見出し画像

【ショートショート】年越し二段ジャンプ

 12月31日、大晦日。この日のために、僕は1年間努力を続けてきた。
 縄跳びトレーニングは毎日欠かしていない。跳び箱だって7段まで飛べるようになった。給食もぜんぶ残さず食べている。全ては、今日のジャンプのためだ。

「オレ、年越しの瞬間は地球上にいなかったんだぜ!」
 4年生の、冬休み明けの最初の日。女の子に囲まれながら、大声でそんなことを言っているのは、2年生の頃から同じクラスの笹山くんだ。足が1番早くて、顔もかっこよくて、クラスで1番の人気者。僕は心のなかで、どうせジャンプしてただけだろ、なんて思っていたけれど、笹山くんの周りにいた女の子たちは「え!すごい!」なんて黄色い声を上げていた。
 僕は悔しかった。ただ年越しの瞬間にジャンプをしていただけで、なんだかチヤホヤされている笹山くんが羨ましかった。そんな嫉妬の気持ちが僕をうごかした。

 足の速さも頭の良さも、クラスの真ん中くらいの僕が、笹山くんよりもチヤホヤされるにはどうしたらいいか考えた。そうだ、二段ジャンプだ。ゲームでよくある、ジャンプをしたあとに空中でもう一回ジャンプをするやつ。あれを年越しの瞬間にやれば、きっと笹山くんよりもチヤホヤされるはずだ。
 そう思い立ってから、今日まで。ずっと頑張ってきた。

 時刻は11:59。今日は昼寝もしたし、年越しソバも腹八分目にしてあるから、準備はバッチリだ。リビングにあった置き時計式の電波時計を、自分の部屋にこっそりもってきて、確実にその瞬間を逃さないように待機している。
 残り30秒。その瞬間がどんどん近づいてくる。しゃがみの体制をとる。一段目の準備は万端だ。
 5、4、3。残り2秒になった瞬間、僕は一段目のジャンプを繰り出す。0時ちょうどに二段目のジャンプを行うには、このタイミングがベストなはずだ。なんどもシミュレーションしたからズレは一切ない。
 一段目のジャンプが頂点に達した瞬間、自分の体が落下していくのと同時に、膝を曲げ、空中を蹴り、二段目のジャンプを繰り出した。時計に目をやると同時に、11:59:59から00:00:00に表示が切り替わった。

 やった。成功だ。年越しの瞬間、二段ジャンプに成功した。僕は笹山くんに勝ったんだ。別に勝負なんてしてないけれど、僕は優越感で胸が一杯になった。
 ふと気づく。時計が0時ちょうどから進んでいない。それどころか、僕の体は宙に浮いたままだった。一体何が起きているのか。困惑していると、目の前に突然、真っ白な光が現れたと同時に、声が聞こえてきた。

「ちょっとちょっと!変なことされちゃ困るよ。年が変わる瞬間はデータベースの更新が忙しいんだから。君が変なジャンプしてたせいで、エラーになっちゃったじゃないか」
 一体何が起きているの、と聞きたかったけれど、声も出せなかった。
「去年もおんなじことしたやつがいたんだ。もうやるなよって釘を刺したから今年は大丈夫だと思ったのに、まさか別の人間がやってくるなんてね。人間界で流行ってるの?それ」

 おなじことをしたやつ、という言葉に胸がざわめく。まさか。
「あぁ、そうそう。その笹山ってやつだよ。誰かに言ったりしないように記憶もちゃんと書き換えたんだけどなぁ」
 そうか、笹山くんもやったのか、年越し二段ジャンプ。僕が最初に思いついたと思ったのに。なんてすごいやつなんだ。悔しいけど、完敗だ。
「はい、修正完了。もう変なことしないでよね。君の記憶もいじらせてもらうから。じゃあね」

 ******

「おはよう!実は僕、年越しの瞬間は地球上にいなかったんだ!」
 冬休み明けの初日。普段はあまり話したことのない笹山くんに、そう話しかけた。なんでかよくわからないけど、話すなら笹山くんだと思った。
「あはは!ジャンプしてたんだろ?俺も去年やってたぜ!」
 そうやって笑う笹山くんは、いつも通りカッコよくって、ちょっぴり悔しかった。
 次の大晦日はもっとすごい年越しジャンプをしてみたいから、ちょっとトレーニングでもしてみようかな。

 ランドセルの中に入っていた、使い古しの縄跳びが、少し震えた気がした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?