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ミュージックビデオの身体論③ 映像そのものがダンスする

3. 映像そのものがダンスする(目次)


イラスト:湖湖すず

3-1. 1981年、MTVの開局とダンスの不在

1981年8月、MTV(ミュージックテレヴィジョン)が開局した。毎日24時間MVを放映し続ける新たなケーブルテレビ局の登場によって、MVは急速に存在感を増し、一般家庭に浸透していく。象徴的なエピソードとして繰り返し語られるように、開局1曲目として放映されたのは、バグルスラジオ・スターの悲劇』(1979)だった。2年前に発表された曲ではあるが、オールドメディア(ラジオ)の死を高らかに宣言するその歌詞は、MTVという新たなメディアプラットフォームの誕生にふさわしいものだった。

MTV 1981 logo with yellow on the front side of the M, blue on "TV" and purple on the outside.

Wikipedia(英語版)には、MTV開局初日にオンエアされた作品がまとめられている。リストを順に鑑賞して気づくのは、画面上に映し出されるアーティストのパフォーマンスは歌唱と楽器の演奏が大半を占め、ダンス主体の作品がほとんど見当たらないことだ。MTVアワードの受賞作品やノミネート作品を見ても、ダンス主体の映像は選ばれていない。2023年現在、MVにおけるダンスの人気と重要性を思えば、この存在感の無さはかなり意外に感じられる。

MTV開局初日のオンエア作品の中でダンスが登場する僅かな例外としては、デヴィッド・ボウイBoys Keep Swinging』(1979)が挙げられる。とは言え、本格的な振付や派手な動きがあるわけではなく、舞台上で歌うボウイがリズムに乗って身体を動かしている程度のものだ。カメラが捉えようとしているのはあくまで歌唱する姿であり、「ダンス主体」のMVとまでは言い難い。

デヴィッド・ボウイ『Boys Keep Swinging』(1979)

同じく「ダンス主体」とは言えないかもしれないが、作中にダンス要素を組み込み、現在のMVにも通じる演出が見られるのが、ブロンディの『Rapture』(1980)だ。同曲は白人女性歌手による最初期のラップ歌唱としても知られ、MVではダンサーのウィリアム・バーンズが振付を担当すると同時に自らも出演。白い燕尾服とトップハットを身につけ、アンクル・サムやアメリカ先住民、バレリーナなど様々なコスチュームを着た人々と共にダンスし、身体を揺らす。

ブロンディ『Rapture』(1980)

3-2. 多種多様な視覚的実験

MTV黎明期のMVでダンス以上に目立っているのは、やはりビデオのエフェクトやCGをふんだんに取り入れた視覚効果や、奇抜な撮影・編集である。古典的ハリウッド映画のように淀みなく物語を語るための型や制約に縛られる必要のないMVは、前衛映画や実験映画、ビデオアートの伝統とも直接的・間接的に結びつきながら、多種多様な視覚的実験を繰り広げていく。

MTV黎明期を象徴するMVの一例として、ここではカーズの『You Might Think』(1984)を挙げておこう。コンピュータ・グラフィックスをふんだんに用いることで、アーティストを小人に変えたり、巨人に変えたり、蝿の体に頭部をすげ変えるなど、ユーモラスかつシュールな身体変形が行われている。また空間的にも、実写映像を加工することでその平面性・二次元性が強調されたイメージや、車やバスタブなど3DCGによって形成された立体的なイメージが組み合わされ、混沌とした世界観が形成されている。

カーズ『You Might Think』(1984)

同作は1984年の第1回MTVビデオミュージック・アワードで、マイケル・ジャクソンの『Thriller』(1984)やポリス『見つめていたい(Every Breath You Take)』(1984)を抑えて「最優秀ビデオ賞」を獲得。現在の目から見るとややチープに見えるCGも、当時としては新たな映像表現の始まりの予感に満ちていたからこそ、記念すべき第1回アワードの最高賞が与えられたのだろう。

MVと前衛映画・実験映画との結びつきの例としては、ピーター・ガブリエルSledgehammer』(1986)が挙げられる。同作のストップモーション・アニメーションを手がけたのは、リップシンクによるクレイ・アニメーション『会話の断片』(1982)で知られるアードマン・アニメーションズと、ヤン・シュヴァンクマイエルに影響を受けて前衛的な作品を多数手掛ける映像作家ユニット、ブラザーズ・クエイ。『Sledgehammer』でも、コミカルさと不気味さが同居する世界観や、ジュゼッペ・アルチンボルドの野菜や果物で顔を形作る肖像画など、クエイ兄弟が得意とするシュルレアリスム的な映像表現を見ることができる。

ピーター・ガブリエル『スレッジハンマー』(1986)

