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クジラと泳ぐはずが、サーカスを習った

クジラを夢見た陰キャが頑張るお話です。

1.夢だけど、夢じゃなかった


クジラと泳ぐ、という夢ができたのは今年の夏の終わりだった。

ある本を読み「墓場に持っていけるのは思い出だけ。金はケチらず、やりたいことを思いっきりやれ」という主張に納得した。

残りの人生でやりたいことを全部書き出してみることにした。

無心でやりたいことをポストイットに書き続けた。あることを書いた瞬間、心がドクンと揺れた。

「クジラと泳ぐ」

確かに、昔からクジラの雄大さが好きだった。
最近もクジラ特集の雑誌を夢中で読みふけったばかりだった。
けれど、「一緒に泳ぐ」はあまりにも恐れ多く言葉にしたこともなかった。イルカじゃあるまいし。

「クジラと泳ぐ」

改めて見るとワクワクする響きだ。
とはいえ、そんな事本当にできるんかいな。

船上からクジラを見るホエールウォッチングはよく聞くし、参加したことがある。

一人で沖縄に行った2年前。
カップルと、仲の良さそうな男子大学生3人組と、高そうな器材を背負ったカメラマン……。
にぎやかな人たちに囲まれ、一人ぼっちで船に揺られた。
ガイドが指を差すはるか前方、突如真っ黒なクジラが海面から飛び出し、歓声が上がった。

あのクジラと一緒に泳ぐ……。
いや、普通に怖くね?

遠くからでもかなりの大きさだった。
近くで、それも自由に動けない水中で見たらかなり怖い。
何ならちょっとした気まぐれで普通に食われそうだし、ヒレや尾が軽くぶつかっただけで、いとも簡単に骨折しそうだし……。

でも、一緒に泳いでみたい。調査開始だ。

2.調査開始!


半信半疑でgoogleで「クジラ 泳ぐ」と検索。すぐに何件もwebページが表示された。

あった。ホエールスイミング。

世界の様々な海でクジラと泳ぐ催しが行われているのを知った。
船でクジラを探し、見つけた途端海に飛び込み、近くまで必死に泳ぐらしい。

日本では、毎年冬にザトウクジラの親子が奄美大島の近海にやってくる。
次の1~3月の募集がもう始まっていた。

……本当にあるんだ。

心の奥では夢だったはずなのに、調べてすらいなかった。
夢は夢のままでいたい、という感覚を持っていたのかもしれない。
現実を知ると、届かないことを知ってしまいそうだから。

恐る恐る参加の条件を見てみる。
「Cカード保持者。またはドルフィン、ホエールスイミングの経験があること」と書いてあった。

ドルフィンスイム?そんな経験もちろんない。頼みの綱はCカード。なんだそれ。
横にいた妻がすかさず「ダイビングのライセンスのことだよ」と教えてくれた。

ダイビングかあー。

真っ先に頭に浮かんだのは、陽キャ大学生が仲間とワイワイ行く趣味だということ。
自分のような陰キャが一人で行けるシロモノではない。

「……一緒に行く友達いないし。一人で行くといじめられそうだし。なんなら水中潜るって怖いし」

昔からそんな不安や恐れや言い訳ばかりで、自分の枠を超えること、挑戦することから逃げ続けてきた。

でも、本当は……
人生を思いっきり楽しむ人たちに、内心憧れていた。
心の奥底では やってみたいという気持ちがずっと渦巻いていた。

もう十分すぎるくらい、今までいろんなチャンスを逃してきた。
いい加減、そういうダサさから卒業しよう。
エンジンは、もうかかっている。

クジラと泳ぐことを夢見た自分は、一味違うのだ。


さて、ここまでの調査でわかったことをまとめよう。
冬のホエールスイミングに今から申し込む。それまでにCカードも取得する。
そうすれば、ダイビングにチャレンジできる上に、クジラと泳ぐ夢も実現できてしまう。

計画はバッチリ。後はやるだけ。

3.いざ、実行


まずは、冬のホエールスイミングだ。

調べてみると、インスタグラムでクジラ専門の水中カメラマンの方を見つけた。
テレビにも何度も出演している有名人だ。

その人が、奄美大島でのホエールスイミングの参加者を募集している。
すぐにDMを送った。今までの自分からは考えられない。けれど今の自分は「インスタで有名人にDMを送る」ことだってできるのだ。

2月、3月に空きがあったのでとりあえず申し込む。
持参物の欄に聞いたこともないグッズの名前がいくつも書いてあったが、そのうちわかるだろう。多分。

後はクジラに間に合うようにダイビングのライセンスを取るだけ。
近場で格安でCカードの取得ができるお店を見つけた。即予約。今の自分は無敵だから。

学科講習二回と、1泊2日の海洋実習でライセンスが取得できるらしい。

申し込みの1ヶ月後、学科講習を終え あっという間に海洋実習の日になった。
送迎車に乗り込み、同じくCカード取得を目指す人達と挨拶を交わす。
一眠りしていると、あっという間に現地に到着した。

4.日下大サーカス


レクチャーを受け、器材をセットする。中性浮力と呼ばれる水中でのバランスコントロールが最大の肝らしい。子供の頃水泳を習っていたし、以前ライセンスを取った妻も「簡単だよ」と言っていたので、何の不安も無かった。

水に入り基礎動作を済ませ、インストラクターさんの後について移動開始。
ペアになった受講生が一足先に移動を開始する。気持ちよさそうに泳いでいる。

これでクジラへの道、一歩目スタート!そう思いながら自分も水を蹴った直後だった。

ぐるん。

……あれ? 深い海の底を見据えていたはずの僕の視界は、突如明るくなった。
これは、空?

海水越しに青空が覗く。そうか、ひっくり返ったのか。
戻らなきゃ……。

ぐるん。よし、成功。

と思ったのも束の間、また空だ。
あっという間に僕はひとり虚しく連続回転したのだった。

インストラクターさんが水中サーカスをする僕を見上げている。
マスク越しで表情は見えないが何となく分かる。困っている。

体勢を直しに助けに来てくれるが、手を離されるとそのたびに回転してしまう。
回りながら「下手すぎて補習になる人が100人に1人くらいいる」と聞いたのを思い出した。

あ、やばい。
俺、ダイビング下手だわ。

クジラへの道のりは、まだまだ遠い……。

奄美大島編に続く!(3月公開予定)

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