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浦和戦:小野伸二という花を

PCを開いたら13年前の同月に撮った写真を思い出として上げてこられた。下の画像は2006年の最終戦で、このあと準決勝まで進んだ。天皇杯の戦績としてはこの年のそれが今も最高位だ。

12月の最終戦は毎年いろんな思い出が作られていることを、過去に撮った写真たちが私にそれを教えてくれる。
昇格を喜んだ年もあれば、選手の引退を送り出した年もあり、なにもいいところもなく負けてサポーター同士で喧嘩した年もあった。そして今年の最終戦はまた特別な輝きを持つものになった。

コロナ禍で3万人どころか2万人の動員を数えることも難しくなっていた中では、とても久しぶりに見る人の波。人の並ばせ方も変わっているとはいえ(そもそも前回どう並んでいたかももう思い出せない)最後尾の看板を追って階段を上がって降りて延々と歩く。

ドームの遊歩道から入場に向けて並ぶ。
4年ぶりの大規模動員は現場の人達でさえ勝手を忘れていたり、あるいはそもそも初めての体験になったスタッフの方もあっただろうと思う。そんな中でも大きなトラブルも(たぶん)なくスムーズに入場出来た。みなさんおつかれさまですありがとう。

中に入るとドームのピッチの上には伸二へのメッセージ。
そして客席には赤と黒のシートが配置されてる。
人文字準備は冒頭に載せた写真の時代には自分も参加していた。階段の上り下りがつらい作業。近年はSNSで作業参加を呼びかけられていたけど、今回はそういう話を聞かなかった。

今回の作業に関わった友人に会って話を聞いたら、試合前日のチーム練習後に4~50人くらいで5時間ほどで作業は終わったっていう。思ったより時間かからなかったよって笑ってたけど十分に重労働だろう。とはいえSNSで呼びかければどうやっても意図しない方向に広まってしまうからねって。本当にね。

そういう自分も11月には最終戦の仕掛けについて相談を受けていた。SNSの中があれやこれやと誰が悪い彼が悪いと日々何かしらで燃えてる中で、クラブの宝でありそれ以上に日本の宝である選手の花道を飾るべく計画を立てて動いてる事に、私はただ頭が下がる思いがしてた。


数年ぶりの満員のドームは何をしなくても興奮に満ちていた。人の力はすごいものだ。相手側の浦和さんもアウェイスペースが近年最大。何の制限もなく遠慮なく出された彼等の声はやっぱり大きい。正直に言えば聴き惚れていた。選手紹介ではお約束のように伸二とミシャにブーイング。どんだけ好きなんだ。

伸二は先発でゲームキャプテンだった。
練習試合を見ても思ったけど、スピードこそ全盛期と比べられずとも、代名詞のボールタッチの柔らかさと視野の広さはずっと変わっていない。このままずっとこの試合を見ていられたらいいのになあって思ったすぐに、札幌側に選手の交代があって、ボードには44番の数字が書かれていた。そうか、序盤限定だったんだ。なんだか本当に夢から覚めるみたいな感じがした。

ホームチームの選手達が労いに駆け寄るのは当然そうだろう、けどこの日は浦和の選手達、それから両チームのベンチも総立ちになって足を二歩三歩前に進めて伸二に労いを送った。試合前に伸二にブーイングを送っていた浦和サポ側もそれを静かに見守っていた。彼等にとっても伸二はやっぱりレジェンドで、顔に泥を塗ってはいけない相手だと分かっているんだなって思った。昭和の任侠だなあ。

こういうときに一緒に気軽に拍手するような親和的なサポーターではない彼等の沈黙は、かえってその場の特別感を象徴するようで、他のどの選手でもこんな時間は持てない、小野伸二という選手が積み上げてきたものが為したそれは特別な時間だった。


その後は試合が普通に進行して、そして普通に負けた。
VARは最後までよくわからず(何が回転不足か基準がブレるのと一緒だ/競技が違う)、能動的に攻守をまとめている浦和さんに隙は全然見当たらなかった。
期待して始まった一年だったけど、成長と停滞が常に共存していることを目の当たりにしてた。選手が成長から熟成にターンを変える時、彼等の所属するチームが札幌でなくなる。育っては買われ売られしていく。壮大な花畑を夢見ては育てた株が開花間近で売られていっていつも畑は青々としてる。この畑に美しい花が咲き乱れるのはいつなの ねえ。

が、26年もそれを見てると徐々に達観の方が先に来てしまう。いつかの花畑を夢見ているはずなのに、もはや花が咲くのを楽しみにするというより畑を耕すことが本題になっているような気がしなくもない。それで別に悲しくもない達観。耕せる畑があるのはよいことよ。
とはいえこんな達観を皆が皆することもないので達観したくないファンの方々におかれましてはぜひとも油田を掘り当ててきてほしい。

いろんな選手の入れ替わりがありながらも来年8年目のJ1。シーズン終了翌日からもう先が思いやられる感じだけど、なんとか(カップ戦のチャンスは伺いながら)耐え忍んでいってほしい。やってるサッカーが攻撃的志向の割にこういうところは超絶守備専カウンターにならざるを得ない。金が、金があれば

試合後のセレモニーはゲラゲラ笑ってた。場内もどっちかっていうとそんな雰囲気だったと思う。試合前のブーイングの仕返しを元の監督からされるなんてなかなか見ることのない光景。それでも暴動を起こさず幕を出しコールを送ってたのには伸二への無二の仁義を感じたよ。


小野伸二という選手は、本当に普通に相手をリスペクトする人なんだろうと思う。試合前日に著書を買って一日で読んでその思いを新たにした。自分に見えないところで働いている人達のことが見えてる。そんなところも視野が広いんだなって。

CVSの納会のゲストで来てくれたとき、一年間のボランティア活動を振り返る動画を流すのにゲストの選手だから座って見てくださいと椅子を出されたのに、伸二はずっと手を前にして立って見てくれていましたね。その姿が一番の労いでした。

あなたのような選手のプレーを、とても長いこと身近で見ることが出来て本当に幸せでした。
北の澄んだ晴れた空の下で、芝生とお菓子の匂いの交じる中で、ボールを誰より楽しそうに繰る姿をたくさん思い出します。
本当に楽しそうでした。
見ている私(達)も、楽しかったです。とても。

本当にサッカーが好きでサッカーが楽しい、それを貫き通した現役生活だったと思うし、それは選手を引いても変わらないのだろうと思います。

育てる途中で株を持っていかれると書いたけど、その一方で小野伸二という他に類を見ない美しい花を植えることは出来ました。
この先も七転八倒しながら畑を耕しきれいな花を育てようと思います。腐っていてはいい苗も育てられませんし。ただ出来れば適時お力を貸していただければと図々しくも思います。

サッカーの楽しさを教えてくれてありがとう。
考えたけどこれ以上の言葉が見つかりませんでした。


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