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道後温泉物語 1話 口紅

10代の終わり、桜が散る季節だった。プータローになった私は、四国は道後温泉の、とある事務所に履歴書を持参して面接を受けていた。

黒い合皮が所々破れたソファーに、3人が向かい合って座る。
「あっこ、18歳、高卒か。就職せんかったん?」
明るい茶髪の30歳くらいの美女が、細い指に煙草をはさみながら、残りの指で履歴書のシワを伸ばし、こちらを見てきた。
高卒、という言葉にドキッとしつつ、そりゃそうだ当たり前だ、私は現に高卒だ。と心のなかで唱えながら
「はい。美大目指して浪人中でして、夏まではバイト頑張ろうかなと思いまして」
すると美女は(ビダイ…?)と呟きながらキョトンとして、もう一度履歴書に目を落とした。四国に美大は無い。
「あんた東京の娘ォなん?なんでこんなところにおるん?」
「えっと、祖父の家が松山でして家庭の事情でちょっとホームステイというか、こっちにしばらくはおります」と言うと
「あぁそうなん。おじいちゃんちがすぐそこか、ならまあええわい。」
と、浪人や家庭の事情については一切触れず、家出少女じゃないんならなんでもええわ、ぎょうさん働いてや、と
美女が納得してその場で合格、となった。

横では御庄さんという変わった名字の色白の大学生が同時に面接を受けていた。面接のルールをきちっと予習してきたらしく、リクルートスーツで履歴書をクリアファイルから取り出しシワ一つない状態で美女に差し出したり、断ってから着席するなど、コンパニオン派遣会社の面接にしてはちゃんとしすぎているのがなんだか可笑しかった。彼女も合格した。

 初出勤の日、遅刻したら罰金五千円。無断欠勤は一万円。という水商売特有の罰金ルールを、凄味の効いた声で美女に説明されていた私は、緊張した面持ちで勤務の65分前に事務所に到着した。
 夕方にも関わらずお姐さん達は「おはようございまーす!」「おはよう」と言い合っており、業界ぽさにムフフ…としてしまう。ロッカーの鍵を借りて持ち物を入れていると、お姐さん達の世間話が聞こえてきて、あの美女はカナさんという名前だということが分かった。乳丸出しで襦袢や矢絣を着付けていく女たちを横目にキョドキョドしていると、カナさんが「あっこ、あんた身長何センチ?168?大体これくらいやろ」と、ラックから制服を選んでくれた。着替えてみるとぴったりだった。姿見に映すと黒いタイトスカートには太ももが露わになるスリットが二本入っており、さすがパーティーコンパニオン事務所だな、と感心してしまった。
上半身はドルマンスリーブの白ブラウスにバーテンダーのような細身の黒ベスト、黒蝶ネクタイと、ホテルマンのようなちょっとカッコいいデザインだったので、仮装が好きな私は内心大盛りあがりだった。
 制服に着替え、ストッキングとパンプスを履いて派遣先に歩いていくのだが、バイトリーダーに着いて数人で連れ立って出ていこうとすると、私だけカナさんに止められた。「ちよっと!口紅くらい引いてって!!」
??? 下町の酒屋のバイトしかしたことのなかった私は、一瞬何を言われているのか理解できず固まった。他のバイトの女の子と目があった。皆バブルか?というくらいの濃い化粧をしていて目の上はアイシャドウで真っ青だった。
「メイク道具を何も持っていません」と正直に言うと、お姐さんのひとりが呆れた顔で、ポーチから口紅を投げてよこした。控室の鏡を覗きながら慌てて口紅を引いた。
 


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