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「この仕事が好き」、は誰にも負けない輝きを放つ。

20歳。短大卒の私は、どうしても周りのいわゆる就活についていくことができなかった。

就職課の先生にセミナーや説明会に行くように勧められても、全く乗り気になれなかったのだ。違和感。求人票をみてもワクワクしない。でも卒業時期がどんどん迫ってくるのでとても焦っていた。

結局何も決まらないまま卒業し、長い旅に出た。

帰国後、求人雑誌を片手に電話をかけまくってツアーコンダクターの派遣会社に入ることになる。それは、世間体を気にし、「一応旅行関係で働いています」と言えるようになること。また、収入を得て経済的自立の一歩を踏み出したかったからだ。

でも本当の目的は、未知の土地を訪れることでこれからの人生をどの街で過ごすのか探すため、そして人の出会いが多い気がしていたので、今後の人生の指針となる人と出会えるのではないかとの期待からだった。

ツアコンの仕事は、「日本には私の知らない、そしてあまり有名でないけれども魅力的な土地がたくさんある」、ということを体感させてくれた。でも求めていた「人との出会い」という面ではなかなか厳しかった。あくまでお客さんはお客さんなので、そこまで踏み込んで話をすることが逆に許されなかったのだ。そしてときにはお客さんが(特にお酒が入ると)過剰なサービスを求めてくる時もあると、「なんで私はここで働いているんだろう」「この人のためになんでここまでやらなきゃダメなんだろう」と泣きそうになったこと時々もある。

しばらくして、仕事へのやる気をすっかり失ってしまい、疲れ切っていたので退職。せっかく時間ができたので、また旅に出ようと計画を立てた。

貯金もあまり無かったから、旅の資金を稼ぐために、アルバイトやボランティアを始めることにした。

職種はこれまでやってみたいと憧れていたけど、なかなかできなかったものを積極的に選んでみた。おっきな書店で本に囲まれて働く、とか、喫茶店で常連さんと話に花を咲かせながら働くとか。そしてある国際交流NGOでボランティアにもチャレンジしてみた。

どの仕事や活動も自分で選び、ただただ楽しく仕事できたからなのか、そこで出会う人たちともすごくいい関係を築くことができている。それは、いまだにずっと付き合いがあったり、久々再会してもなんの違和感もなく楽しく話せる関係性だ。いい関係を築ければ、その「場所」も大好きになり、さらに仕事や活動に意欲がわいた。

一度そういうスパイラルに入っちゃうと、例えどんなに仕事がきつく時間が長くなっても、多少の疲れはあれど、それ以上に心はしっかりと満たされていた。
いつも笑顔と元気を周りにいる人どうしで交換しあえるような、いいエネルギーが流れる毎日だった。

改めて。
私にとって、ただお金を稼ぐだけ、生活のためだけに働くことは、すぐにバッテリー切れを起こしてしまう。
だから、私の「好き」にこだわって、誰かに役立てる方法を探し社会に還元していく。心の底から好きだと思えること、ものを人に伝えていくことが、私にとっては本当に幸せな仕事になる。

ま、でも最初からそれがわかったわけではないし、やってみないと自分にフィットするかどうかはわからない。そして結局辞めちゃった仕事だって、そこから学ぶことはとても多かったから、全ては今の私の基盤になっている。無駄なことは一つもない。

これからも笑顔でいい仕事をして、たくさんの人に喜ばれる毎日を過ごしていきたい。


#はたらいて笑顔になれた瞬間

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