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「音楽・平和・学び合い」(19)

◆【実践報告】
  中学校における臨床教育学的生徒理解(5)
  -生徒のナラティヴを引き出す音楽科授業- 

5.まとめ-東日本大震災を巡る「ナラティヴ」と音楽科の学び

 3・11以降、大木惇夫作詞・佐藤真作曲の、原爆を主題にしたカンタータ『土の歌』や、マイケル・ジャクソンらの『We are the World』を教材に選び、私が2011年5月に企画・実施したチャリティー・イベント(想い一つにつながる場)のことも紹介しながら、音楽を通して「この危機を乗り越える希望をいかに紡ぐか」について、様々に子どもたちと共に考えてきた。
日本臨床教育学会震災調査準備チームによる著作15)から、幾つかのエピソードを読み聞かせたこともある。音楽の授業だけでなく、総合的な学習や道徳の時間も活用して、あらゆる領域で横断的に「この時代をいかに生きるか」について考える機会を創り出そうともしてきた。

 しかし現実はそう簡単ではない。長く中学校で仕事をする中で、想いが伝わらずに自らが傷いた経験は数えきれない。授業で配布したチャリティ・イベントのチラシも捨てられて床に散乱し、ニヤニヤしながらお喋りをやめない生徒たちに集中することを求め、思わず感情を抑えきれずに強く叱責してしまうことも多くあった。その度に「一体自分は何をしているのか…」と切ない気持になる。

 こうした彼らの否定的な言動をも、子どもたちの生きづらさの表現として誠実に受け止め、冒頭で引用した庄井氏の言葉の様に、「その声を広げて語り合い、新たな課題、新たな希望を紡ぎ合う」しかないのだろう。子どもたちの声は、決して否定的なものばかりではない。想いが伝わり、未来への希望に満ちたナラティヴを紡ぐ生徒も当然いる。以下、2人の生徒が綴った希望あふれる語りを紹介したい。

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We are the worldを聴いて

 授業中、この曲を聴いたとき涙が出た。悲しいからでなく、温かい気持ちになったから。「3月11日の2時46分」日本にとって、世界にとって、忘れてはいけない数字が増えた。震災による傷はまだたくさんある。完全な復興には時間が必要だけど、それまで「歌の力」で頑張らなくてはいけない。
 今年も一年間よろしくお願いします。去年の合唱コンクールで、私は歌の力を知りました。クラスのみんなで、本気で笑い、泣き、練習して知りました。最後に大号泣して歌ったCOSMOSは忘れられません。今年の「合唱コン」では、その経験を生かし、1年生に「歌の力」を教えたいです。
去年以上に音楽の授業に力を入れたいと思います。

Change the World 世界は変えられる

 目をそむけるな 肌の色が違っていても目の色が変わっていても 
 僕らは仲間 僕らはみな兄弟だと 僕は信じてもいいよね? 
 生まれが違っていても文化が変わっていても 
 僕らは仲間 僕らはみな兄弟だと僕は信じよう 
 けれど今 君の兄弟たちが 今苦しんでいるんだ 
 目をそむけないで 彼らに言おうよ 「僕らはここにいるよ」って 
 見ているだけなのは もう終わったんだ 今やらないでいつやるんだ 
 僕らは仲間 僕らは兄弟だと 僕は 信じているよ
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 私が5分間鑑賞の取り組みを始めて14年が経過したが、その間大きく時代が変わり、子どもの質も変わってきた。しかし自分が好きな音楽について、あたかも自分自身のことであるかのように語る生き生きとした子どもたちの姿は変わらない。新たに改訂された指導要録においては、音楽科の「観点別学習状況による評価」の第2観点の趣旨として「思いや意図」が強調されるようになった16)。

 これを音楽によって喚起される「内面の声=ナラティヴ」として捉え直し、子ども一人ひとりに寄り添い「ナラティヴを引き出す契機としての音楽」を大切にしていくことが、これからの音楽科の学びにとってきわめて重要な課題となるのではないか。私としては、新教育課程の趣旨をふまえつつ、子どもの内的世界の表現としてのナラティヴに根ざした「学習者主体」の教育=発達援助実践を求めて、さらに研究を進めていきたいと考えている。

 自らを振り返り、世界に耳を澄まし、他者と協働していく力を育むにあたって、「聴き方の教育」17)たる「音楽科」の果たす役割は、今後ますます重要になっていくだろう。今後も多くの皆さんと協働して、子どもたちの発達に寄り添いつつ、彼らのありのままの声=ナラティヴを認め、紡ぐ音楽科の実践を、あきらめることなく坦々と積み重ねていきたいと思う。「子どもたちの声を聴く」ことこそ教育の不易の原点であることを胸に刻み、決意も新たに、粛々と実践を深めていきたい。

【注】
15)みやぎ教育文化センター・日本臨床教育学会震災調査準備チーム編 
  『3・11 あの日のこと、あの日からのこと 
     震災体験から宮城の子ども・学校を語る』かもがわ出版(2011)
16)国立教育政策研究所教育課程研究センター
       『評価規準の作成、評価方法等の工夫改善のための参考資料
                     (中学校 音楽)』(2011)
17)J.マーセル(美田節子訳)『音楽的成長のための教育』
                       音楽之友社(1971)p.15

===編集日記=== 
  皆様に支えられて「日刊・中高MM」第3331号です。
 笹木陽一さんの「音楽・平和・学び合い」、お届けします。
【実践報告】中学校における臨床教育学的生徒理解
 -生徒のナラティヴを引き出す音楽科授業- 
 本号で完成です。次回から「実践研究論文」として、
 『不登校をめぐる教師としての「自己物語」の変容』をお届けします。

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