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第13回 「メトロポリタン美術館 武器・甲冑室」を訪ねて/「レトロ火器ご飯セット」を組む

最強の武器は何だろう

 「最強の武器は何だろう」という素朴な疑問は、子供っぽい好奇心として、誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。一方で、この質問の「的を得ていなさ」は、軍事の専門家ではない私でも、さすがにわかる気がします。

 もし軍事が、「無力化した敵兵の人数を競う競技」あるいは「ぶんどった領土の広さを競う競技」であるなら、最強の武器という考えに意味があるのかもしれません。しかし現実の軍事は、目的が明確な競技ではなく、当事者たちが勝手に決めたてんでバラバラな目的の達成を目指す、交渉のようなものです。交戦国の一方が「安全保障」を目的としていて他方が「経済圏確保」を目的としている戦争などは、歴史上いくらでも見られますよね。
 どういうゴールを設定するかによって、目的達成の難易度、妥協点の見出しやすさも全く異なるはずです。その意味では「どういう武器で軍事行動するか」よりも「何のために軍事行動するか」のほうが、よほど軍事の成否に影響しているといえるかもしれません。

 したがって、武器とは「強い/弱い」で論じられるべきものでなく、「さしあたっての目的にとって都合が良い/悪い」で論じられるべきものでしょう。今回話題にする武器は、まさにそんな武器です。持ち主の身分や財力を表したり、外交的メッセージを込めて贈答されたりした武器たちですね。前置きが長くなってしまいましたが、本記事では血なまぐさい話は全く出てきませんので安心してご覧ください。

メトロポリタン美術館の基本情報

 私は2018年ごろに、仕事でアメリカ・ニューヨークに三か月ほど滞在する機会があり、その際、毎週末のようにメトロポリタン美術館を訪ねました。メトロポリタン美術館は、言わずと知れた世界最大級の美術館で、ニューヨーク市民には”the MET”の愛称で親しまれています。

 メトロポリタン美術館はもともと公的機関により設立された博物館ではありません。設立のきっかけは1866年のパリにさかのぼります。パリ在住のアメリカ人が独立記念日を祝うパーティの席上、ジョン=ジェイなる一個人がスピーチをぶち上げました。「同胞で力を合わせて美術館を作ろう」。その場はおおいに盛り上がります。賛同に力を得たジェイは帰国後、コレクターや慈善家と協力して美術館構想を実現すべく奔走しました。その甲斐あって、1870年、ジェイは見事に美術館の開館にこぎつけます。

 1870年当初、美術館は5番街681番ドッドワース・ビルの一部を用いた小規模なものでした。しかし当時のアメリカは世界に先駆けて「アメリカ式生産システム」、現代でいう工業化を成し遂げて、大英帝国を猛追していた時代でした。アメリカに集まった富を原資にコレクションはどんどん拡張し、手狭になった美術館は移転を繰り返しながら大規模になっていきます。最終的には、1880年、5番街82丁目セントラルパーク内部の現在の位置に落ち着きました。巨大になった今でも、実はMETは私設美術館です。

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 建物は当初、ゴシック様式で建てられていたそうですが、20世紀を通じて何度かの改修が行われており、現在、5番街から見るファサードは、写真にみられるととおり、新古典主義の意匠で仕上げられています。このファサードは、最も大きい改修を手掛けた、リチャード=モリス=ハント(父)、リチャード=ハウランド=ハント(子)親子により設計され、1902年に完成しました(父モリスは1895年に死亡)。

海外美術館ならではのコレクション

 アメリカ・メトロポリタン美術館には、1912に創設された「武器・甲冑」を専門に展示する展示室があります。冒頭でも述べたように、ここでの武器は、基本的には工芸品です。日本でいえば、刀剣を鑑賞するセンスに近いかもしれません。メトロポリタンの武器コレクションの特徴の一つとして、火器の充実があります。日本でまとまった火器のコレクションを見ることは難しいので、海外美術館ならではの楽しみですね。

 小火器の歴史は14世紀に手持ちの大砲という形で始まります。ほどなくこれは小型化して銃という形が誕生しました。しかし当初は、大砲時代と同様に手で火薬に火をつけるという点火方式が用いられており、点火作業は操作者にとっても危険なものでした。初期の銃の歴史は、この点火作業をどのように機械化するかの歴史だったといえます。

 まず15世紀に登場したのは「マッチロック」。日本では1543に伝来した火縄銃として有名ですね。まず、ばねで付勢した火縄(マッチ)をセットして火皿に点火用の火薬を盛ります。引き金が引かれると、火皿に火縄が落ちて点火するという、おなじみの機構です。指でやっていたことをそのまま機械にやらせたことになりますね。

 更にヨーロッパでは、16世紀に「ホイールロック」という点火方式が誕生します。まずゼンマイで巻かれたホイールに点火用火薬を盛って火打石を押し付けておきます。引き金を引くと、ゼンマイがほどけてホイールが回転し、ホイール外周と火打石がこすれて火花が散って点火するという機構です。構え中、火を維持しておく必要がないので、騎兵銃として発達しました。騎兵の運用はお金が掛かるので、必然的に騎兵銃は貴族などの持ち物となります。その結果、工芸的な要素の強いホイールロック銃が後世に残ることになりました。

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 写真のものは、ミュンヘンで時計作りと鉄砲鍛冶をしていたピータ=ペック(1510-1596)の傑作で、コレクションの白眉です。銃身はエッチングと鍍金で、銃把は木象嵌で装飾されています。機構としても、ホイールを二つ設けることで連射を可能にした独創的なものです。彼のパトロンの一人だった神聖ローマ帝国のカール五世の紋章が確認できます。

