見出し画像

12_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。

↓ 前話はこちらから


「あ!」

ばあちゃんはニカッと笑うと、リュックに手を突っ込んだ。そして何かを取り出した。ばあちゃんの手にはみかんが握られていた。
「食べます?」
ばあちゃんはネズミにみかんを見せた。
「よろしいんですか? ぜひ、いただきたい!」
ネズミは嬉しそうに、尻尾をぴょんと跳ね上げた。

「もちろん! この時期のみかんは甘くて美味しいですからねぇ」
ばあちゃんはそう言うと、「外の皮を向いてからお渡ししますね」とみかんの皮をぺりぺりと剥き始めた。
ばあちゃんが皮を剥いている間、ネズミは手持ち無沙汰なのか僕に話しかけてきた。

「坊っちゃん、今日はおばあさまとご旅行ですか?」
「あ、はい」
僕は慌てて答える。
僕はすでにネズミが喋るとか服を着ているとか、そんなことはどうでもよくなっていた。

僕の答えを聞いて、「いいですねえ」と口先だけでネズミは答えた。
質問してきたのは自分のくせに、ネズミは僕の話には全く興味がなさそうなのが手に取るように分かる。なぜならネズミの視線はばあちゃんの手元のみかんにロックオンしていて、鼻は常に小刻みに動いているからだ。

どう考えても、みかんにしか興味がない。

失礼なネズミだ。興味がないなら、いちいち場繋ぎで話しかけないでくれ、と僕は思う。とはいえ僕も暇なのだ。せっかくなので、ネズミにひとつ質問をしてみた。
「ねえ、なんでさっきはそんなに焦っとったと? めっちゃ息が上がっとったけど」
ネズミはドキッとした様子で、体をぴょんと僕の方に向き直してこちらを見た。
「いや、ちょっと……」
ネズミのつぶらな黒い瞳が泳いだ。落ち着かない様子で、キョロキョロしながら周りを見渡している。

「いやね、猫に遭遇したんですよ」
「猫に?」
「そうなんです」
「それでなんで焦ると?」
僕の質問を耳にして、ネズミはキッと僕を睨んだ。

「猫には会いたくないからです!」
思わず大声を出してしまったネズミは、ハッと自分の口を抑えた。そして小さな声でささやくように言った。
「……います?」
あまりにこっそり聞くので、本当に嫌なんだなと僕は思った。僕はその場で立って、あたりを見回す。
「……いません」
ネズミの声の大きさに合わせて、小さく空気を少し震わせるようにして、息だけで返事をした。

ネズミは僕の返事を聞くと、
「ああ、よかった」
と胸を撫で下ろした。
「それより、電車に用がって言いよったけど、電車に用ってどういうことなん?」

僕が尋ねたのとちょうど同じタイミングで、ばあちゃんが綺麗に皮を向いたみかんをネズミに手渡した。
「ありがとうございます!」
ネズミはみかんを外の皮ごと受け取ると、そのまま座席にみかんを乗せた。皮を剥いたみかんを一房つまむ。

僕には小さなみかんだけど、ネズミが持つととてつもなく大きな食べ物みたいに見える。ネズミはその大きなみかんを、大口を開けて半分齧った。
「んんん! ジューシー! 甘くて美味しいみかんですね!」

ネズミは美味しそうにみかんを頬張った。口いっぱいのみかんの房を飲み込むと、残りの半分を一口で食べた。ネズミは小さな口を一所懸命に咀嚼しながら、何かを思い出したような顔をした。
「あ、そうそう! 坊ちゃんから、質問を頂いていましたね。電車に何の用がでしたっけ。相談事を電車でさせていただくことになってましてね。マリさんに相談させていただいてた件なんですけども」

僕はばあちゃんの顔を見た。
ばあちゃんは大きく口を開けた。
「わざわざ電車で?」
ネズミがこくりと首を上下に動かした。

「マリさんにご紹介いただいた先生が、今日は電車移動とのことで、移動中にご相談させていただくことになってるんです。先生も年末進行のお仕事があるようでお忙しいらしく、今日しかアポイントが取れなかったんですよ。私としても年内に解決したかったことですし、無理言ってお願いした次第です」

僕は、ネズミがあまりに大人な口ぶりで喋るので呆気に取られてしまった。このネズミ、なかなかできるなと思ったが、よく見ると木下に似ていてちょっと鬱陶しい気もする。

ばあちゃんは真剣にネズミの話を聞いていた。
「なるほど。先生も忙しいけんね。でも、なんでこの車両に?」

ネズミの体がブルっと震えた。
「それが、例の猫もいたんですよ! この前の2号車に! まさかですよ! もうびっくりしました。バチっと目が合ったもんで、慌てて逃げ帰ってきたんです。先生は1号車にいらっしゃるので、1号車で待ち合わせをしてまして。ああ、どうしよう。これじゃあ、1号車に行くのは……」
ネズミが項垂れた。

なんだかよくわからないことになったなぁ。
すると、僕の体がブルっと震えた。



↓ 次話はこちらから




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?