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自選集「佐々木麦の手前みそそそ」

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これまで書いた作品の中から好きなものを集めました。
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記事一覧

掌編小説002(お題:南風と青年)

「南瓜に注意!」 何気なくテレビをザッピングしていたら、そんな字幕があらわれてぎょっとした。 世界のおもしろ仰天ニュースとかそんな類だろうか。南瓜が人間に猛威をふるう、そんなおかしな状況を想像しながらチャンネルを遡ると、しかし、真相はつまらないものだった。 「週末は南風に注意!」 たどりついたチャンネルでは天気予報がはじまったばかりだった。南風。「風」と「瓜」を見間違えたらしかった。時刻は午後6時34分。そろそろ夕食時だ、腹でも空いたのだろう。南風と聞いて、なんだか途

掌編小説004(お題:鳴かないカラス)

その昔、世界から「カ」が消失するというとても不可思議な事件が起きた。 原因は今なお解明されていないが、この事件は殊にカラスたちを困らせた。なにせ「カァ」と鳴けないのである。コミュニケーションの術を失ったカラスたちの世界は一時混沌を極めた。諍いの絶えない荒廃した時代だった。 あるとき、この事態を見かねた数羽のカラスたちが小さな隊を結成し、消失した「カ」の捜索をはじめた。 時代に乗じて好き勝手する無法者に説得を試みて襲われた者。人間の生活圏での捜索中に捕らわれ、駆除された者

掌編小説006(お題:扇風機の羽)

夏の、とても暑い日のことだった。 僕はまだ「うだるような」という言葉も知らない小さな子供で、そのときは、リビングでのんきにアイスでも食べていたと思う。 庭へとつづく窓のほうからコンと音が聞こえて、ふりむくと、そこにドラゴンがいた。トカゲに羽を生やしたような……そう、あれはたしかにドラゴンだった。 僕はしばらく、溶けだしたアイスの雫がぼとりとズボンの上に落ちるまで、ドラゴンを凝視して固まっていた。ドラゴンは「見えてる?」と言いたげに首をかしげてみせ、それからもう一度、鋭い

掌編小説007(お題:ワクワク紅葉狩り)

紅葉狩りとはなんですか? *****さん   2020/04/27 13:50:58 タイトルのとおりです。 親が「紅葉狩りに行こう」と言っていたのですが、紅葉狩りとはなんのことですか? すごく楽しみにしてるみたいだったのでなんとなく「行く」と言ってしまいました・・・ この質問に対する最優秀回答 *****さん   2020/04/27 14:12:14 こんにちは。 紅葉狩りとは、文字通り「紅葉」を「狩る」ことです。 紅葉は「もみじ」の他に「こうよう」とも読め

掌編小説009(お題:近距離のペンフレンド)

久しぶりの手紙に驚かれているでしょうか。 思えば十数年前、あなたにせっつかれてようやくメールを覚えてからは、もっぱらそちらでのやりとりが主流となりましたね。 私たちが手紙のやりとりをはじめたのは、奇しくもちょうど、今日のような秋の訪れを感じる肌寒い日のことでした。きっかけはあなただったこと、覚えていますか? 初めてあなたから手紙をもらったあの夜のことを、私は今でも鮮明に覚えています。 あなたの手紙は、まず大きく書かれた挨拶からはじまりました。そして、その日にあった出来事

掌編小説027(お題:カスタネットたぬき)

日差しは熱く、小さい身体でひぃひぃ言いながらお道具箱を持って帰っていたので、あれはたしか一学期の終業式があった日。帰り道の途中、用水路を越えた先で、わたしは一匹の狸に出会った。 「げぷ」 歩道の真ん中で、狸はあおむけに寝転んでいた。周囲には食い散らかした虫や果実の残骸がある。わたしは縁石をまたいだ。あんなの踏んずけたくない。 「もし」 急いで横切ろうとしたら、たぬきはだらしない姿勢のままなんと人間の言葉でわたしを呼びとめた。好奇心には勝てなかった。手提げをきつく握りし

掌編小説028(お題:きつねのゴン助)

ゴン助、という友達がいた。 正真正銘、平成後期の話である。僕は小学生だった。通学路の途中、田んぼの真ん中に突如木に囲まれた小ぢんまりとした神社があって、ゴン助とはいつもそこで会っていた。 ゴン助はこんな田舎に似つかわしくない麦穂を想起される美しい黄金の毛をした子狐だった。肉眼で見ることはできないが、瞼の裏に姿を思い浮かべることは容易だし、彼がそこにいるとき、たしかな「気配」を僕は感じていた。 友達とケンカしてしまったこと。テストで赤点をとったこと。給食を残してしまったこ

