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こんな香港に誰がした: MLAと郷愁 【居心地の悪い本土主義: My Little Airport私論④】

香港のインディーズ・バンド、My Little Airport(以下MLA)のスタイルを「居心地の悪い本土主義」と名付けてこれまで解説してきた。前回は、彼らの歌がしばしば見せる文学的飛躍について考察したが、それでも高飛車で「離地」*1な印象にならないのは、根底に徹底的にローカルな題材への注目があるからだろう。出世作となった2009年のアルバムのタイトル、『モンパルナスとモンコックの間の詩情』(”介乎法國與旺角的詩意”)にあらわされているように、MLAの魅力のひとつは「ローカルな諸々の問題をグローバルなヴィジョンと混ぜ合わせる」ことにある*2。モンコック(旺角)は独特な文化をもつ若者が集う香港随一の繁華街で、モンパルナス(中国語タイトルではただ”法國=フランス”と書かれてるだけだけども英語タイトルに言及されている)は、かつて芸術家たちが暮らしたことで知られるパリの街区だそうだ。”モン”で頭韻を踏むから選ばれただけ何だろうけど(中国語題では”法國 faatgwok”と”旺角 wonggok”で甘く脚韻を踏む)、彼らの手にかかると、何かこの2つの街に深い関わりがありそうな気がしてしまう。

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アルバムのジャケットのフランス国旗のトリコロールも、曲を聴きながらみているとだんだん香港でよく使われる赤白青のビニールシートの3色にも見えてくる。実際に裏ジャケットの左上にはそれらしきものも映っている。

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アルバムの収録曲リストをみるだけでも、香港各地の地名を含むタイトルがやたらと多く、ローカルな題材を好む彼らの傾向が伺える。タイトルトラックの旺角(『介乎法國與旺角的詩』)の他にも荔技角(『荔技角網球場宣言』)や九龍塘(『浪漫九龍塘』)が歌われている。このアルバム以降、彼らのアルバムには必ずタイトルに地名を含む歌が収録されている。2011年の『香港は大きなショッピングモール』からは金鐘(『給金鐘鐵站車廂內的人』)。2012年の『寂しい金曜日』からは牛頭角(『牛頭角青年』)。2014年の『結婚適齢期』からは土瓜湾(『土瓜灣情歌』)。2016年の『火炭麗琪』からは火炭(『火炭麗琪』)と長洲(『我以後不再去長洲』)。昨年の最新作『また会おうって言ったのに』はネイザンロード(『彌敦道的一晚good trip』)など。

それぞれに、その地域のイメージをうまく投影していて、その感覚がわかる人間には思わずクスッとくるような歌詞になっている。

たとえば九龍塘はラブホテルが多いことで知られていて、『浪漫九龍塘』というタイトルをみれば、だいたいどういう”浪漫”の話になるかは想像がつく。

I want to sing you a song
(君に歌を歌おう)
About me and you went to Kowloon Tong
(2人で九龍塘に行く歌を)
We have to be very strong
(僕らはちゃんと強くなろう)
If we want to do something very wrong
(だってイケナイことをするんだろう)

2014年のアルバム『結婚適齢期』収録の『土瓜灣情歌』(土瓜湾のラブソング)で歌われている土瓜湾は近くに鉄道の駅がないエリアで、新しく開通予定の「沙中線」では駅が作られることになっている。しかしこの歌の主人公は、駅ができると家賃が上がって住み続けなくなることを心配している。暗い雨降りの夜、開発で変わってしまう街の未来が自分の将来への不安と重なっていく。

這一個下雨的夜晚
(この雨降りの夜に)
你是否正在空閒
(君は暇してるだろうか)
我此刻仍留在土瓜灣
(僕は今もまだ土瓜灣で)
想著未來怎麼辦
(未来をどうするか考えてる)
只希望沙中線的那個站
(ただ沙中線のあの駅の工事が)
可以起得更慢
(さらに長引いてほしい)
再貴的租我已不能負擔
(もうこれ以上高い家賃は払えない)
(…)
只想歲月過得平淡
(ただ平凡に日々が過ぎてほしい)
知這是最困難
(それが一番難しいんだけど)
願你我能留在黑暗中多一陣間
(君と一緒にもう少し 暗闇にいたい)

