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山小屋物語 7話 山を降りる

山のシーズンは短い。
富士の山小屋は六月下旬から人が駐在して、登山客を迎え入れる支度が始まり、九月中ごろに小屋仕舞いする。

なんと短い登山期間かと思われるかもしれないが、初冠雪の知らせが聞かれるのは例年九月中旬である。下界と比べ、とても寒いのだ。

富士山は、独立峰で風が強く、雪が積もれば地面がつるつるに凍るアイスバーン現象が起こる。山に慣れた強力やガイドでもともすれば滑落する恐れがあり、そうなれば命の保証は無い。危険な、死の山に変化する。

九月には誰もいなくなる山小屋。よって登山者数ピークのお盆を過ぎれば、住み込みバイトもひとり、またひとり、と下山していく。

⛰️⛰️⛰️

下山する朝は、2か月ぶりの下界に、降りる方はウキウキ、見送る方は寂しくて(羨ましくて?)涙涙である。
身辺を整理して、荷物をまとめ、お世話になった皆、そして親父さんと奥さんに挨拶し、出発する。

山小屋から続く石段を降りていく。
まるで幽閉されていたラプンツェルが初めて広い世界に出ていくときのような、人生で最大の解放感が味わえる。
厨房の女の子たちが小屋の前に並び、下山するバイトの姿が見えなくなるまで手を振る情景は、この先もずっと忘れることはないだろう。

一夏同じ釜の飯を食った仲なので、それなりに仲良くなり、下山してからも仲間で遊んだり、勉強したり、もらった給料で旅行へ行ったり・・・。カップルが誕生することも珍しくない。

そこでよくささやかれるのが「山の上では、番頭三割増し、厨房三割減」という言葉である。

番頭の男子たちは、そろいの法被を着て、表に出る。威勢良く声を張り上げ接客し、登山道を駆け抜けたり、屋根に昇って修理したり、重い荷物を持ったりと、普段の三割増しで格好よく見えている。無精髭や束ねた長髪も、場合によってはカッコ良さアップ↗️という、普段とは異なるポイントも加算される。

厨房の女の子達は、髪型もメイクも満足に整えられない。狭い厨房に閉じ籠り、裏方の仕事をする。明るく利発な子も、調理がメインなので、接客はしない。風呂もそう入れないため、そもそも人に近寄ったりスキンシップを取るなど、とてもじゃないがする気にならない。なので魅力も普段の三割減だと言われるのだ。

さて、こんな人たちが9月、下山してから待ち合わせると何が起こるか。

女の子「おーい!久しぶり!」
男の子「?!?!え?!お前、もしかして、マイ?」
女の子「は?なにいってんの?」
男の子「え、メイクとか、するんだ。しかもスカート履いてるし・・・(山の上では全員ジャージ)」
女の子「どこ見てんのよ!てか、あんたこそ下山したのにそのダッサいスウェット、やる気あんのか!」

のちのち男子にインタビューすると、
「下界で初めて見るマイは、うんざりするほど綺麗やった」だそうで。
髪切って、コンタクトにして、ムダ毛を処理して、メイクして、ピアスして、スカートでサンダル履いて、ってした厨房の子を見ると、山とのあまりの差にドギマギするとのこと。(服装的にも山では冬服→下界に戻ると夏服なのでギャップが良い。)

また山では法被を着て勇ましかった番頭が、下界ではなよなよして見える・私服がダサいという報告が毎年いくつも上がっており、山での恋は、吊り橋効果による錯覚?もあったのではないか、との考察が今のところ優勢である。

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