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ADHDかも?家事が出来ない、やりたくない理由は捉え方が原因だった。

数ヶ月前、夫が過去に自分で調べて「自分ADHDじゃないか?と思ったことあるんだよねー」という話を聞いて、この数ヶ月間ADHDについてググりまくってた私です。

ADHDは片付けが出来ないとか、その程度の知識しかないけど具体的にはどういうものなのか?夫の理解が深まるかな?と思いあれこれ見てたら、「あれ、私ADHDじゃね?」と思ったんです。

時間には間に合うように用意してるつもりなのにいつも遅れる。スマホはほぼ毎日無くす。掃除も片付けも好きだけど、綺麗を保つことが出来ない。生活がかかっているのに仕事も続かない。自分の趣味とか好きな事やり出すと時間を忘れてやめられない。

あくまでも自己判断ですのでご了承願います。最初は病院で診断してもらいたい!!と思いましたが、そもそもそんなお金ないし(笑)ADHDは薬を飲むか飲まないかも人によって違うし、特性に対して対策して行動や意識を変えることも「心理社会的治療」という名前があるそうで…。

自分がADHDなのか?という部分は自分ではわかりかねる部分ですが、確かに「ADHDの特性を持ち合わせている」という解釈でいます。生きていく上で困難を抱えるくらいの問題も少しだけある。

生きづらさから解放されるなら取り入れられるものは取り入れたい。笑

最近はADHDであろうがなかろうがいいやと思えるようになって、本を読んでADHDの特性との付き合い方を参考にしてみたら、うまく歯車が噛み合って回ってきたような、ずっとストレスにまみれてた生活と気持ちに余裕が出てきたので、今できる範囲で今後も色々試していきたいなと思っています。

まずひとつ…私は壊滅的に何かを継続し続けることが苦手です。

毎日同じ時間に起きてご飯を作って洗濯してお皿を洗って毎日同じ時間に寝る、、、出来ません。

独身時代はそれでも困らなかった。でも子供が産まれて、しかも保育園や幼稚園に通い出して、きちんと生活リズムを身に付けさせて上げないと日中眠くなったり、子供が困ります。

仕事に行く夫も家事のために睡眠時間が削られ負担がかかります。わかっているのに、申し訳なさを感じているのに、自分がやりたくてやり出したやりたいことを辞められない。あとちょっと…とか言って10分〜30分のつもりが平気で数時間経っている。ADHDでいう過集中だと思います。

結婚してからというもの、家事が面倒臭いしやりたくないし腰も上がってないことは事実だと認め、では時短なりやり方を変えて自分に合った方法を見つけて毎日ちゃんとやらないと!と何回思って何回ググって何回自分に合う方法は…とどれだけ探し続けた事でしょう…涙

夫が帰ってくる前に何も終わっていない。夫への負担が爆増。ちゃんとやらなきゃダメなのに…とだらしない自分を責める日々。

単純にやればいいだけの話なのに、自分のだらしなさが原因なのに。でもその考え方が間違いでした。

自分にあう家事のやり方は?と調べ続け実行して結局毎日同じようにこなせない。という同じ失敗を続けたアホです。

最近、ようやく家事をする事にストレスを感じにくくなり、夫が子供達と一緒にお家に帰ってくる時間までにやる事がある程度は終わっている、綺麗なお家になっている日が爆増しました。

もちろん完全に毎日!とは行かないけれど、それはそれでよし。それでも合格ライン。

だって私…子供の頃自分の部屋が豚小屋だって言われてたし、家を引っ越すまで部屋のテーブルの上に腐ったリンゴが置きっぱなしにしてたし、10代の頃も1ヶ月から2ヶ月に1回しか片付けられなくて、カビたスープが入ったカップ麺とかカビが浮いたペットボトルとか、使ったお皿や箸でテーブルが埋め尽くされて、床も足の踏み場がなかったのよ???

毎日きちんと出来ないのは自分がダメな人間だからなのな、慣れれば習慣化して苦痛じゃなくなるのかな…とかやり方に面倒臭さを感じて出来ないのかな…とかそういうことではありませんでした。

変えたのはただ一つ、「あ、面倒だけどやらなきゃいけないなこれ。」と自分自身がタスクに落とし込んだというか…必要性を感じた時に、自分の目についたその時に、これはこの時間に一緒にやった方が…とか効率なんぞ全て無視して、今すぐやる事でした。

そして、例え家事の効率が悪くても自分が体を動かし出したら考えずとも自然にやってしまうやり方で家事をする事、が1番家事にストレスを感じないため、むしろ継続出来る!と感じたんです。

沢山ネットに書いてある「時短!」とか「効率のいい掃除のやり方」とか世で効率が良いとされているものが、自分にとって効率の良いものとは限らないと気付いた瞬間です。

もちろん、やってみて定着してるやり方もあります。洗濯物ハンガーに干すとか。たたむ手間が減るから…。あと洗濯干そうと思ったら目の前にハンガーあるし。まあ結局子供服なんかは保育園に持っていくために畳んでるから、ハンガーいらなくない?っていうか畳むこと自体はそんな苦じゃなくない?ってなってますが。

でも、自分が考えなくても頭を使わずその分ストレスも脳のリソースを使うことなく出来る家事の仕方って、自分が子供の頃見てた最初に覚えたやり方だったりして。

いちいち家事をやるたびに頭の中で何をやれば良いんだっけと1つの家事のタスクを構築して、ルーティン化を目指して、時間把握したらもっと時間をうまく使えるんじゃ?とわざわざ家事にかかる時間を測ってみたりしたこともあって。

