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第5回 「#映える風景を探して」展を訪ねて/「花鹿のステンシル」をつくる

版画のもつ多面性

 西洋の美術史において、絵画・彫刻のような「純粋芸術」と、いわゆる工芸のような「応用芸術」が、区別されてきたことはご存知の方も多いと思います。この区別でいえば、版画は「応用芸術」と位置づけられることが多いように見えます。版画は純粋に「美をこの世に現すためだけにある存在」ではないというわけです。換言すれば、版画は様々な場面で、実用的な使命を負わされてきたということになります。

 写真のない時代を考えれば想像できることですが、文章で表現できない視覚情報を記録したり、文章の読めない層に物事を説明したり、肉筆画のコピー・代替物として画家の表現を広く普及させたり、という仕事はずっと版画が担ってきました。したがって多くの版画が、技法上の制約とは別に、「社会から求められる役割」により表現の制約をうけてきたと考えられます。たとえば、ホルバインの「ヘンリー八世の肖像」の説明をするための版画であれば、どんなに美の本質をとらえた表現でも、そこにダヴィンチの「モナリザ」が描かれていてはいけないというわけです。

 肉筆絵画に対して版画という表現媒体を考えるとき、「社会から求められる役割」による縛りにも注目したいと私は思っています。つまり版画とは、「誰がどんなふうに作ったか」だけでなく、「どんな実用に従属するか」によってもまったく顔を変えるメディアなのです。ひょっとしたらこの縛りは、当時の画家にとって、いまいましいものであったのかもしれません。しかしながら、その縛りが生む多様性は、後世の私たちに多くの示唆を与えて、何よりも楽しませてくれますよね。

展覧会の基本情報

 今回訪ねた展覧会は、東京都町田市の国際版画美術館で開催された「#映える風景を探して」展です。国際版画美術館は世界でも珍しい版画に特化した美術館です。

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コレクションは国内外の作品で構成され、デューラーやレンブラント、近世浮世絵などの王道のみならず、新版画の展覧会にも早くから取り組むなど意欲的で活気のある美術館ですね。「#映える風景を探して」展は、版画を中心に16-19世紀の西洋風景画にフォーカスした展覧会です。「カメラオブスキュラ」や「幻灯機」などの展示もあり、ガジェット好きも楽しませてくれますよ。

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 「社会から求められる役割」により表現に制限がかかるという先述の観点でみると、この展覧会の「映える」という切り口は面白いですね。展示されている版画たちの中には、「画家が『フォトジェニックな風景を描きたい』といって描いた」訳でないものが多く含まれています。むしろ、「読者・版元の『フォトジェニックな風景をみせてよ』という要望に答えて、画家が飯のために職能をふるった」という経緯を持つものが多いです。しかしそこは画家も「己を表してたつきの道をたてる人達」ですから、どうしてもアウトプットに「己」がのってくるわけです。そこの塩梅が面白いですね。
 もちろん、社会の要求など全く無視して(あるいは適当にごまかして)自己の表現に邁進する画家たちの「作品」も多く展示されています。そして、そちらはそちらで面白い。この多様性こそ版画の真骨頂ですね。

 このあたりの事情は、現代のインターネットの表現者とよく似ていると思います。SNSで映える写真をアップする人たちには、「美しい写真を表現したいから」というのとは違う動機で動いている方が多く含まれていると思います。「フォロワーにうけるから」というのはまだ純粋芸術に近い思考で、「SEO対策のため」や「アフェリエイトを踏ませるため」という完全に実利的な理由で行動している人も多くいるであろうことは、想像に難くありません。これを不純だと断じることは、もちろんできるのかもしれませんが、私はまあ目くじら立てることはないと思っています。行き過ぎこそ見ばえのいいものじゃありませんが、基本的にはいろんな思惑から生まれる多様性を愛でたいですね。

 ところで大変残念なことですが、2021/4/25-2021/5/11まで国際版画美術館は、新型コロナウィルス感染症拡大防止のため臨時休館しています。しかし休館が解除された折には、ぜひ展覧会に足を運んでみてください。版画とういうのは、まごうことなき複製芸術のはずですが、実物は不思議とアウラが感じられるものです。実物を見る甲斐はありますよ。

展覧会の感想

 歴史を追いかけながら進む展覧会ですが、19世紀ごろにリトグラフが登場するまでは、基本的に銅板線画のお祭りです。展示室まるまる二つ分、エングレービングやエッチングを駆使した作品をずらっと並べて楽しめます。

 エングレービングというのは、「ビュラン」という太い柄に細い刀身の刃物で銅板に溝を掘り進む技法です。聞いているだけで肩に力が入りますね。実際にこの作業は大変で、習得に時間がかかることでも有名です。どの技法書も最初はビュランの研ぎ方から始まり、職人たちも道具には一方ならぬこだわりをもっているそうです。

