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帰国にあたって(後編)

(前半の続きです)

・地方都市の活気

ヨーロッパの国は、日本で感じているよりも一つ一つ小さな国です。
面積も狭い。人口も少ない。
大きいと思っている街も、日本の大都市と比較したら大したことはありません。
有名な話ですがパリは山手線の内側程度のサイズです。
イングランド第二の都市のマンチェスターやバーミンガムは、せいぜいどこか地方の県庁所在地クラスです。
札幌や仙台を超えるような街はほとんどありません。
電車にのれば、ほとんど農地や使用されていない空き地で、市街地の面積が狭いことはよくわかります。

 もちろん多くの街は観光で行ったところなので、観光資源が多少なりともあるところかもしれません。
その分、下駄をはいているとしても、人口5-20万程度の街が、活気を保ち、古い伝統文化を大事にし、それなりに平和に幸せに暮らしている。
そういう小さな町や、小さな国がちゃんとやっていけていることをみれば、
日本で多少人口が減り、経済規模が縮小することはそれほど怖くなくなります。
地方都市は参考になることが多いですし、勇気づけられると思います。
道州制のように、東北だけ、関東だけ…である程度独立して運営されることもイメージできます。
そういう意味でも、日本の希望を捨てずにすむきっかけを、ヨーロッパの街々の観光から得られます。

・政治

日本に帰国するにあたって暗い気持ちになる点もあります。
例えば、人口減少や高齢化はどの先進国でも課題ですが、日本ほど顕在化しているところはなく、財政も医療提供体制も真面目に考えれば考えるほど、打つ手のなさに暗い気持ちになります。
しかしなにより、政治や社会問題の議論のレベルの低さ、しょうもなさ。
イギリスのスナク首相による移民をアフリカに直接飛行機で送り返す法案も、大陸ヨーロッパでの右派の台頭もあまりいい話だとは思いませんが、あくまで政治的な「内容に踏み込んだ対立」です。
日本での政治の話題は、裏金、ウソ、癒着、失言や差別発言…など政策的な内容、価値観の対立レベルではなく、本当に低レベルなところが問題になっています。
イギリス政治が僕にとって他人事であるからこそ気にならない面もあるのかもしれませんが、日本に帰るにあたって本当にいやだと思うのは、こういうところです。 


・イギリスはアメリカよりも置かれた文脈が日本と近い

これは、留学自体というよりイギリスのよかったところです。
MPHの選択にも関わると思いますが、歴史、文化、国の設計思想や運用方法などイギリスや西ヨーロッパはアメリカよりも日本に近い面が多いのではないか、と思います。
MPH含め、留学というとアメリカ留学をする方が多いですが、学ぶ内容や目指すキャリアにもよりますが、イギリスやヨーロッパ諸国は選択肢としてもっと見直されてもよいのではないか、と思います。
それは学問的な背景文脈にも関わりますし、留学中の生活としても重要な要素に感じます。
実際、僕は医療人類学や医療社会学が強いオランダや、ベルギー、ドイツへの留学も検討していました。

・英語

英語は伸びたり伸びなかったり。
聞き取り能力は明らかに向上したと感じます。イギリス英語やその訛りに慣れて、久しぶりにアメリカ英語(日本ではこっちがメジャー)を聞くと違和感を感じるくらいイギリス英語に耳が慣れます。
WritingとReadingは少し良くなったくらいかな。
話す力は…意識しないと留学中にむしろ低下すると思います。なんとか横ばいくらいだといいな、と。大学院だと講義がない期間が続く時期もあり、その間は英語を話す機会が激減します。
授業中や議論のときの発言も、自分が本当に考えていることを表現しようと思ったらIELTS9.0必要なくらいで、入学基準では全然足りません。一瞬考えて…とか自分が言いたいことが言えないな…と一瞬悩んだら発言するタイミングを逃すことは何度もありました。
英語の練習をしにいっているわけではないので、自分の思っていることをちゃんと話せないのに、ただ「積極性」だけで発言しても仕方ないとも思うのです。とはいいつつ、なにかは言うべきなのですが。

シェアハウスや大学の寮などに入るなどして、ほかの学生と交流があればもう少し英語を話す機会はあったのかもしれませんが、僕の場合、妻といっしょに滞在していたのでそういう環境でもありませんでした。その代わり、妻と過ごす時間をちゃんととれたのはよかったのですが、家族帯同で留学する方は英語曝露の機会や話す能力の維持については戦略的であったほうがよいかもしれません。
僕はアプリを使ったり、コース内容を勉強するときに一部を音読やシャドウイングしたりするなどして工夫してみました。

