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ART & ESSAY《1》|熊谷めぐみ & 横井まい子|幸せがそよぐ季節

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Text|熊谷めぐみ

 「チャールズ・ディケンズ&ヴィクトリア朝文化研究室」として活動中のモーヴ街5番地・サティス荘。本イベントより新たに「ART & ESSAY」のシリーズがスタートします。
 気鋭のアーティストを迎え、ディケンズの小説を題材にした作品を発表。小説のあらすじと小説案内、アート作品解説を熊谷めぐみが担当いたします。
 記念すべき初回は、画家・横井まい子様を迎え、ディケンズの二つの小説をテーマに繊細を極める美しい水彩画をお披露目します。

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Dickens_Art&Essay1_あらすじ

 クリスマスの時期、旅の途中で雪と寒さから逃れるために「柊旅館」で一晩明かすことにした語り手は、翌朝、すっかり雪に閉じ込められてしまったことを知る。時間と孤独を持て余した語り手は、宿で働く靴磨きの男、コッブズを呼び、話をせがむ。コッブズは昔勤めていた屋敷の坊ちゃんの思い出を話し出す。それは、8歳の小さな紳士と7歳の小さなレディの駆け落ちの物語だった。

Dickens_Art&Essay1_小説案内

 「柊旅館の靴磨き」は、1855年12月刊行の『ハウスホールド・ワーズ』クリスマス特集号に掲載されたクリスマスの物語「柊旅館」の中の一エピソードである。この作品は、ディケンズを含む五人の作家が七つの話を紡ぐ形式になっており、そのうち「柊旅館の靴磨き」を含むディケンズが書いた三つの話が、後に『クリスマス・ストーリーズ』という作品に収められている。

 物語の大枠は、語り手のチャーリーが、大雪のために柊旅館("the Holly-Tree Inn")にクリスマスの時期に一週間閉じ込められ、その間に様々な物語を聞くというものである。「柊旅館の靴磨き」は靴磨きのコッブズが語る挿話として独立した話になっており、この挿話は、後にディケンズの公開朗読の演目として書き直され、ディケンズが好んで朗読し、大衆の人気も非常に高い作品となった。

 その昔、コッブズが庭師の助手として勤めていたお屋敷には8歳の少年、ハリー坊ちゃんがいた。ハリーは7歳の少女ノラのことが大好きで、二人はちいさな恋人同士だった。

愛し合う、二人の幼い恋人たちが、長くきらめく巻き毛をなびかせ、輝いた瞳と、美しく軽やかな足取りで、庭を散歩するのを見るのは、絵よりも美しく、まるで芝居でも見ているかのようでした。

 そして、二人の恋人たちは、ある日驚くような行動に出る。なんと、ハリーがヨークの祖母の家からノラを連れて、駆け落ちしたのだ!

「朝になったら、このまま進んで―」と少年は答えました。その勇気はすばらしいものでした。「あした、結婚するんだ」

 二人がたどり着いたのはコッブズの新しい勤め先、「柊旅館」だった。大人たちが仰天するなか、ちいさな恋人たちはコッブズに会えたことを無邪気に喜ぶ。密かにハリーの父親に連絡したコッブズは、幼い二人を裏切ったようなうしろめたさに襲われる。

 迎えに来たハリーの父親は、決してハリーを怒ったりはしなかった。最後にノラにキスしたいというハリーの願いは叶えられ、二人の駆け落ちは幻に終わった。だが、コッブズの心の中には、二人の幼い恋人が仲睦まじく幸せに寄り添う姿がいつまでも残っているのだった。

Dickens_Art&Essay1_そよぐ庭

 少年は少女に恋をして、少女は少年に恋をする。
 大人たちはそんな幼い恋人たちをほほえましく見守っている。
 しかし、二人の純粋さは、大人たちの想像をはるかに超えていた。
 そう、二人は駆け落ちしたのだ!

Xmas_Artist_横井san1

 横井まいこ作「そよぐ庭」は、無邪気に愛し合う二人の姿を、美しく、そして大切に切り取った作品である。
 花咲く庭を仲睦まじく歩く二人は、その軽やかな、はずむような足取りで、あたりにあたたかな風を巻き起こし、二人を見守る草花を優しく揺らしている。ゆたかな巻き毛は草花とともに揺れ、きらきらきらきらと輝いている。

そよぐ庭

 すべてが楽しく、明るく、色とりどりの幸せに満ちた季節。それは、二度と戻らない幸福の瞬間だった。中心にいる幼い二人には、この時間がどれほど儚く貴重なものかはわからない。それがわかるのは、彼らを見守る大人たちの方である。

 そう、この物語は二人の無邪気な幼い恋人たちを見守る、大人たちの物語でもあるのだ。コッブズは成功を求めて職を転々とするが、求めたような成功にはたどり着けず、挫折を繰り返している。物語の聞き手であるチャーリーは、婚約者の愛を疑い、イギリスを離れてアメリカへ向かおうとしている。
 大人たちは微笑ましくも可笑しい、二人の恋人たちをひたすらにあたたかく見守る。それはこの瞬間が永遠には続かないことを知っているからだ。

そよぐ庭_額

 「そよぐ庭」は、そんな大人たちの、あの失われた永遠の瞬間に焦がれる大人たちの、あたたかくも切ない眼差しを見事に救い上げた作品である。ぎゅっと胸をつかまれて、苦しくなるけど、幸せでたまらない。あの瞬間を、何度でも何度でも心の中に呼び戻してくれる作品である。

 コッブズだけでなく、わたしたちみながこの光景を必要としているのだ。決して戻ることのない、きらめきの瞬間を。

横井まい子|画家 →HP
少年や少女の姿を通して自然や物語を絵に表したいと思い描いています。
個展 2018年マリアの心臓(銀座)、アサヒギャラリー(甲府)他、グループ展などで作品の発表をしています。

熊谷めぐみ|立教大学大学院博士後期課程在籍・ヴィクトリア朝文学 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』に夢中になり、その影響でシャーロック・ホームズ作品にたどり着く。そこからヴィクトリア朝に興味を持ち、大学の授業でディケンズの『互いの友』と運命的な出会い。会社員時代を経て、現在大学院でディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。



00_通販対象作品

作家名|横井まい子
作品名|そよぐ庭 

水彩・鉛筆・アイボリーケント紙
作品サイズ|19cm×26.8cm 
額込みサイズ|30.4cm×39.4cm 
制作年|2021年(新作)

そよぐ庭
そよぐ庭_額

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