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私とオタ友と2.5次元


私には2.5次元舞台が好きなオタ友がいます。
彼女とは高校時代からの付き合いで、最初はお互い某数字の7に異様な執着を持つアイドルゲームにハマったことでよく話すようになりました。

彼女はそのうち2.5次元舞台にハマり、私を舞台のライブビューイングに誘いました。
その舞台は某人数がやけに多いアイドルゲームが原作でした。
私はそのゲームを未プレイでしたが、話は彼女からちょくちょく聞いていました。
私はせっかく誘ってもらったし、話を聞いて面白そうだと思ったので、一緒に見に行くことにしました。


その舞台は3作目だったので、知っておいた方がいい前情報はしっかりと教えてもらい、最後の曲で一緒にできる振り付けもうろ覚えですがチェックし、観劇しました。


結論、面白かったです。
顔がいいし、曲がいいし、クスッと要素もあるし、大満足でした。
なんなら公演後に、役者さん調べたし、曲聞きたいから声優さんが歌ってるバージョンをYouTubeで試聴したし、毎回公演後に役者さんがアップしていたオフショットを彼女から送ってもらったりしました。

ブームは確実に来ました。
その後、彼女と1,2作目をDVDで見たり、4作目をライブビューイングで見たりしましたから。


ただ、私は2.5次元舞台自体にハマったわけではなく、
よく知らないコンテンツの2.5次元だったから楽しめたのだと後に理解することになります。



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あるとき、私の知っている某劇団員のゲームが原作で、2.5次元舞台が制作されることになりました。
しかし、私は若干の抵抗感を覚えたので、一旦見ないことにしました。


後日、彼女がその舞台を「一緒に見よう」と誘ってきました。
私は、一度は2.5次元舞台を楽しめたわけだし、見たら考えが変わるかもしれないと思い、一緒に観劇することにしました。

その舞台は配信があったらしく、彼女の家でその舞台を見ました。
見終わった後、彼女が挙げたその舞台の良かったところは理解できました。
しかし、心から共感はしていませんでした。

失礼な話ですが、前回の経験や今まで聞いてきた話から「こういうところがいいんだろうな」「ここが好きなんだろうな」という点は把握していたので、話を合わせていました。
好きでおすすめしてくれたものに対して、「私には合わなかった」と言う勇気がありませんでした。
しかも、前回はハマったという既成事実がある中で、これは合わなかったという結論が通用するのか……
また、「オタ友と一緒に何かを見る」という行為自体は好きで、それをやめたくはなかった……
と、言い訳がましいことを言ってしまいましたが、諸々思う所があり、結果的に話を合わせることをしてしまいました。



現在も私は話を合わせ続けています。
そして、それに若干のストレスを感じています。
後戻りも今更できず、自分で蒔いた種をどう処理すべきか見当もついていません。
どうしたらいいのでしょうか……
正直詰んでいます。





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最初の2.5次元(アイドルもの)と次の2.5次元(劇団もの)で何が違ったのかを考えると、”自分が原作を知っているか or 知らないか”が異なっていると思いました。

原作を知っている場合、私はその形態で満足なんです。
本であれば、活字表現のままでいいんです。

別の形態になることで、今まで気づかなかった部分の解像度が上がることは理解できます。
しかし、私はそれに気づかないままでも十分満足してしまうのです。


また、私がリアルに近づいてくる解像度の上げ方を求めていない節もあります。



最後に2.5次元舞台を否定するつもりはありません。
私には合わなかったという話で、それならば黙ってろと思うかもしれませんが、思考の整理という意味で書きました。

誰かの苦手は誰かの好きかもしれない。
苦手からはそっと距離を置き、好きを叫んでいこうと思います。





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