2022年上半期の香港カントポップ(1):再生数データ編
早いもので2022年も半分以上が過ぎたということで、この半年間の香港のカントポップ(広東語ポップス)シーンの動向を簡単にまとめておこうと思う。
2022年の1月〜3月については、4月に投稿した記事でまとめたので、詳しくはそちらをみてほしい。
この記事では、Spotifyが公開している週ごとのチャートを集計し、香港での再生数が多かった曲を分析した。1月〜3月の再生数ランキングトップ20は以下のようになっていた。
同じ要領で、4月〜6月の再生数ランキングを作ると以下のようになった。
1月〜3月の時には入っていなかった曲が全部で5曲、新たにランクインしているが、そのうち4月〜6月にリリースされた新曲は、男性ソロ歌手、張天賦(マイケル・チャン;通称”MC”)の『小心地滑』と、男性アイドルグループMIRRORのメンバー姜濤(キョン・トウ)の『作品的說話』のみだった(上の表ではこの2曲を太字で示している)。
1月〜3月も、この2人が上位を独占していたが、4月〜6月もこの二人が変わらず存在感を放っている印象だ。ただし1月〜3月は張天賦がリードしていたが、4月〜6月には姜濤がかなり優勢になっている。
1月〜6月の再生数を合算してみると、以下のようになる。こちらには『作品的說話』が今年4月以降リリースの作品の中で唯一ランクインしている。
このSpotifyの再生数データを細かく見ていくと、この期間のいくつかの傾向が見てとれる
(1)大人気の姜濤が一人勝ち
姜濤が4月30日にリリースした『作品的說話』は、1月リリースの『鏡中鏡』と同様に、Gareth T.が作曲、小克が作詞を手がけている。『鏡中鏡』は歌詞、メロディーともにやや難解な印象があり、前回の記事ではリリース当初には再生数がやや伸び悩んだことも指摘した。
しかしこの『作品的説話』は、曲調の方は相変わらず難解だが、歌詞の方は、ジョン・レノンの『Imagine』やアンネの日記に言及しながら平和と反戦という比較的わかりやすく、時代の状況にもよくあったテーマを扱っている。
『作品的説話』は、リリース直後から姜濤の楽曲の中でトップの再生数を記録し、安定して再生数を伸ばしている。
各週ごとの再生数上位楽曲5曲をリストにまとめても、『作品的說話』がリリース直後から1位を獲得し続けている。5月12日のチャート以降は姜濤の3曲がトップ3を独占し続けている。
ちなみに『作品的說話』のリリース日である4月30日は姜濤の誕生日でもあり、ファンたちが資金を出し合って香港島を走る路面電車の無料乗車を実施するなど、大々的なキャンペーンが行われた。ファン経済が大いに盛り上がるタイミングに良い新曲を投下できたことが、この期間の姜濤の独走につながったのかもしれない。
(2)イメージ刷新をはかる張天賦?
張天賦が4月14日にリリースした『小心地滑』は、リリース当初は大きな話題を呼んだものの、その後の再生数はやや伸び悩み、昨年リリースの旧譜『記憶棉』の再生数を下回るようになっている。
これまでの張天賦の楽曲は、どれもロマンチックな歌詞を持つR&B調の軽快なラブバラードだったが、この『小心地滑』は一転して、重苦しく、劇的な曲調の楽曲だった。歌詞は人気作詞家の黃偉文が手がけており、悪が蔓延る世界で善良さを保つ決意を歌う社会派の内容になっている。
タイトルの『小心地滑』は「床が滑るので注意してください」という意味で、香港ではあちこちに置かれている標識に書かれているお馴染みの言葉だが、ここでは悪の道に滑り落ちないようにという警句として使われている。
張天賦はこれまでロマンチックな歌で人気を博してきた一方で、ゴシップの絶えない歌手でもあり、前回の記事では、ミュージックビデオに出演した複数の女性タレントとの恋の噂を取り上げた。この『小心地滑』には、そうしたゴシップのイメージを振り切り、実力派の歌手としてイメージを刷新したい張天賦の思惑も見てとれる。ミュージックビデオにも、女性タレントが出演していないどころか、張天賦本人も登場しない。
しかし再生数の推移からは、やはりファンたちが求めているのは前作『記憶棉』までのような、ラブバラードの方なのかもしれないという事情も見てとれる。一体、次の曲はどんな方向性で来るのだろうか?
