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#38そもそも受験がわからない!

「学校行かないっす」と娘が言ってから3年が経つ。入学と同時に何事もなかったように行きもう3年生だ。
自分が歳を3つ重ねることよりも誰かと3年一緒にいたことで時間の経過を感じられる。
こういうとき「速いなあ」とつぶやきがちだけど、漏れ出すくらいだからやっぱり速いんだろうな。誰も手がつけられないときのミハエル・シューマッハを父と毎週見ていて同じように「速いなあ」と言っていたのを思い出した。いろいろあったこの3年は時速300キロでヒュンだ。

9月。この時期になると、というよりもっと前からなのだが、受験の文字が家のなかにゆっくり静かに漂うようになった。
そうか。受験生なのか。

僕は小学校と中学校、そして高校も勉強をしない人生だった。しないじゃない、知らないだ。
高校受験というものがわからない。何がわからないかって、全部だ。全部わからない。高校ってなんなのか、中学と何が違うのか、その先はなんなのか、さっぱりだ。
これだけは覚えている。進路をそろそろ決めないとヤバいよねムードの三者面談で担任と母へ「コウコウに行かないっす」と言った。すると2人から「いや、コウコウは行ってた方がいい」と言われる。
「小学校と中学校はクソな生活だった。これがまだ続くなんてクソだ」と反論したが、行ってた方がいいの一点張り。理由を説明してほしい。
気づいたときは自転車で通える私立校に合格していた。勉強しなくても受かるところだ。母は喜んでいたが「行ってた方がいい」に流された僕は微妙な気持ち。

PC画面には文字が打たれる場所で縦線が点滅している

イヤホンからAmazonmusicのジャズピアノが流れていて縦線の点滅ノリが妙に合っている

あのときの自分と同じ歳に娘がなった。
シューマッハが追いつけないスピードで22年が経った。ハミルトンがブイブイいわせ、フェルスタッペンがかっ飛ばしてる時代だ。
時速0キロでイスに座りキーボードを打つ僕は何ができるだろう。

僕の父と母は受験のことがわからなかった。スマホなんてなかったし、キラキラしたママ友コミュニティが苦手な母だ。情報がなかったのだと思う。そもそも関心もなかっただろうけど。それくらい大変だったんだろうと今思う。
妻に聞くと僕と同じような感じだったそうだ。なので2人でまずは受験ってなんなのか調べることから始めた。スマホ、ありがとう。
もちろん娘もわからないので一緒に歩を進めることになる。
「シリツ」ってなに?
「コウリツ」ってなに?
「バイリツ」?
「ヘンサチ」?
いやほんとこういうところからだ。わからないから娘にも伝えられないのだ。受験時の点数でその後の授業料に違いがあるなんて初耳だし。
”自分の将来をしっかり考えて進路を決めましょう”的なワードが学校で見聞きするらしい。
気持ちはわかるが、難しくないか。15歳で将来のこと、夢だなんて決めている人はどれくらいいるだろう。家業があるならまだ選択肢として見えそうだけど。
多くのことをすっ飛ばして”決めましょう”と言われても情報がなさすぎて混乱すると思う。あのときの自分も情報を欲しがったんじゃないかな。あと、親の背中ってやつですか。

中学2年で大学のオープンキャンパス、今年は高校のオープンキャンパスをいくつか行った。全て娘のチョイスしたところだ。親の同行が許される学校には僕らもついていく。大人になって入る校舎はなんだか楽しい。
生徒たち、みんな背ぇたっけ。足なっが。


今の15歳は自分のときとは圧倒的に違う。それは親もそうだ。
スマホがある。苦手な保護者コミュニティに入らなくてもその気になればいくらでも調べられる。個人的に進路指導の先生に聞くこともできる。自治体にも相談窓口があるから住んでる都道府県でググってほしい。
高校に行かない選択もある。昔と比べたら学歴への認識、学び方、収入、様々なことで考えやすくなった。
話をすると娘は高校に行きたいと言う。こういう会話の連続がとても大事だと思えるようになった。あのときの自分と会話したい。

僕は受験にたいして喜びはなかった。娘には自分で決める楽しさをたくさん経験してほしい。
そして嬉しいときは家族でシャンパンをかけ合いたい。



おかげさまで、生きていけます。