見出し画像

選択と葛藤の中で自分を見つめた日々-海士町で暮らす

大学を休学し、大人の島留学の制度を使って島根県のちいさな離島、海士町に来て2か月。
あっという間に島を離れるまであと2週間になった。
この2か月の間どう過ごしてきたか振り返ってみたいと思う。


しごとのこと

2か月前に島に来た時は、働き方も何もかもまっさらな状態。
仕事を決めるときも、最初は正直、自分のイメージしていた「やりたいこと」と島の現状として「求められていること」のギャップに葛藤があった。

「わざわざ休学するんだから、何か結果を残さなきゃ」
「復学したあとに人からかっこいいと思われるようなことをしなきゃ」

と、かなり力が入っていたと思う。

悩んだ末に、
「人材が不足している海士町の福祉現場で働く」×「地域と島留学生をつなげる新たな試みを考える」の2つの柱で活動をする、福祉×まちづくりプロジェクトへの参画が決まった。

1.島の福祉現場ではたらく

週2回働く福祉の現場は、海士町の中で一番規模の大きなデイサービス。
仕事内容は主にデイサービスの補助業務で、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に話したり、レクリエーションを手伝ったりするのが島留学生の役割だった。

大学で一応福祉施設の実習はあったけど、自分が福祉の担い手になるとは考えにくかったのと、本当は役場の健康福祉課で働いてみたかったのもあって、
最初は正直どう振る舞っていいのか、この環境から何を学び取ればよいのかと途方に暮れていた部分もあった。

デイサービスでかかわるのは主に認知症のおじいちゃんやおばあちゃんたち。わたしは祖父母とも関わりが薄かったから、認知症の方や高齢者とかかわるのはほぼ初めて。

自己紹介のくだりが何度も続いたり、上手く会話を広げられなかったりと、試行錯誤しながら関わる日々が続いた。
おじいちゃんおばあちゃんと同じレクリエーションに参加しながら、「自分がここにいる役割って一体なんだろう」と考え込んでしまう日もあった。

そんなとき、たまたま図書館で手に取ったのが、
「居るのはつらいよ:ケアとセラピーについての覚書」という本。

説明すると長くなるので割愛するが、この本を読んでわたしは「デイサービスの本質は、生活を円滑にするためのケアなのではないか」「自分が"ただ、居る"ということもケアの一部かもしれない」と思うようになった。

そうして、自分がただ"居る"という役割を純粋に受け入れられるようになったことで、メンバーの一員として入っていけるようになった気がしている。

また、自分の働き方に迷走していたあるとき、仕事でお世話になっている人にこんな言葉を言われた。
「この場所で自分が何を受け取れるかではなく、何を与えられるかを考えて働くといいよ」

その言葉を聞いて、それまでのわたしは「今いる環境から何を受け取れるか」ばかりを考えていて、 「自分が何を与えられるか」という視点がすっぽり抜け落ちていたことに気づいた。

わたしにできることは、介助のほんの一部。
利用者さんにお茶を出したり、買い物に付き添ってカゴを持ったり。
それしかできないのに、利用者さんはお礼を言ってくれるし、自分のおやつをわたしに分けてくれようとする。
そこで、わたしがいかに多くのことを与えられてきたかに気づいた。

デイサービスは、支援者から利用者への一方向の支援の場ではないんだなと思う。お互いが与え合いながら過ごしている場だと、そう思えた期間だった。

2.ウェルビーイングなまちづくりにかかわる

のこりの週2回はうって変わって、福祉というキーワードで集まった6人のチームで、「島留学生と島民の交流を活発化させる、ウェルビーイングなまちづくり」をテーマにイベントの企画・運営を行っていた。

たとえば、地域の住民と島留学生との交流会の企画。時間をかけて企画したにも関わらず、地域の住民が全く集まらなかった。
地区を5-6時間歩き回って営業するなど、なかなかハードな一面もあったけれど、自分たちで足を運んでみたことで地域住民のリアルな声が聞けて、とてもやりがいを感じた。

ひとつイベントが終わると、そこからさまざまな依頼が舞い込んできて仕事の幅が大きく広がったり、自分で考えた企画の案が実際に形になったりと、まさに「仕事をみずから創り出していく」ような働き方だった。

こうしたハイブリッドな働き方で過ごした2ヶ月。
振り返ってみると、お年寄りとかかわるスキルやケアの知識だけでなく、交渉術や想いを形にする実行力など、島留学での仕事を通して本当に色々なことを学べたと思う。

くらしのこと

生活の場は、シェアハウスでの共同生活。
わたしは6人のシェアハウスで暮らしていた。

日々の暮らしの中でも、学べることばかりだった。
1日のできごとをリビングでシェアメイトに話すと、「それってこういうことじゃない?」と代わりに言語化してくれたり、新しい解釈を教えてくれたりと、発した言葉が何倍にもなって返ってくる。

わたしはアルバイトも掛け持ちしていて帰りが遅くなる日も多かったけど、大人数のシェアハウスだった分いつも誰かしらがリビングにいてくれておしゃべりができた。

部屋に一人でいるよりもリビングでみんなとゆったりしている方が落ち着けるような、本当に素敵なシェアハウスだったと思う。

これからのこと

海士町での暮らしは、本当に充実していた。もし次の予定が決まっていなければ、滞在を延長していたと思う。

でも、「3ヶ月」という終わりを常に意識していたからこそ、興味があることを後回しにせず挑戦できたし、悔いなくやり切れたような気がしている。

地域のマルシェにお店を出店することもできた!

8月からはデンマークへ留学する。
その前、7月は、「ケア」をテーマにした学びをさらに深めるために、さまざまな人が集まる場になっている医療福祉施設で働く予定。

この2ヶ月で、すでに自分が大きく変化したような気がしている。
まずは残り少ない海士町の日々を、感謝を忘れず、たのしみながら過ごしていきたい😌

読んでくださってありがとうございました😊

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?