・イギリスは、思っているよりも暮らしやすい

旅行しても感じますが、大陸ヨーロッパと比較して、イギリスは治安が全体的によいように感じます。少なくとも銃社会のアメリカや陸続きのEU諸国よりは安定しています。
また先の寛容さとも関連しますが、人の親切さも上位という印象です。日本よりも良い意味で「田舎のおっちゃん/おばちゃん」的なおせっかい/親切なひとが(特にWhite Britishに)多いです。
言葉も英語なので、ほかの言語圏よりはわかりやすいですし、
いろんな背景のひとが住んでいる前提で制度運営されているので、生活する上で住民登録や医療などで困ることはあまりありません。
NHSも課題を指摘されていますが、最悪救急車を呼べて、とりあえず待てば合理的な内容の医療を無料で受けることができる、と思えるのは、それなりに安心感があります。
家によっては水やお湯のトラブルはあるようで、当然日本ほど安定していませんが、水/電気はじめ交通インフラもちゃんと運用されています。デモがあっても、フランスのように破壊的なことにはならず、振替輸送をしてくれます。

・イギリスの食事もそれほど悪くはない

食事もまずいまずいといわれますが、意外とそんなこともありません。
シンプルな素朴な料理が多いですが、フランスのビストロや田舎料理ほどバターや脂が重くもないですし、日常的な料理はおいしいけれどそれほど華やかで豊富なわけではない印象です。イギリス/フランス/ドイツ/オランダなど北ヨーロッパの料理はどこもそんなようなもので、ことさらにイギリスばかり食べ物が悪いわけではないのでは…?
むしろスペイン、イタリアが異次元で美味しすぎるだけだと思いました。
いまは中華、インド、中東料理もあるし、日本食へのアクセスもよいです。自炊すれば物価も安いし、アジア食材へのアクセスは良好です。

 ・小説やファンタジーの世界は日常

くだらない話ですが、ハリーポッターやロードオブザリング的世界は、イギリスだと比較的日常の風景です。
特にハリーポッターは、ロケ地巡りなどもありますが、どこがというよりも多くの街並みやそこにいる人がそのままあの世界観です。
ちょうど世代だったので、これは小さなうれしいポイントでした。

・物価の高さと円安は辛い

逆につらかったのは、お金のことです。
よく言われるように、なんでも日本より高いです。
ラーメン1400円、マクドナルド1600円、バス一回400円、水のボトル300円…
さらに円安も拍車をかけました。僕が留学を計画した時点では、1ポンド165円。イギリスへ来た時には180円、そしていまは200円。気持ちとしては3割増しから1.5倍くらいにかさんだ感覚です。
結局学費400万円強を含めて、1年間で2人の生活費、家賃、旅行など娯楽費含めて1000万円以上かかりました。旅行しなければ余裕だったかもしれませんが、旅行のところにも書いたようにそれはそれでとてももったいないことだと思います。
しかも、収入がなくただ預金の減っていく通帳をみるのはなかなか精神的にも辛く…奨学金や派遣元の援助がないなら(損得では損をするかもしれませんしマネーリテラシーとしてはアウトかもしれませんが)銀行で留学ローンなど組んで少額でも留学中に定期的にインのフローがあると少し安心かもしれません。
とはいえ、2年間コースが多く学費もより高いアメリカよりも安いし、家賃や物価がもっと高いロンドンでなかっただけよかったと思います。
現状、ロンドン大学やアメリカへの留学はよほど計画的に資金確保するか、奨学金や派遣元の支援がなければ個人では行くことが難しいレベルになってきています。ヨークなどほかの地方都市にすれば学費も生活費ももっと安くなるので、イギリスの地方大学は個人でいく留学先としてアリなのではないか、と思っています。
僕個人の話をすれば、昨年度のGRIPS、結婚、留学と、収入が減って出費が増えるタイミングが重なりました。研修医の頃からしていた積立投資をすべて取り崩してこれらに当てました。もったいなくも感じましたが、こういう大きな出費のためにこそ投資/貯金をしてきたのだと自分では思っています。

 逆に、物価や為替について身をもって体験できたので、いま改めてマクロ経済学を復習したら、GRIPSで勉強した時よりも腑に落ちる気がします。

・冬の暗さと長さ、天気、気候

冬は辛いです。日が短いし、日差しも弱い。天気も悪い。
1年滞在くらいなら大丈夫らしいですが、ビタミンDサプリの内服や人工的に光を浴びるなどして、抑うつ状態になるのを予防する必要があるほどです。
慣れない外国で、英語で勉強し、もし一人で部屋で勉強して過ごしていたら鬱々としても全く不思議ではありません。
誰かと話したり、一時帰国したり、地中海諸国などへ旅行したり、計画的に対策することが必要だと感じました。

まとめ

たくさん書きましたが、シンプルにイギリス留学はとても楽しかったし、勉強になりました。
海外MPH留学というと、なんだか華やかなすごい世界のことのように感じるひとも多いと思いますし、実際そういう発信(「○○のビジネスコンテストに出ました!」「論文を何本も書きました!」とか)もありますが、日本の「公衆衛生」とイギリスの「Public Health」は似て異なる分野なので、興味があるひとがもっと気軽に留学にいけるようになるとよいと思いました

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