主人公はつづけて、「北朝鮮のミサイル発射」や「爆破された地球の裏側」についてのニュースをききながら、いつか将来「嫌な仕事に行かなきゃいけなく」なったとき、今の暮らしをノスタルジックに思い出すことを想像する。

同様に、変わってしまう香港への愛着・郷愁が強くあらわれているのが、同じアルバムに収録された『すばらしい新香港』("美麗新香港")だ。コメディ映画『金鶏sss』(2014年)の主題歌で、タイトルはオルダス・ハクスリーのディストピア小説『すばらしい新世界』("Brave New World")の中国語訳(”美麗新世界”)からとられている。

そのタイトルからわかる通り変わり果ててしまった香港の姿が題材となっているのだけど、それを「もうこんな香港は私の居場所じゃないから、ホームシックを感じるのは君がそばにいないときだけ」とラブソングの形で皮肉に描くのがMLAらしい。

自你決定要走以後
(君が出てくと 決めてから)
沒人知我有多難受
(誰も知らない 私の悩み)
再沒勇氣在派對逗留
(パーティに長居する勇気もない)
踫見朋友不敢問候
(友達に会っても声をかけれない)

自你遠去不再回頭
(離れた君が 見ない間に)
青山綠水不再依舊
(景色はまるで 様変わり)
再沒有早起身的理由
(早起きをする理由はないし)
再沒可安睡的枕頭
(ぐっすり眠れる枕もないし)

這世界只有一種鄉愁
(こんな世界のホームシック)
就是沒有你的時候
(ただ君がいない時のこと)
這香港已不是我的地頭
(こんな香港 私の場所じゃない)
就當我在外地旅遊
(まるで海外旅行中)

変わりゆく香港への郷愁は、返還後香港の社会運動・文化運動の大きなテーマのひとつである。2007年には植民地時代の象徴でもあった船着場「クイーンズピア」の取り壊しに反対する大きな抗議運動が起こり、雨傘運動から今の反逃亡犯条例にまで繋がる香港社会運動の大きな分水嶺となった。ノスタルジーを喚起する「香港らしい」風景・建築・人物・商品などを指す「集體回憶」(集合的記憶)という言葉が流行語になり、ポップミュージックの世界でも、ローカルな題材を扱う歌で「庶民の歌姫」(”平民天后”)の称号を持つ人気歌手・謝安琪が、取り壊された古い商店街について歌う『囍帖街』(2008年)をヒットさせている。

忘掉有過的家
(忘れてしまおう かつての家)
小餐檯、沙發、雪櫃及兩份紅茶
(小さな机、ソファー、冷蔵庫と二人分のお茶)
溫馨的光境不過借出 到期拿回嗎
(温もりの場も借り物にすぎず 期限が来たら返すんでしょう)
等不到下一代嗎 是嗎
(次の世代を待ってはくれない そうでしょう)

しかしそんな変化への嘆き自体は必ずしも返還後にはじまったものではなく、古くから広東語ポップスの王道的テーマだった。たとえば「変化だけが永遠だ」("變幻才是永恆")という歌詞の一節が「香港人の口癖」として長らく記憶されている*3 『家變』はロマン・タム(羅文)が1977年に歌ったドラマ主題歌だし、2007年に開発による取り壊しを正面から扱った同名映画(英題:Hooked on You)の主題歌としてリメイクされた『每當變幻時』(変化があるたびに)*4も元は同じ1977年のヒットソングだった。

