#33 さすらい食堂が将来創りたいのは『旅するシェフがエンドレスにノマドスタイルで稼ぎ続けられる社会の仕組み』が見据える未来像
みなさんこんにちは。
さすらい食堂です。
昨日につづいて、さすらい食堂が見据える新しい社会のシステムを創ったその先にはどんな社会を実現したいのか、という観点から今日はnoteを書いてみたいと思います。
見据える将来への3つのSTEP
どんなことを想い描いているか?という点で分かりやすいところでいくと
大きくわけて3つのSTEPを想い描いています。
日本はもとより各国の料理にリスペクトをもって新しい食文化の創造をイメージするだけでワクワクする
この3つ目の社会を実現すると、日本の料理人が海外の料理にインスパイアされ新しい創作料理が創られて、今までに見たことない食文化が創られると思っています。日本の食文化や技術が海外の食文化を昇華させることが多発したらワクワクしませんか?!(もちろん海外のシェフが他国を訪れて同じことが生まれると信じています)
もちろん、そこにはそれぞれの文化に対するリスペクトは重要。この点はおそらく参加してくれるシェフに口を酸っぱくして伝え続けることになると思う。無駄な争いを生みかねない。その事を十二分に理解し活動してほしいと思っています。
その上で日本の食のスペシャリストたちが海外を訪れて、現地の方々に日本のシェフ流のおもてなしを施すことで面白い科学反応が起きるんじゃない?!なんて妄想が楽しいんです。
海外で作ると味噌はどうなる?!
例えば、味噌のスペシャリストが現地を訪れて味噌の魅力を伝えると「味噌うまい!」ってなって現地の人が現地の食材を使ってどうやって「味噌」を再現できるか?!なんて考え始めたら面白いことが起こりそうじゃないですか??
現地の豆を使って味噌をつくれる環境をつくって、何か月から何年かかけたら食糧難の地域を救えるかもしれないし。
日本酒のスペシャリストが同様に海外を訪れて作り方を教えて現地のお酒をさらにおいしくすると、、、どうなるんですかね。
「お米が必要」という事がわかったらお米に替わるものを育て始めるのか、お米を輸入しようとするのか今の私では想像できない反応が起こる可能性を秘めているように思うんです。
もちろん、日本酒の場合に限らず輸出制限やブランドを棄損しないような配慮はすることが前提条件ではあるものの、日本のお寿司がアメリカに渡り「カリフォルニアロール」という文化が生まれたように今は無い文化が生まれるなんてこと想像してみてください。
ワクワクしませんか?!
だいたいこういった新しい文化や事が生まれると「それは寿司じゃない」「日本の食を侮辱している」なんて言う人も現れるのは想定内ですが、、、
もっと自由に「食」を表現すればいいと思う
ただ何を言われようとも、好奇心がある私はワクワクするんですよね。
新しい事、新しい美味しいものが食べられるんじゃない?!って思うと余計に。もちろん侮辱なんてしない。リスペクトをもちろん持っている。オマージュであり、アートでもある。なので旅するシェフにはある意味表現者であってほしいとも考えています。
言い換えると食はもっと自由であっていいと思うんですよね。
技や型があってもいいと思うけど、自由な発想で美しく、かっこよく、かわいく、自分なりの発送で美味しく創って楽しめばいいと思う。
先日、お会いした世界的に活躍されている着物の着付師の方にお会いしてその方が「着物は堅苦しいルールに縛られすぎている。もっと自由でいいじゃん!」っていうメッセージを発信していたことに感銘を受けたんです。
厳しいルールが自らの首を絞めてすたれてしまうのって勿体なくないですか?と私は思うんですよね。
出汁のとり方や魚のさばき方とか基礎的なものも、あくまで“こうやるとうまくいくよ”というものであってそれを守らなければ料理じゃないというような事は無いんじゃないかなって私は思います。
それぞれの国には独自の気候があって、良くも悪くも歴史が積み重なっていて、水質も違うし土壌も違えば採れる食材が違うのは当然。その地域それぞれの教育水準も違うし、性格・気質も違う。遊牧民気質だったり農耕民族気質だったり、ラテン気質などいろいろある。そういったベースがある上でそれぞれの価値観で文化を築いてきたわけですからね。
個人的にはそういった文化を日本の食のスペシャリストたちが体感することでどんな表現をしたくなるのかな?!なんてことにすごく興味があるんですよね。
そんな事を思い描くさすらい食堂による23年の最後の投稿です。
24年もよろしくお願い致します。
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