でもそれこそがADHDの特性には1番合ってないやり方だったのだと思わされました。

実際、家事をしている事になんら変わりないのに、「目についたらやる」ことだけを意識して、あとはどーでもよし。としただけで自分が毎日家事を夫や子供達が帰ってくる前に終わらせていることに驚きを隠せない。

家事が終わってないために自分を責めるとか、家事に1日かかっている感覚とか、夫の疲れた顔を見ることも減って、自分の疲労も減って、家族の笑顔が増えて。

自分がやりたいと思った事に対しての行動力があるADHDの特性を活かした「目についたらやる」というシンプルさが意識しやすく、私にはもう神がかった変化でした。

どうしても料理は腰が重くて重くて重くて家族が帰ってきた時に完成している、とは行かないけれど、その他がこなせるようになっただけすごいと褒めたい。

目についたらやるようにしたらどうだろうか?と思ったのは、最近ADHDとは関係なく、「固まってしまった価値観の取捨選択が必要だな〜。他人に認められる必要ってそんなには無いんじゃない?」と考えるようになったからかなと思います。

10代の頃は、自分の生活に仕事以外の時間制限なんてないから思い立ったら即行動がモットーだったのに、言い方は悪いけど子供が出来て夫がいてただ生きてるだけで時間制約しかないような生活になって。

だから、ご飯も自分がお腹空いたから作って食べようとか、必要だなーやろー。と思った時にやるのではあかんやろ!という価値観。

朝は早く起きること自体苦手で超バタバタ、夜はできる範囲で子供の翌日の準備、休日や風邪、上の子の喘息で保育園お休みになれば家事も何もかも進まず、時間通りになんてもってのほか難しくイライラ…。

そもそも午前中に起きること自体どうしても出来なかった10代の頃に比べたら、今5時〜8時の朝と呼ばれる時間に起きてること自体自分を褒めてもいい事ではないかと思うけど。

何かずっと同じような作業を他人にさせられているような、工場勤務のような感覚。しかも主婦業母親業なんて褒められないから、ADHDにとっては不得意な報酬遅延も合わさってやる気を失う。なのに母親とは…という価値観で普通の人が普通にこなしていることが自分はなぜ続けられないのだと責めてしまって自己肯定感だだ下がりの悪循環。

普通に考えたら多分、やらない自分のせいで自分が困っている(自分を責めるストレスを含む)のになんでやらないの?出来ないの?って思われると思う。

ADHDの特性にもある0か100か、白か黒か思考も相まって、世の中の母親像に対してそういう考えもあるのね〜と軽い感じで自分に取り入れるのが、デフォルトでは難しいのも、要らぬストレスを抱える要因ではあると思う。

でも、「目についたらすぐやる」って事だけ意識したら、いらぬ価値観が排除されて、子供に中断された!!何時までに終わらせたいのに!!終わらせないといけないのに!!進まない終わらないあああああああああ!もうママ疲れたよ…パトラッシュ…笑 は冗談で、疲れ過ぎて号泣する、みたいな事が無くなりました。いまのところ。

家事が途中でも、目についたらまたやるんだからあちこち寄り道しながらでも家事できるもんいいやん。まずやり出したのに終わってないまま放置されてるのは気持ち悪いし。絶対その場で忘れても見た瞬間思い出すし。じゃあ家事をする上で意識することって、「目についたらすぐやる」これだけでよくない??

なんだか家事と目についたらやるということに関して同じ言葉を何回も書いている気がしますが、個人的に生きている中でこれが物凄く自分を楽にしてくれて、生きづらさが減った出来事だったので勢いでダーッと書いてしまいました。

私と同じように出来ない自分に苦しんでいる誰かがいたら、ちょっと考え方を変えてみて欲しい。ちょっと価値観を捨てて、出来ないと思ってしまう自分がどこまでやっていて、どういう条件でなら出来るか自分の対策を考えてみて欲しい。

精神的に荒れている時は落ち着いて考えることも休憩を取ることも出来なくてしんどいけど、多分継続して出来てなくても、その物事自体やり方がわからないならやり方を、1つ1つの行動は出来るのに1日を通して出来ていないなら、自分の特性を活かしたやり方を模索してみて欲しい。

その結果が良くても悪くても私は責任を持てないけれど、少しでも同じように生きづらさを感じている人に、人生は1度だけだから楽しんで欲しいと願う。

子育てしながら、子供にとってよりよい人生であってほしいと願うのに、空回りしまくって自分の人生は一体…このまま一生を終えるのだろうか。なんて状態だった私はこの3年で何度消えたいと思ったか、何度泣いたか、わからない…笑

ADHDの場合、普通の人のように普通に出来るようになろうと頑張りすぎると、私のように自分のことを責めることで自己肯定感が下がり、しかもこれが人様に理解してもらえることって私はなかったから余計苦しいし、二次障害が起きやすい(うつ病とか)から、出来ないことを出来る様にする事を頑張るより、自分の特徴や特性を活かした自分に合うやり方を探してみて欲しいです。

今後も人生を生きやすくする為に試していきたいし、それを忘れたくないので、書き方はあまり気にせずnoteに書いていこうかな…。絶対書くとは言えないけれど…。

長々とお付き合いありがとうございました!



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