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向かいのベランダ 【習作百物語 #001】

高校時代の先輩の話。

彼女は、母と父の3人家族。小高い丘の上にある団地に住んでいた。
団地はそれぞれ5階建てで、3棟の建物がちょうど川の字に並んでいた。
4階に住んでいる彼女の一家は、日当たりが良いベランダにいつも洗濯物を干していたそうだ。

ある日曜日、買い物から帰ってきた母から洗濯物を干すように言われ、ベランダに出た。その時、彼女は不思議なものを見た。

物干し台からは向かいの棟のきれいに整列したベランダが見える。
その中の、ちょうど正面。

一人の中年の女が微笑みながら手を振っていた。

周りを見ても、他に人がいる気配もなく、確かに自分を見ている。
女の手の振りは異常にゆっくりで、一定間隔で振られ続けている。
手以外の体は凍ったように動かない。・・・なにか、違和感がある。

違和感の正体がつかめないまま、数十メートルの距離で見つめあっていると、中年女は口を開いて何かをしゃべりだした。

「ガシャッ」っと、部屋の中から何かが落ちる音が聞こえた。

後ろを振り向くと、家の中の母は、向かいの女をじっと見ていた。
母は、落として割れた卵を拾うこともなく急いでベランダに出てくると先輩の手を引いてカーテンを閉めた。先輩はその時になって気づいた。

あの中年女は、母と全く同じ服を着ていた。

後になって聞いたところによると、先輩の父とその中年女は不倫をしていたそうだ。

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