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 こちらは、鉈と一体になった変わり種の銃です。ブレードには、カレンダーが刻まれています。とても実用的とは思えないので、記念品・贈答品の類でしょう。

 ホイールロック銃の活躍時期は、日本では江戸時代に相当しますが、このころは幕府の方針で、銃の輸入・開発は意識的に制限されていました。そのせいか現在でも、特にホイールロック銃のコレクションは、日本で見ることが困難です。

 そして17世紀には、「フリントロック」という点火方式が誕生します。このフリントロックこそ、点火機構の決定版として200年近く使われることになります。三銃士(The Three Musketeers)が使うマスケット銃もこの形式ですね。
 まず、火皿に点火用の火薬をもって、L字型の火蓋をかぶせます。引き金を引くと、火打石がL字型の火蓋を跳ね飛ばして火皿の点火用火薬に火をつけます。この機構の優れているところは、火打石でL字型の火蓋を跳ね飛ばす動作が、「火花を散らす動作」と「火薬を露出させる動作」を兼ねているところです。これにより、構え中の安全と安定した点火が両立できるようになりました。(もちろん、後の時代の薬莢を使ったライフル銃のような安定動作は望むべくもありません)

 METコレクション最古のフリントロック銃は、フランスのピエール=ブルジョイ工房の猟銃ですが、私の見学時は残念ながら展示されていませんでした。

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 写真のものは、フリントロックの小銃と拳銃2丁のフルセットです。メンテナンスキットが揃っている点でも資料的な価値が高いですね。鉛を溶かして弾を作る工具まで確認できます。当時の火器は、1回の発射ごとに「カルカ」と呼ばれる棒で銃身内部を掃除し、銃口から火薬と弾を込めなおすのが当たり前でしたから、このようなメンテナンスキットも身近なものだったにちがいありません。

 さて今度は、目先を変えて甲冑をみてみると、やはり中世のフルプレートアーマーが目を引きます。

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 聖堂風の大空間に馬上槍試合用の大槍を構えた一団が再現されています。
 馬上槍試合のプレートアーマーは、防具であると同時に馬と人体と槍を固定する固定具としても機能します。ここでは、私が前々からあるんじゃないかと思っていたものが確認できてうれしくなりました。

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 写真の首の後ろに注目してみてください。ヘルメットと胴体を固定する固定具が見えますでしょうか。馬上槍試合の大槍は当たると先端が砕けるようになっているうえ、前側から首を支える追加装甲も一般的です。しかしそれでも、馬の力をのせた衝撃の大きさを考えると、いささか不格好でも、この手の固定具は追加できる限り追加したくなりますよね。

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 また、追加装甲でバリエーション楽しむ、おしゃれな騎士も存在します。写真一番左が基本の鎧で、写真中央が騎乗用の追加装甲①です。写真右の2点が槍を固定する追加装甲②なのですが、写真一番右は「イタリア風」、右から二番目は「ドイツ風」でコンパーティブルになっています。大会のシーンに合わせて付け替えたのでしょう。

 最後にもうひとつ、目をひいたのがこちらです。この鎧は着用者が特定できています。誰の鎧だと思いますか。

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 実はこれは、ヘンリー八世の「晩年の」フルプレートアーマーです。装飾は全身エッチングと鍍金で華やかですが、ホルバインの肖像画にみられる恰幅のいいシルエットが鎧越しにも表れていますよね。
 この隣には、「若いころの」フルプレートアーマーも展示されています。そちらは装飾が控えめな一方でシルエットはすっきり痩せており、キャプションで年齢を確認した瞬間、少し笑ってしまいました。

これがほしくなった

 やっぱり、これを見た後だと、何か板金のメカメカしいものがほしくなりますよね。アイディアを求めて、あれこれ眺めるうち、こんなものが目に入りました。

 私の祖父世代が使っていた灯油(ケロシン)を使ったアウトドアストーブです。現在一般的なガスストーブは、ボンベを取り付けて簡単に着火できますが、ケロシンストーブの着火は大変です。燃料が完全燃焼できるように手押しポンプで加圧して、点火用燃料(アルコールなど)で点火ノズル近辺を温める(プレヒート)必要があります。

 これを見た瞬間、意匠・機構の面白さに大満足して、欲しかったのはこれだよと思ってしまいました。「火器」でもありますしね(アウトドアの業界ではストーブのことを「火器」とよぶ習慣があります)。

 ただ、何も手を動かさないのもつまらないなと思い、ジャンク品を買って修理することにしました。そこで、とりあえずジャンクのストーブを入手して、日本磨料の「ピカール液」で磨いて、鉛パッキンを適当な鉛板から自作して交換したところ、あっけなく点火できてしまいました。

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 ということで、今回はあまりハンドメイドしていませんが、こちらのご飯セットを組みました。クッカーはキャプテンスタッグの「ステンレス クッカー」です。プレヒートはアルコール燃料、点火はファイヤースターターを使って、フリントロックごっこで遊べるセットにしました。ご飯も普通に炊けますよ。

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 こんな感じにパッキングできます。ふだんは、金属同士が接触しないように新聞紙を間に挟んでいます(写真では見栄えの都合で外しています)。パッキングしたときのボリューム感は、サッカーボールくらいでしょうか。

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 さて、もちろんこのクッカーセットは、まったく実用的ではありません。遠い異国のコレクションの武器たちも全く実用的ではありませんでしたが、まあ、武器は強さを問うものではありませんからね。「金ぴかの板金のメカに、フリントで着火して、銀ピカの板金の釜でご飯を食べる」なんて、ヘンテコで楽しいじゃないですか。さしあたっての目的(人生を楽しむ)にとって都合が良い火器だなあと私は思いました。

  




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