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恋愛茶屋 12月25日午後4時

そのお店は、山深く水のきれいな川のそば、けれど東京都内にある。国道沿いにあるけれど、行くにはどこからも遠い場所にある。

失恋したというその彼女は、次の日も訪れてそのカウンター席でメニューをながめていた。メニューには「りんごのタルト」と書いてあった。

―たしかに、別のメニューだけど。。。何かだまされたような気分。。。

そう思っても、声にしたのはミルクティーとりんごのタルトの注文だった。

りんごのタルトは、生地に細く切られたうすい飴色のりんごがきれいに乗せられていて、ひとくち食べるとアーモンドクリームのやわらかい味がした。

―お待たせいたしました。レモンティーです。

―やっぱりこの時期はりんごなんですね。おいしかったです。

後ろのテーブル席から、店主に話しかける先客の明るい声が聞こえてきた。

―結局、あの後も半年ぐらいはうじうじしてました。お相手の彼女の退職日も、仮病で会社休んじゃいましたし。情けなかったですけど、自分だけは自分を優しくしようと思って、それからも思い出してつらくなるようなことからは、格好つけずに逃げることにしてました。

―そうしたら、朝起きても思い出さなくなって、だんだんつらい気持ちが遠くうすくなっていって。。。今では前よりも仕事仲間として仲良くやっています。「嫌われないように」「好かれるように」無理してふるまわなくなったから、わだかまりもなくてたのしいです。

―もっと素敵なひとを見つけたいとも思いますけど、自分で自分を助けられて、何とかできたことがうれしいんです。だからもう大丈夫です。ごちそうさまでした。

そう言ってその先客は、ドアを開けて外に出て行った。きれいな刺しゅうのワンピースを着ていた後ろ姿が、彼女から見えた。

―よろしかったら、来年のこの日もいらっしゃいませんか。またその日は違うメニューになりますよ。

彼女はきつねにつままれたような顔を店主に向けた。その後ろにある置時計の針は4時20分をさしていた。

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