韶華去 四季暗中追隨
(青春は過ぎ 四季は夢中に後を追い)
逝去了的都已逝去 啊啊
(過ぎたことは 過ぎたこと ああ)
常見明月掛天邊
(月はいつでも空に浮かぶから)
每當變幻時 便知時光去
(姿が変わるたび また時の流れを知る)

では、かつての香港の変化と、今の香港の変化を隔てるものはなんだろう。香港大学の朱耀偉教授は、『すばらしい新香港』の歌詞を引用した論文の中で、それを説明している*5。かつての香港の公式の物語は、街が発展するとともにそこで努力して働いた人がしっかり成功できる、というサクセス・ストーリーだった。しかし昨今の開発では街の主役そのものが変わってしまうという。街の開発の担い手となるのは大手のデベロッパーで、彼らが対象とするのは地域住民ではなく、しばしば市外(特に中国内地)からやってくる観光客である。庶民的な小売店や食堂が地価高騰に音を上げて閉店をよぎなくされ、そこに買い物客向けの宝石店や薬局ができる。

MLAの2011年のアルバムのタイトル『香港は大きなショッピングモール』("香港是個大商場")には、そんなふうに外からの客向けの「買い物天国」となってしまった香港の今への皮肉が込められている。そこはもう地元住民のための場所ではなく「まるで海外旅行中」かのような気分になる。

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かつて1970年代の広東語ポップスは、しばしば大陸の故郷を喪失し、香港を新たな「家」とした移民第一世代の人々の経験を歌った。たとえば、林子祥(ジョージ・ラム)が歌う『抉擇』(決意;1979年)では、悲しみを乗り越えて新天地に根をおろす主人公の「決意」が歌われる。

幾多往時夢 幾許心惆悵
(どれほど夢に見て どれほど嘆いてきただろう)
別了昔日家 萬里而去 心潮千百丈
(昔日の家に別れを告げ 万里を歩み 心は荒波に揺れた)
(…)
闖一番新世界 挺身發奮圖強
(新たな世界に身をおき 身を投げ打ち発奮して)
要將我根和苗 再種新土壤
(私の根と芽で持って 新たな土地に種を蒔こう)
就算受挫折也當平常 發揮抉擇力量
(挫折をしてもいつものことと 決意の力を発揮して)
再起我新門牆 似那家鄉樣
(新たな我が家の扉をあければ あの懐かしい故郷のようだ)

最後のリフレインでは、末尾の一節が「懐かしの故郷よりすばらしい」("勝我舊家鄉")と変えて歌われ、新天地での生活をよりよいものとして受け入れられたことが示唆される。

しかし自分が故郷を離れたわけではなく、故郷が勝手に離れて行ってしまうう今時の若者の郷愁の物語に、そんなハッピーエンドはないようだ。『すばらしい新香港』の最後のリフレインは、投げやりにこう歌っている。

我知已走到盡頭
(行き着くとこまで来たんだし)
為何還要擔憂
(今さら何を悩むだろう)
這世界也不是我的地頭
(こんな世界も 私の場所じゃない)
就當我在宇宙飄流
(まるで宇宙を漂流中)

香港を諦めた若者たちは、どこに居場所を見出すのか。

それを次回のテーマにしよう。

【居心地の悪い本土主義: My Little Airport私論】
前:③”香港最後の文藝青年”:MLAと文学
次:⑤かれらが旅に出る理由:MLAと旅行

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*1 地面から離れていることを指す広東語で、しばしば庶民の生活感覚から乖離した政治家・富裕層の言動を批判するのに用いられる。

*2 Yiu-Wai Chu, Hong Kong Cantopop: A Concise History. HKU Press. 2017. p.179

*3 同上, p.57

*4 歌手としても人気のミリアム・ヨン(楊千嬅)とイーソン・チャン(陳奕迅)が主演。ほっこりするいいお話なのでぜひみて欲しい。好き。

*5 Yiu-Wai Chu, Found in Transition: Hong Kong  Studies in the Age of China. SUNY Press, 2018. の特に第1章。

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