30年前にダスビの演奏会にはじめて行った頃の話
2024年2月12日にオーケストラダスビダーニャ(通称ダスビ)の演奏会があります。
今回のパンフレットも50ページを超えたほぼ同人誌ですよ。
今年もそこになんか書いたので、演奏会の宣伝も兼ねて、noteにも転載しておきます。
もし演奏会に来たくなったらチケットを手配するので気軽に言ってくださいませ。
ダスビとの出会いとか
大学オケ3年のとき、2つ下のS波というチェロ弾きが、ダスビの第1回演奏会に出てた。
そのS波が部室で元気に7番を歌ってるのを聞いたのがダスビとの出会いだった気がする。
ミンナアタマオカシー、と嬉しそうに叫んでた。
オマエモナー、と思った。
この演奏会のビデオはS波の家で何回か見た。
ダスビの第2回目の演奏会は川口までH口と一緒に聴きに行ったんだったかな。
わりと寒い日だった記憶がある。
客席も人がいなくて寒かった。
でも演奏は力押しで熱かった。
そして打ち上げもとても熱かったらしい。
暴れすぎて、店の人に置い出されたよー、みたいな話を翌日S波に聞いた。
3回目の演奏会の頃は、千葉県のダムの管理システムを三鷹の某工場で缶詰状態で作ってた。
千葉県の水防システムの中には、今も私が書いたコードが動いてるかもしれない。こわいね。
アルバイトだったのに300時間近く働いてたような気がする。
ブラックな時代だった。
ダスビには、現場から路線バスに乗って聴きに行ったんだよね。
睡眠不足だったので寝ちゃうかも、と思ったけど、うるさくて全然寝れなかった。
客席にはやっぱり人がとても少なかった。
4回目は良くわからないけど壇上にいた。
芸術劇場にはお客さんが沢山来てた。
たしたか1600人ぐらいいたんだったかな。
やっぱり立地なのかー?、と思った。
なんか楽しかったので、その後も参加している。
今回も楽しいと良いなあ。
ただレニングラードを弾いてると、S波が狂ったように1楽章を歌ってる姿とか、3楽章がいかに良いか血走った目で説明してる姿を思い出して、ちょっと笑っちゃうんだよねえ。
がんばって真面目に弾きたい。
今年のチラシ
記念に載せておく。
今年も赤い。
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