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社会を考えるときのいくつかの「軸」「視点」

なぜイデオロギーの話なのか。

きっかけは、MPHの講義でイデオロギーについての自己認識の議論があったためです。きっと政治学の領域ではもっと丁寧な議論や実証研究に基づいた議論がされているとは思うので、今回の内容は雑感に過ぎない点ははじめにご了承ください。

その講義の先生曰く「健康増進というのは必ず政治的なものとなる」「健康やPublic Healthを重んじる、ここにいる学生は、健康第一になったり、科学優先になったり、平等を最優先したり、逆に全体主義や功利主義を最優先したりしがちである」「自分自身のイデオロギーや視点をメタ認知しなくてはいけない」とのことだった。

イデオロギーや価値観というのは昨今「お気持ち」と半ば馬鹿にされることもあるけれど、そういう個人の価値観などを軽視する姿勢もまたある一つの「価値観やイデオロギー」に裏打ちされているし、
「政治や政策はエビデンスに基づいて決定されるべきだ!」という真っ当である意味ナイーヴな主張もあるのだけど、それも真実や人間に対する一つの認識の仕方であったり、一定の価値観に基づいている。
今回のきっかけになった医療や健康に限らず、価値観やイデオロギーや思想はもっと意識されるべきだ、と考えていたので今回この話を書くことにした。

ある程度一般的な価値軸

まずその講義の中で「まず自分の立ち位置を確かめるように」と勧められたのがこのサイト

他に適切なものがあればこのサイトではなくてもよいし、
このサイトは英語版だけなので日本語版の似たサイトはこちら。

この英語のサイトでは、
①経済の軸: 
・経済左派、福祉、分配、大きな政府
・経済右派、市場主義、経済活動の自由、小さな政府
というような軸と、

②個人/国家の軸:
・リバタリアン、特に個人主義や個人の自由という文脈
・権威主義、国家主義、全体主義
という軸がある。

日本語版のサイトでは、同様の
①経済の軸
②個人/国家の軸
の他に

③外交の軸
・リベラリズム(国際協調、多元主義、理想)
・リアリズム(国家、安全保障)
④社会発展の軸
・進歩
・伝統
がある。

もう少し身近に落とし込む

もしかすると学問的にはこれくらいが十分で、過度に細分化されず、実用的な軸なのかもしれない。また時代や地域によるバリエーションを抜きにして一般化できるイデオロギー軸なのかもしれない。
しかし、日常的な感覚や議論にもう少し寄せて考えてみたい。
日本の文脈によせると

③の外交の軸は
戦後平和主義(9条護憲派) - リベラリズム - リアリズム  - 戦前回帰(的)派
と広がっているように思う。

④は2つの要素が絡んでいるようで、さらに②とも関連している気がする
④-a 価値観の軸
・価値観リベラリズム
・価値観保守
ここは、例えば同性婚やLGBTQ、外国人、夫婦別姓などの話題への姿勢をイメージしてほしい。

④-b 社会変化の軸
進歩-保守
ここでは、変化の速度の志向や、変化できない人や文化への対応への姿勢をイメージしている。

さらにこの④-bと関連の強そうな軸として、
・都市/科学/効率/サービス業や金融業
・地方/文化/伝統/冗長性(ここでは良い意味。昨今のリダンダンシーや余裕というべきもの)/一次産業
というのは大切な軸であると思う。ここに共通するものをうまく言語化できないのだけど…
④-c 都市/近代的と地方/伝統的の軸とでも名付ける。

②の個人自由-国家権威から④の分を差し引くと純粋に個人/国家の関係性やコミュニケーションのあり方が残る。つまり

②' 民主/権威の軸
・ボトムアップ/対話型/民主主義
・トップダウン/支配型/権威主義的なコミュニケーションの軸

さらに日本の文脈で不足する対立軸としては
⑤財政軸
財政放任-財政均衡-緊縮
のひろがり。

⑥気候変動/環境問題
環境対策急進-懐疑
の広がりがあるように思う。

ここまでに出てきた「軸」のまとめ

つまり一度整理すると
①経済の軸
②'対話/権威の軸
③外交安全保障の軸
④-a 価値観の軸
④-b 社会変化の速度の軸
④-c 都市/近代的と地方/伝統的の軸
⑤財政の軸
⑥気候変動/環境問題の軸
となる。

これらの組み合わせには、支持政党や世代などによって一定の傾向があり、クラスターを形成しているが、どの組み合わせも基本的にはあり得る。
このようなことを意識すると、各論で誰かに賛成して、いつものまにか思わぬ結果に導かれているようなことは避けられるかもしれない。
逆に、ある程度の妥協をすることの重要性と、逆にどこは自分は妥協できないのか、を意識することにもつながるかもしれない。