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 これがエングレービングの線です。後述するエッチングの線に比べてかっちりした印象を持つのではないでしょうか。日本の芸事の格式を表す言葉に「真(正式、神事など高い格式)・行(中間)・草(コンテンポラリ、日常生活に近い)」というのがありますが、「版画の『真』」という感じですね。時代を経るにつれて線の肥痩のつけ方が巧みになってきて、19世紀ごろには、線の集まりで面を表現する技術など他に類例がない領域まで到達します。

 対して、エッチングというのは、まず銅板に保護膜を塗布して、鉄筆で引っ掻いて図像を描きます。引っ掻いた部分は塗膜がはがれるのですが、この状態で薬品につけて腐食させます。塗膜のはがれた部分は薬品で溶けて、これが銅板上の溝になるわけですね。

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 こちらがエッチングの線です。軽妙で闊達な印象を持ちませんか。鉄筆で描くだけで線が引けるので、エングレービングの一線入魂という重厚な線とはまたちがった魅力がありますね。先ほどの真行草でいえば「版画の『草』」という感じです。

 このころの版画の役どころは、「絵画の複製」と「書物に付随する図版」というのが大きいのですが、レンブラントのように版画作品として自分で作る(職人を抱えるのでなく)画家も存在します。彼ら・彼女らにとってエッチングは採用しやすい手法であったに違いありません。

 展覧会テーマの「映える風景」は、例えば「書物に付随する図版」としての役割において重要です。イギリス以外は地続きの欧州のこととはいえ、当時はだれでも海外旅行などいける時代ではありません。だからこそ、「異国はこんなふうなんだよ」という情報は心躍らされるものですし、もしグランドツアーなどで異国を尋ねる好機を得たならば、力いっぱいガイドブックを読み込んで準備するわけです。当時の海外旅行は、今の宇宙旅行くらいのイメージかもしれませんね。グランドツアーは欧州各地の貴族の子弟がイタリアに赴いて、「本場の」芸術に触れてきた実績を作るものですから、ガイドブックは本場感の演出のためにちょっと過剰演出気味です。それでいてあまりやぼったくないのは画家のセンスを感じさせますね。

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 写真が広く普及する19世紀まで、旅行者にとって「スケッチ技術を持っているかいないか」は、現代でいえば「カメラを持っているかいないか」と同じくらい、決定的な差でした。なので風景のスケッチは外交官の必須技能でしたし、それを学習するための技法書も多く発行されました。そんな技法書の一つも紹介されています。英語なので頑張れば読めるのがいいですね。図版入りの合理的な解説書です。

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 笑ってしまったのはこちらです。牧歌的な雰囲気の演出のために現地の農夫にポーズをとらせています。うんざりした農夫の顔が面白いですね。意地悪な画題だと思いますが、何点かよく似た画題のものがみられます。ひょっとしたら、「映える演出のためにちょっと滑稽な作為を凝らす画家たち」の姿は、当時から一般的なものだったのかもしれません。

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これがほしくなった

 今回ほしくなったのは、特定の作品ではなく何か「線の面白い」版画です。展示で見たエングレービングやエッチングなどの技法は、印刷用のプレス機が必要になります。町田市版画美術館はアトリエを開放して道具やプレス機を利用させてくれるようですが、今回はつい横着で手配する手間を惜しんでしまいました。じゃあ木版はというと、失くした彫刻刀を買いなおすのも面倒だなあと思って、たどり着いたのがこれです。

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 その辺にあった折り紙に筆ペンで絵を描いてカッターで切り抜き、ステンシルにしました。
 図案は、これまたその辺にあった図録をパラパラながめて、正倉院宝物の「紅牙撥鏤こうげばちるのしゃく)」が目に入ったので、装飾の一部を筆ペン用にアレンジしました。「花鹿」という、頭上に花を備える空想上の動物だそうですね。花鹿の図案では、菩提樹をはさんで二頭の花鹿が向かい合うというものもあるので、型紙の両面を使って印刷することにしました。

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 普段道具箱として使ている桐箱に型紙をマスキングテープで固定して、半分づつ「染めQメッキ感覚」のゴールドを吹きました。さらに型紙を外して地面のシルバーを吹きました。

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 ぱっと見は、何もないように見えて、角度を変えるとキラッと花鹿が浮かび上がるような感じです。右側がずいぶん滲んでしまっていますね。ステンシルの紙も、たまたま手に取った折り紙が和紙だったために細かいつくり込みができなかったし、そのうちちゃんと作り直してリベンジしたいなあ。

映える一枚

 国際版画美術館は、駅から徒歩圏にありながら、緑の深い公園の中に建っています。版画の描線に目を凝らした後に歩くと気持ちがいいですよ。緑の中におしゃれな建物やオブジェがあるさまは、それこそ「映える風景」だったので、つい何枚か撮ってしまいました。彫刻家、井上武吉の「my sky hole」シリーズの一つですね。上野の東京都美術館のものが有名です。

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 今回訪ねた美術館は、収集テーマもよく、コレクションも充実して研究も進んでいて、立地にも恵まれ、市民ともいい関係を築けていて、ぜひ頑張っていってほしいなあと素直に思える美術館でした。

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