【怪談】体験宿泊棟
30代会社員B介さんの話
B介さんは、かつてマイホームを購入するため、いろいろと住宅会社を回っては「体験宿泊」をしていた。
体験宿泊とは、その住宅会社が建てた宿泊用の家に実際に寝泊まりし、家の雰囲気を体験するというモノである。
B介さんはある有名なハウスメーカーの体験宿泊に予約した。
巨大な工場地帯を取り囲むように住宅街がある場所だった。
周りに住んでいる人間も、大半が工場に勤める者らしかった。
B介さんは、多少空気が汚れているかもしれないが、家の雰囲気が分かればと体験を楽しんだ。
家は清潔で、機能的で申し分なかった。
予算さえ間に合えば、このハウスメーカーに決めてしまってもいい。
B介さんはそう思っていた。
気分が良くなって、つい夜遅くまでテレビを見ながらビールを飲んでしまった。
妻も、子どもも二階の寝室で寝てしまっている。
「そろそろ寝よう」
B介さんはけだるそうに立ち上がり、戸締りを確認し、窓のロールスクリーンを閉めることにした。
ロールスクリーンは、カーテンと異なり、巻物のように窓の上の方から下におろすものである。
B介さんは、窓の向こうに工場の明かりを見ながら、ロールスクリーンの紐を手に取る。
若干、酔いが回って、明かりがぼんやりとしている。
B介さんは床の方までロールスクリーンを下げる。
途中、B介さんの膝位の位置まで降ろしたとき、窓の向こうに白いスカートと女性の脚が見えた気がした。
「だれか庭にいるのか」
B介さんは不安になった。
妻にしては細い。しかも白いスカートなんぞ履かない。
B介さんは確認しようとスクリーンを上げる。
そこには何もいなかった。
「なんだよ、びっくりさせやがって」
B介さんは悪態をつくと、何気なく窓をみた。
窓に映る自分の顔の後ろに、見たこともない女性が立っていた。
白いワンピースを着ている。
そのワンピースのように、肌は白かった。
女の顔は目が吊り上がり、怒りが滲んでいた。
B介さんは悲鳴をあげて振り返った。
しかし、振り返ったそこには、何もいなかった。
リビングにいるのは自分だけである。
妻が血相を変えて寝室から飛び出した。
B介さんが震えて訳を話す。
もはや酔いはさめていた。
だが、妻は「つまらない深酒をするせいで幻覚を見たのだ」と一蹴し、寝室に戻っていった。
後日、その工場地帯周辺の出身者である後輩に話を聞いた。
後輩は驚いて言った。
「昔、工場の周りの住宅街を狙って女の子をさらう変質者がいたんですよ。そいつは、入り組んだ工場に逃げ込んだり、空き家に潜んだりしてたそうなんですが…。僕が小さなころから、人気の少ない住宅街の暗い通り、空き家、工場には…さらわれた女の子の霊が出るって噂がありましたよ」
体験宿泊棟は、客がいなければ空き家だ。
B介さんは背筋が寒くなったという。
【おわり】
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