3-3. 映像のダンス

また同年のMTVビデオミュージック・アワードにノミネートされたハービー・ハンコックRockit』(1983)では、室内に設置された機械仕掛けのマネキンたちが奇妙なダンスを繰り広げる。人間を模したマネキンの身体は、頭部、手足、あるいは上半身や下半身といったパーツに解体された状態で機械装置に組み込まれ、決まった運動のパターンを反復する。そのぎくしゃくとした痙攣的な動きが、物理的な機械の操作のみならず、事後的な編集によってより強調されていることに注意しよう。マネキンの身体は、①機械装置に組み込まれる段階と②編集の段階の二度にわたって断片化された上で再構成されている。編集によって作り出された動きやリズムもまた「ダンス」をする身体の一部となっているのだ。

ハービー・ハンコック『Rockit』(1983)

編集のリズムがそのままMVの身体であり、またその身体のダンスでもあるような映像表現を突き詰めたMVとして、コールドカット&ヘスタスティック『Timber』(1997)が挙げられる。同作では、細かく切り刻んで断片化・素材化した映像と音響を再構成してリズムを作り上げていくという、サンプリング・カットアップ・リミックスの手法が用いられている。映像の制作と楽曲の制作が一体化しており、音MADの先駆けとして語られることもある。

コールドカット&ヘスタスティック『Timber』(1997)

本連載の第1回で、私は「画面に映るアーティストの身体のみならず、そのMV全体を一つの身体表象として、あるいは身体そのものとして見ること」を試みたいと書いた。その観点からすれば、『Rockit』や『Timber』はまさに、身体としての映像そのものがダンスを踊っているような作品であると言えよう。本稿では、このような種類のMVのことを「映像のダンス」と呼び、アーティスト自身がダンスを踊る姿を撮影・記録した「ダンスの映像」と区別することにしたい。

3-4. 編集が作り出すリズム

『Rockit』や『Timber』のように、アーティスト自身のダンスやパフォーマンスをそのまま見せるのではなく、映像の編集によってリズムを作り出すことを重視したMVは枚挙に遑がない。例えば連載第1回で紹介したニュー・オーダーの『Bizarre Love Triangle』(1986)、あるいはアメリカのロック・デュオ、ザ・ホワイト・ストライプスが2000年台初頭に発表したMVのいくつかを、その代表例として挙げることができるだろう。

ミシェル・ゴンドリーが監督を務めた『The Hardest Button To Button』(2003)では、楽曲のシンプルなビートに合わせて編集が行われ、メグ・ホワイトが叩くドラムやジャック・ホワイトのギターアンプが増殖していく。人間をコマ撮りすることでアニメーション化するピクシレーションに似た技法で撮られたMVである。

ザ・ホワイト・ストライプス『The Hardest Button To Button』(2003)

U2やカイリー・ミノーグのMVも手がけたフランスの映像ユニット、アレックス&マーティン(アレクサンドル・クールテとマーティン・フォゲロール)が監督した『Seven Nation Army』(2003)では、シンプルなカットつなぎではなく、画面中央下から迫り出してくる三角形のワイプの反復によって、映像のリズムが作り出されている。

ザ・ホワイト・ストライプス『Seven Nation Army』(2003)

『The Hardest Button To Button』の前年にミシェル・ゴンドリーが監督を務めた『Fell in Love with a Girl』(2002)は、ロゴブロックをコマ撮りしたアニメーションでほぼ全編が構成されている。アーティスト自身が画面上に映し出されることはないが、代わりにレゴブロックによって形作られたジャックとメグが演奏し、歌唱する姿が描き出されている。

ザ・ホワイト・ストライプス『Fell in Love with a Girl』(2002)

このMVが示しているように、「映像のダンス」は必ずしも生身で踊る身体を必要としないし、さらに言えば、そもそもカメラによって撮られた映像であることを必須の条件とするわけでもない。そこで次回は、実写映像の編集とは異なる仕方で「映像のダンス」を実現している作品群に目を向けてみたいと思う。

「ミュージックビデオの身体論」について

この原稿は、MVを撮りたいという学生や、研究をしたいという学生との出会いをきっかけに書き始めた。自分自身、これまで何を求めてMVを見てきたのか。そこから何を受け取り、何を引き出すことができるか。そういうことを考えるうちに「身体」というキーワードが浮上し、現時点の思考を整理するために、この場(note)を活用することにした。

また様々なMVを見るうちに、自分でも撮ってみたいと思うようになり、上述した学生の実習も兼ねて2023年3月に撮影を行なった。楽曲は昨年公開した映画『上り終えた梯子は棄て去らねばならない』の主題歌『Ladder』(2022)。出演の櫛橋さん、撮影の吉木さん、衣装・メイクの梶川さん、それぞれのアイデアや工夫を盛り込みながら制作を進めた。短編は普段あまり撮る機会がなかったので、面白さも難しさも含めて様々な発見があった。MV制作については、今後もあれこれ試してみたいと思っている。


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