ちなみに僕自身は
①経済の軸 :大きな政府/社会
②'対話/権威の軸 :対話 (ただし英雄的な人への憧れも人並みに心の奥底にあるので自分自身の権威主義的な傾向も気をつけないといけない)
③外交安全保障の軸 :リベラリズムとリアリズムで揺れている
④-a 価値観の軸 :リベラリズム
④-b 社会変化の速度の軸 : 全体としては進歩よりだが、いわゆる改革派よりはブレーキを踏みがちだと考えている。
④-c 都市/近代的と地方/伝統的の軸 :これも同様。効率性や科学、システムなどを重視しているが、合理や効率への警戒心は強く、一定の不合理を残したいと感じている。
⑤財政の軸 : 投資はすべきだが、無制限の財政放任は危険と考えている。
⑥気候変動/環境問題の軸 :環境対策推進 気候変動に加え、生物多様性を重視したい。
というようなところ。

改めてなぜイデオロギーや価値観が重要なのか

ここまでつらつらと価値判断軸について書いてきたが、なぜこのような過程が重要か。
それは決してイデオロギーに縛られるためではない。
自分自身をメタ認知し、各論にとらわれて自己矛盾を抱えないよう大局観を持ち、価値観の異なる他者を説得するために活用するためだと考えている。

自分と他者をメタ認知するため

自分がどんなに正しい、自明だと思っている結論も、自分自身の中にある「価値判断軸」が前提となっている場合、それが異なる他者とはわかりあえない。
他者を説得する必要のあるときに、自分の価値観を認識し、基礎になるイデオロギーや思想の歴史的な議論や批判を踏まえることで、強み弱みを理解できる。
これは他者も同様で、そのひとの寄って立つイデオロギーを理解して、そこに歩み寄って(もちろん妥協できないこともあるだろうが)相手の価値軸で自分の主張をすることは「実を取る」ために必要なことだろう。

「正しい」対象を支持するため

各論に目を奪われていると、全体像のずれに気が付かないことがある。
例えば、社会保障にせよ、医療にせよ、政府の運営にせよ「無駄を削減する」という主張がある。僕としてもこの点自体は基本的に必要なことだと考えるし、支持する。
しかし、これが「持続可能な社会保障制度/医療制度へ脱皮させるために、無駄を削減する」のか、「そもそも社会保障制度などは国家の過剰な機能で、小さな政府を目指し、各自の自己責任とすることを前提として、無駄を削減する」のか、「国家全体からみて”無駄””非効率”とみえる部分を捨象するという意味で、無駄を削減する」のか、で最終的に目指す社会は全く異なる。
この点を考慮せずに、「無駄の削減」だけである勢力や政治家を支持すれば、望まぬ結果となるかもしれない。

社会保障制度の両義性

最後に、出発点に戻り、健康や医療とイデオロギーについて述べて終わりたい。
医療を含む社会保障制度は、特に経済の価値軸において両義的な立ち位置を社会の中でもっている。
日本においては社会保障制度は、資本主義に中に取り込まれた「チェリーピッキングされた社会主義的仕掛け」である。

よって、純粋な「市場中心主義」「小さな政府」を志向する者からすれば、基本的には医療や社会保障というものは
非常に左派的、平等主義的、社会主義的、再分配の性格の強い仕組みである。
あくまで一臨床家であれば自由市場だろうが原始社会だろうが、どこかに存在していたかもしれないが、少なくとも日本のメジャーは社会保障制度、医療制度、保険制度の枠組みの中で、医療や健康に関する活動は位置付けられることが多いはずであり、あまりに「小さな政府」を志向するのは自らの足元を崩しかねないことは留意すべきである。
Twitter(X)などSNSなどでは、無邪気に「社会主義」「共産主義」を批判したり馬鹿にしたりする医師も多いが、自身の立ち位置を歴史と制度の中に、よく客観視すべきであると考えている。

一方で、日本においては社会保障制度は、資本主義に中に取り込まれた「社会主義的仕組みのチェリーピッキング」であるので、外の大きな枠組みとして資本主義、経済自由主義があることが大前提である。
つまり、平等主義や再分配自体が大切なことは否定しないが、その「イデオロギー的立ち位置」のまま社会や他者を説得して、制度を改革することはできない、と自覚すべきである。
自分自身の心ではどう思っても自由だが、実利や社会実装、社会変革を求めるなら、経済自由主義や功利主義などに対しても響くようなアプローチが必要になる。

「お気持ち」とバカにしない


今回は、主に政治や現実社会への価値観を扱って、自然科学や社会科学、人文学的な「世界」の捉え方には触れなかった。が、これも同様であり、「世界に真実は存在するか」「存在するとしてそれはどのように認識できるか」によって異なる。
結局、なにかを主張するときには、このような視点や価値軸が前提として存在している。
はじめにも述べたように昨今は「お気持ち」と思想などを揶揄する向きもあるが、そのような者こそが自分の「視点:お気持ち」を最も客観視できていないのだ。

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