『料理雑記その1:ナニモノなのか、そば稲荷』
日本に住んでいながら稲荷寿司を知らない人はいないだろう。
関東では甘辛く煮しめた油揚げに酢飯を詰めた、茶色い俵型のナイスガイ。関西では三角に切り開いた油揚げを出汁で煮て、ニンジンやシイタケ、レンコンなどの具材を混ぜた寿司飯を詰めるのが一般的だという。
通称「おいなりさん」。
日本国内で最も広範に信仰される農業神の1つである稲荷神は、五穀豊穣を司る日本神話のウカノミタマとも同一視されており、米を詰め込んだ米俵を彷彿とさせるその形から稲荷寿司の名をいただいた、という説がある。
また稲荷神の神使である狐は油揚げが好物であるという言い伝えから、というのも有名な話だ。地域によっては油揚げを使ったメニューを「キツネ」と称するところもあるという。もっともこの狐の好物の油揚げ、もとは大豆ではなく、あるモノを揚げたシロモノだった、という話もあるのだが...
なんにしろ特定の神仏や動物のイメージと強く結び付いた食品でもあり、その文化的な面も興味深いのだが、さすがに話が逸れすぎるのでこのあたりにしておく。
話を戻す。
この稲荷寿司、老若男女の区別なく一定の人気があることから庶民的な寿司屋だけでなくスーパーの惣菜コーナー、コンビニなどでも定番の一品である。
家庭でも手軽かつ安価に作れるため行楽や学校行事の弁当などで目にすることも多いだろう。
味に好みはあれど、これまで口にしたことがないという人は少ないのではないだろうか。
では今回のメニュー、そば稲荷はご存知だろうか?
まあ名前からある程度のイメージはつくかもしれない。
お馴染みの甘辛く煮た油揚げに包まれるのは酢飯ではなく茹でた蕎麦である。茨城県は笠間を発祥とする創作いなり寿司の1つで、同地では他にもクルミや舞茸などを使った変わり種のいなり寿司が名物だという。
笠間と言えば日本三大稲荷の1つ、笠間稲荷神社が有名だが、その門前町で生まれた料理であるらしい。
実はこのメニュー、いつどうやって知り覚えたのかまったく記憶がない。不思議な話だ。いつの間にかよく作るようになっていて、いつの間にかレシピも出来ていた。
食い物に関しては意地汚くも覚えの良い私にしては珍しいが、まあそんなこともあるだろう。
稲荷神の御使いに夢の中で教えられた、ということにでもしておきたい。
若年性健忘症? 知らない言葉ですね。
酒が脳のよくない所に効いている? オーケイちょっと屋上にいこうか。
~作りかた~
材料:蕎麦(生でも乾麺でも)、キュウリ、長ネギ、天かす、濃縮めんつゆ、ゴマ油、酢、稲荷寿司用の油揚げ、わさび、白ゴマ
①稲荷寿司用の油揚げを用意する。お好みで煮てもよいが既製品でも問題なし
②キュウリを細切りにして更に½の長さに切る。ごく少量の塩で揉んでクッキングペーパーで水を吸っておく
③蕎麦を気持ち固めに茹でて冷水にさらし、水をよくきる。半分から3等分くらいにカットする。
④ボールに②、③、刻んだ長ネギを入れて稀釈そずにめんつゆであえる。めんつゆはそば一束に対して大さじ1.5くらい。さらに小匙½のゴマ油、小匙½の酢を加えたら軽く混ぜて、天かすたっぷりとお好み量のわさびをも加える。
⑤油揚げに④を詰めて白ゴマを散らしたら完成。
※酢とゴマ油で時間がたっても蕎麦が伸びにくいので弁当にも使えます。
※お好みで刻んだ茹でオクラ、大葉などを入れても美味。
※ワサビが苦手な方はいれなくてもいいし、お好きなら後から追加で乗せて食べるのもあり。
よく味のしみた油揚げを噛みきる。
出汁が染みだす。はらりと舌の上で蕎麦がほぐれる。
蕎麦の香りが瑞々しいキュウリの食感と合わさって鼻の奥から口内までを楽しませる。
油揚げの甘味と天かすの食べ応えが、また1つと皿に箸を伸ばさせる。
一息ついて熱い番茶が舌を流せば、満足感がゆっくり腹へと降りていく。
…あれ? 酒は?
ま、まあ最初くらい酒のつまみじゃなくてもいいか。
それにしてもこの料理、私としてはそのネーミングに不思議を感じる。
油揚げで包まれているから稲荷だが、その中身は天カスの入りの蕎麦、即ちタヌキ蕎麦なのだから。
タヌキがキツネの皮を被ったか、キツネがタヌキを呑みこんだのか。
だがしかし、大阪では油揚げをのせた蕎麦をタヌキと呼ぶし、京都では刻んだ油揚げをのせたタヌキ蕎麦があるという。
そうなるとまた話が違う。
油揚げがタヌキならば、こいつはそもそも狸寿司になってしまう。
ちなみに大阪では天カス入りの蕎麦はハイカラと呼ばれる。となれば大正浪漫までもがあふれだす。
なんなのだこれは。化かされているのだろうか。
はて、そういえばキュウリも使っているじゃあないか。するとカッパまで参戦してしまう。緑のアイツが息を切らせて駆けてくる。
キツネとタヌキとカッパ。
日本昔話のスーパースター達が私の脳内のリングで三つ巴のマイクパフォーマンスを繰り広げ出したトコロで収集がつかなくなった。
このあたりで筆を置きたいと思う。
それにしても、とまた私を悩ませる。
ナニモノなのだ、そば稲荷...
コーン、と遠くでキツネの声が囁く。
「そもそも笠間のそば稲荷には、天カスもキュウリも使われていないがな」と...
最後まで読んでくれた貴方に感謝を込めて。
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