……と思っていたら、7月にリリースされた新曲『老派約會之必要』は、R&B+中国伝統音楽というまさかの曲調だった。得意のラブバラード路線を踏襲しつつ、新たな表現の方向性を模索した曲とも言えそうだ。
(3)原点回帰の陳卓賢
1月〜3月、姜濤と張天賦のツートップに食い込む再生数を記録した楽曲『留一天與你喘息』をリリースしたMIRRORの陳卓賢(イアン・チャン)も、5月上旬に新曲『Got U』をリリースしている。
代表曲である『正式開始』(2020年2月リリース)や『DWBF』(2021年3月リリース)にも似た曲調のR&Bナンバーで、原点回帰とも言える彼らしい楽曲だったが、前作ほどは再生されず、トップ5には一度も入っていない。
前回の記事では、『留一天與你喘息』は彼の他の曲とも異質な再生数の伸び方をしており、本来のファンベースをこえて、幅広い人々に聞かれたのではないかと指摘していたが、続く『Got U』との再生数の開きを見る限り、やはり歌手の人気以上に曲の魅力で売れた1曲だったようだ。
(4)5月以降追い上げた盧瀚霆
やや低調だった張天賦、陳卓賢に比べて、4月〜6月にはMIRRORの盧瀚霆(アンソン・ロー)の再生数増が目立っている。2月リリースのMr. Strangerと昨年リリースのMegahitが5月半ば以降再生数を伸ばし、姜濤の3曲に次いで4位、5位を抑えている。6月上旬リリースの新曲『King Kong』も好調である。
この追い上げの詳しい理由は私にはよくわからないけれども、もともとMIRRORの中では姜濤と並ぶ人気を誇るメンバーでもあるので、この位置にいるのは不思議ではない。
4月24日に発表されたViuTVの年間音楽賞、『Chill Club 推介榜年度推介21/22』では、ファン投票の末、姜濤を抑えて男性歌手賞の金賞を受賞している。彼の『Megahit』も年間楽曲賞で第1位に選ばれた。
もしかしたらこの音楽賞での好成績も、彼の楽曲の再生数上昇につながっているのかもしれない。事実、楽曲賞を受賞した『Megahit』は受賞以降再生数が上昇し、一時期2022年の新曲である『Mr. Stranger』を上回っている。
ちなみに盧瀚霆の誕生日は7月7日で、この日は香港島と九龍半島を結ぶフェリーの無料乗船が行われるなど、姜濤の誕生日に負けず劣らずのキャンペーンがファンたちによって行われた。こうしたファンたちの応援合戦は今後も続くだろう。
(5)ベテラン組として存在感を示した張敬軒「前輩」
各週の上位5位の楽曲リストを見ると、この数年にデビューした若手歌手(と韓国の人気グループBIGBANG)ばかりで締められている中、デビュー20年目のベテラン、張敬軒(ヒンス・チョン)が5月中旬にリリースした新曲『賽勒斯的愛』が一度ランクインしている。
張敬軒は、2021年の年末から2022年年初にかけて、香港最大のライブ会場「紅館」でデビュー20周年を記念し、全18回の単独ライブを行う予定だったが、オミクロン株の完成拡大を受けて、1月6日以降の8講演を延期していた。
結果、さらに追加された講演を含む16講演が5月10日から29日にかけて開催されている。講演期間中には旧譜を含む張敬軒の楽曲が全体的に再生数を伸ばし、5月20日〜5月26日の週には、再生数上位200曲にキャリアの様々な時期の全17曲(*)をランクインさせている。まだリリース楽曲の少ない新人歌手たちには当然達成不可能な、ベテランならではの記録である。
またこの張敬軒のライブは、張天賦やMIRRORのメンバーら、新世代の若手歌手も連日ゲストとして招いており、そちらも併せて注目を集めていた。
(張天賦のゲスト回、1月)
(姜濤のゲスト回)
(陳卓賢のゲスト回)
また5月初旬にはMIRRORブームをネタにした動画『前夫的愛』も公開しており、その中で一人でMIRRORの12人のメンバー全員に扮する仮装を披露し、MIRRORファンの話題を呼んだ。
世代交代の進む昨今の香港の音楽業界で、若手歌手たちの「前輩」(先輩)としてのイメージをうまく演出し、人気を保つことに成功しているベテラン歌手である。
(6)MIRROR以外の再生数ランキング
ちなみに、2022年1月〜6月の再生数ランキングからMIRROR関係者を除くと、トップ20は以下のようになる。MIRRORを除外しても、香港の歌手勢が大部分を占めることに変わりはない。
張天賦と林家謙(テレンス・ラム)の活躍が目立つが、他にも女性歌手の鄭欣宜(ジョイス・チェン)や、男性若手歌手の曾比特(マイク・ツァン)と洪嘉豪(カーホウ・ホン)など、普段はスーパー人気者たちに埋もれてしまっている面々も登場している。
(洪嘉豪は顔がちょっと似ているので「香港版木村拓哉」と呼ばれている。)
この表で目立っている林家謙(テレンス・ラム)も、MIRRORを含む4月〜6月の再生数ランキングではあまり目立たず、週間トップ5入りもしていない。この期間は彼も完全にMIRRORに埋もれてしまった印象だ。
5月中旬には新曲『doodoodoo』もリリースしている。香港の景色とアニメーションを合成したミュージックビデオもかわいらしく、彼らしい軽快なポップ感に溢れた良曲だと思うが、2月リリースの『某種老朋友』ほどは伸びていない。
これは『某種老朋友』が著名作詞家の林夕の久々の作詞曲であり、特別な注目を集めたという事情があったためと思われる。
2022年にリリースされた主な新曲のリリース後5週間の累積再生数を比べると以下のグラフになる。
『某種老朋友』はリリース直後の再生数は、今のところ年間No.1だったことがわかる。それに比べると『doodoodoo』は一貫して伸び悩んでいる印象である。
6月末には同じ路線のポップな新曲『夏之風物詩』をリリースしている。これも夏らしい良曲に仕上がっている。日本風のモチーフを大量にフィーチャーしたミュージックビデオも楽しい(タイトルも日本語風である)。夏以降、下半期の巻き返しに期待したい。
新曲の伸び悩みといえば、1月〜3月のまとめで2022年の注目株として
取り上げた新人女性アイドルグループCOLLARも、1月リリースの1stシングル『Call My Name!』、3月リリースの2ndシングル『Never-never Land』と比べて4月末リリースの3rdシングル『Gotta Go!』は大きく落ち込んでいる。
これはリリース当初から、この楽曲がYOASOBIの『夜に駆ける』のパクリではないかという疑惑を持たれ、ネガティブな形で話題になってしまったからだ。このパクリ騒動については、すでに別の記事で取り上げている。
7月にリリースした4thシングル『OFF/ON』は、いろいろな意味でJ-POP風だった前作とは打って変わってK-POPグループ風のクールさを全面に出した楽曲だった。タイトル通り、この曲でしっかりと前作の騒動からの「再起動」を果たして、下半期にさらなる躍進を見せてほしい。
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