなユリの花の白。
ユリの花は茎に比して頭が重過ぎる。いくつものユリが首を垂れて咲いている様は、あの世感満載で、魂はどこからくるのか、そんな問いにユリの咲く森の奥から何者かが応えてくれそうだ。
まだこの土地に来たばかりの頃、土地勘もなく、テツを連れてどこに散歩に行こうか、公園や川沿いを右往左往していた頃。
こんな近くにこんな散歩道があるなんてと、ユリの咲く頃はしょっちゅうこの場所に来た。
仕事が終わった後、身支度を整えるともう日が暮れていて、テツと二人ぼっち。まるであの世に続くような、花に囲まれた小道を歩いた。
テツみたいなでかい犬をお前が世話できるわけがない、置いて行けと言われたけれど、連れてきた。
慣れない環境の中、せめて散歩だけは朝に晩にちゃんとしてやりたくて、どんなに足が痛くてもテツにひっくり返されても歩いたなぁ。救急車で運ばれたり、夜間救急まで友達に連れて行ってもらったり、したなぁ。
痛い、痛すぎる、と思ってたらやっぱりどこかが折れていたし、虫に刺されれば数日熱は出るし。
河畔公園はそんなことばっかりで、もちろん人がたくさんいたから助けられたのだが、テツをもう少ししっかり歩かせたくて、もっと人気がなくて車の来ない場所を探したんだっけ。それがこの『一万歩の森』だった。
誰もいないと、ちょっと怖いんだ。お化けかクマが出そうで。いやそうじゃない、転んでも助けを呼べないから・・・。
車イスを使えばよかったのだが、ちょっとでも歩けるんだからと思うと躊躇した。結果として多くの人を巻き込んでその人たちの時間を奪うようなことをしてしまった。
今はバリバリ使っているよ車イス。足が楽だョ・・・。
なあんて、この散歩道は那須に来た頃の思い出が多すぎる。
この森の崖下を那珂川が流れ、その向こうに那須塩原市の河畔公園がある。
『一万歩の森』は日光国立公園内の自然林。あるのは那須町側だ。
もちろん、ユリのシーズン以外も素晴らしい散策ができる。新緑の頃も、紅葉の頃も美しいところだ。
※ただしトイレありません、、売店ありません、、座って休憩できるベンチみたいなんもありません。