掌編小説032(お題:押入れの宇宙)

子供の頃、僕は宇宙人だった。 きっかけは、入学式のあとにクラスでやった最初の自己紹介。名前の順に一人ずつみんなの前に立たされ、名前と、好きなものやことを言っていく。たったそれだけ。たったそれだけのことが僕にはできなかった。 真冬の早朝みたいな重たい静寂。無数の目。ようやく先生が訝しげに僕に声をかけ、刹那、波紋のようにひろがっていくざわめき。めまいがする。かろうじて出たのは「あ」だか「う」だかという心もとない声。誰かが笑っている。僕だって笑いたかった。だけど涙ばかりこぼれて

掌編小説033(お題:きつねの婿入り)

「おつかれ」 「おー」 「てかさ、雨降ってね?」 「は?」 「晴れてんのに降ってる。ウケる」 「おー、狐の嫁入り」 「やば、さすが文学部。詩的!」 「経済学部だけどな」 「え?」 「経済学部だけどな、俺」 「毎日バカみたいに本読んでんのに?」 「うん」 「……まぁそれは置いておいて」 「今のモーションは投げとばしてた」 「これさ、なんで〈狐の嫁入り〉っていうの?」 「諸説あるらしいけど、まぁ、狐が嫁入り行列を人目につかせないようにするために雨を降

掌編小説035(お題:片足だけのサンダル)

どうして欲しかったのかはわからない。ただ、夏祭りの喧騒から隠れるようにひっそりと神社の片隅に開かれていたその不思議な露天の前を偶然通りかかったとき、欲しいな、と思ってしまったのだ。片足だけのサンダルを。 それは、ところどころについた泥汚れをものともしない、鮮やかな水色のサンダルだった。手にとったわけでもないのに、鼻の奥にたちまち濃い土や草のにおいを感じ、脳裏に雄大な青空が浮かびあがる。くるり。世界がまわった。心が弾む光景だった。 惚けたようにサンダルを見つめたまま、くださ

掌編小説037(お題:特売日のコロッケ)

台風の日はコロッケを食べる。会計を待っているあいだ、レジ横のホットスナックコーナーを見ながら、遊馬はそのおかしな風習のことを思いだしていた。 教えてくれたのは同じクラスの鈴木怜司で、その起源は十七年前に遡る。きっかけは某ネット掲示板の台風上陸秒読み実況スレッドに書きこまれた「念のため、コロッケを16個買ってきました」という言葉。以来、台風が接近するとコロッケを食べるという妙な文化はネットを中心に広まり、今では実際にコロッケを値引きする店舗が本当にあるというから驚きだ。 会

掌編小説040(お題:チョコシュークリーム)

妹の千世は泣き虫なので、よくクラスメイトたちからからかわれているようだった。だから、学校から帰る途中にある神社の石段でぐずぐずとべそをかいている千世を見ても、秋太は、またか、と思うだけだ。 無視して帰ろうと最初は足を止めずプイと通りすぎるのだが、しばらく歩くと、結局は踵を返して「なにやってんの」と声をかけてしまう。おにいちゃんってメンドくさいな、と、こういうとき秋太はいつも心の片隅でつぶやいている。 千世は涙でぐしゃぐしゃの顔をあげ、兄の姿を認めた。それから、なにか言おう

掌編小説041(お題:なくしたライターの行方)

かなた出版『実録! 怖い話・不思議な話』「特別コラム」より *** 先月、大学時代の後輩・Aから連絡があり、彼の住む古い木造アパートの一室を訪ねた。 なんでもそこは代々物書きが住んできたという部屋で、過去には書評家や週刊誌の記者、ルポライター、小説家の卵などが日夜原稿に向かいながら暮らしていたという。“未来の芥川賞作家”を自称するAも例に漏れずそこに住んでいるというわけだ。その肩書きから「自称」が外れる日は来るのだろうか……という話はさておき、彼がよこしたメールによれば

掌編小説044(お題:早朝の工場)

【管理部】 ディスプレイ右下に〈通信アリ〉の表示があらわれ、ポーンポーン、と電子音が鳴った。〈応答〉のボタンをタップする。「設置部チームβ・アカツキでーす!」こんな時間帯とは思えないほど爽やかで溌剌とした声がヘッドセットのむこうから多少の雑音をともなって聞こえてきた。 「こちら管理部、どうぞ」 「午前五時二十分、所定の座標にAK-4設置しました。これから帰りまーす。各部への連絡よろしくおねがいしますね」 「了解」 通信を切るなり、アケミは部署内の仲間たちと連携してす