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ESSAY|ディケンズへの招待

Text|Megumi Kumagai

ディケンズ本ph_1

 イギリス文学は好きですか?
 ヴィクトリア朝に興味はありますか?
 ・・・チャールズ・ディケンズを知っていますか?

 はじめまして。
 このたび、霧とリボンのミストレス・ノールさまと共同で、ディケンズ&ヴィクトリア朝文化研究室兼時間旅行代理店である、SATIS HOUSE|サティス荘の管理人を務めることになりました、熊谷めぐみです。
 嬉しいことに、近年日本ではヴィクトリア朝の人気が非常に高まっており、ヴィクトリア朝文学作品の人物や作家自身がゲームやマンガなどにキャラクターとして登場することもめずらしくなくなってきました。しかし一方で、ヴィクトリア朝を代表するはずの作家であり、私の最推し作家であるチャールズ・ディケンズの存在がほぼスルーされているという悲しい事実に直面せざるをえませんでした…。
 ディケンズの面白さ(作品、人物どちらも)を伝えたい!という一心で研究のかたわら、布教活動にもとりくんでまいりましたが、モーヴ街5番地、SATIS HOUSE|サティス荘では、私が特にディケンズで面白い!魅力的!だと思う点を独断と偏見のもと、みなさまにご紹介していきたいと思います。ぜひ一緒にディケンズの面白さを探求していきましょう。

チャールズ・ディケンズ(1812-1870)
ヴィクトリア朝を代表する人気作家。元々は役者志望。大衆に熱狂的に受け入れられ、ヴィクトリア女王も彼の読者であるなど、広くヴィクトリア朝の人々に親しまれた。代表作に『オリヴァー・ツイスト』、『クリスマス・キャロル』、『デイヴィッド・コパフィールド』、『大いなる遺産』などがある。どの作品もとにかくキャラが立っている。映像化や舞台化されることも多く、現代でも影響力の強い作家である。ヴィクトリア朝、特にヴィクトリア朝ロンドンを象徴する存在であるが、日本ではそのことはあまり知られておらず、ホームズがその役割を一手に引き受けている。

1893年版 PB BL エドウィン けんか

 頽廃、無気力、ダンディ、ブロマンス、殺人、ミステリー、幽霊、廃墟、ゴシック、幻想、追憶。
 このようなキーワードから連想するヴィクトリア朝の作家は誰かと問われて、チャールズ・ディケンズの名を最初に挙げる人は少ないかもしれない。しかし、私が真っ先にその名を思い浮かべる作家はほかならぬディケンズである。

墓地ph

 代表作である『クリスマス・キャロル』を含め、ディケンズの作品に幽霊や幻想は欠かせない。ディケンズ自身も墓地を散歩するのが好きでお気に入りの墓地を持っていると告白しており、ディケンズの作品にはどれも、濃度の差はあれ、ゴシックの香りが満ちている。また、ディケンズのほとんどの作品には犯罪やミステリーの要素があり、『荒涼館』のバケット警部はその後の小説の探偵像に影響を与えたキャラクターとも言われている。

 では、頽廃、無気力、ダンディ、ブロマンスはどうだろうか。むしろこれは、オスカー・ワイルドのような十九世紀末文学の領域ではないかと考える人も少なくないだろう。
 しかし、ディケンズは、特に後期の作品で、頽廃的で無気力な人物を多く登場させており、彼らは作品で重要な役割を果たすととともに、独自の妖しい魅力を放っている。

1893年版 PB BL ユージーン暖炉の前

1893年版 PB ジェニーの父と BL

 たとえば、ディケンズ晩年の作品『互いの友』の主要人物である、ユージーン・レイバーンやモーテイマー・ライトウッドは無気力で頽廃的なダンディである。彼らは、一つ屋根の下で共同生活を営む親友同士でもある。ディケンズ最後の作品『エドウィン・ドルードの謎』のジョン・ジャスパーは、倦怠とアヘンに耽溺し、大聖堂で美しい声を響かせながら愛する甥の殺人を計画する。こうした、ユージーンやモーティマー、ジャスパーなどを、後の十九世紀末文学の先駆け的なキャラクターとみなす研究もある。

1893年版 PB BL アヘン窟で寝てるジャスパー

 ディケンズの作品にはいつも光と影がある。そうした二面性や、明るい世界と暗い世界が近距離で交錯する様子は、矛盾を抱えたヴィクトリア朝社会そのものであり、華やかな通りから一つ隣の路地に入れば貧民街が広がるといった、ヴィクトリア朝ロンドンの光景でもある。

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 ヴィクトリア朝ロンドンというとシャーロック・ホームズのイメージが強いかもしれないが、イギリスではホームズと並んでディケンズのイメージも強い。しかし、ホームズとは異なり、オリヴァー・ツイストやスクルージといった作品の登場人物のイメージと結びつくだけでなく、作家であるディケンズ自身もまた、ヴィクトリア朝ロンドンのイメージと強く結びついている。ディケンズはロンドン以外を舞台にした作品も書いているが、彼がもっともその力を発揮するのは、インスピレーションをもとめて毎日のように歩き回った大都市ロンドンを舞台にした作品である。

 ディケンズはユーモアあふれる作品を書きながらも、常に影に惹かれ続けた作家である。そのことは彼の作品が証明している。ダークでミステリアスで頽廃的で、実に魅力的な、知られざるディケンズ文学の世界、その面白さを巡る旅に一緒に出かけてみませんか。

熊谷めぐみ Megumi Kumagai | 立教大学大学院博士後期課程在籍・ヴィクトリア朝文学 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』に夢中になり、その影響でシャーロック・ホームズ作品にたどり着く。そこからヴィクトリア朝に興味を持ち、大学の授業でディケンズの『互いの友』と運命的な出会い。会社員時代を経て、現在大学院でディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。

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