白雪美香は彼氏ができない!_最終話
↓ 第3話
15 白雪美香は気にしない!
チョコは眉間に皺を寄せ、顎に手を当てる。
「でもなぁ。ないと思うけどな」
そう口に出した後、自分を納得させるようにチョコは二、三度頷いた。
「ないかな~?」
ユキミは訝しげに宙を見た。視線を移す途中で、部屋の壁に貼っておいた山崎賢人のポスターと目があった。大きく黒目がちな目が、こちらとジッと見る。やば。やっぱりかっこいいわ、山崎賢人。ユキミがぼんやりとポスターを眺めていると、チョコがユキミの肩を叩いた。
「おい。帰ってこ~い」
はっと我に帰り、ユキミはチョコの顔を見た。現実に帰ってきた実感がある顔だ。
「ただいま」
ユキミがふわっと軽く笑う。
「何考えとったと? そんなに心配なん? 琥太郎さんと百合さんのこと」
少し困ったような心配げな表情を浮かべ、チョコはユキミをジッと見た。
そうだった。確かその話をしてたんだっけ、とユキミは会話を回想した。山崎賢人の顔を見つめていたら、琥太郎と百合のことはユキミの頭からすっかり抜け落ちていた。イケメンは悩みをも凌駕するのだな、とユキミは感心する。
琥太郎もイケメンではあるが、山崎賢人と比べてみたら対してイケメンではないかもしれない。いや、それはあまりに琥太郎に失礼ではないか。ユキミの最推しは山崎賢人であるが、彼は神のような存在である。一般人の最推しは現在、琥太郎なのだし、事実琥太郎はイケメンではないか。ユキミは車内や水族館でのことを回想して、遠くの山崎賢人より近くの足利琥太郎だ、とゆっくり一人で頷いた。
「焼け木杭は心配せんでいいって。どういう別れ方したかは知らんけどさ。そもそも百合先輩は自由奔放に恋愛したいタイプなんやろ? 琥太郎さんも軽い人みたいやしさ、ちょっと付き合ってみたって感じやないと? 本命というか遊びやろ。もしかするとお互いにいい人がおらんやったら、焼け木杭的なのもあるかもしれんけど、今はお互いに水族館にデートしに行くような人がいるわけやし。ユキミは心配せんでいいっちゃない? それにその百合先輩って、奔放に恋愛したいって言いよったんやろ? そしたら、わざわざ一回別れた人と付き合ったりせんと思うんよね。ユキミ、気にせず頑張れ!」
チョコはユキミの肩を再びポンと軽く叩いて、励ました。
すでに焼け木杭について心配していなかったユキミではあるが、チョコが自分のことを心底心配してくれているのが嬉しかった。
「うん。がんばる。そういえば、チョコとケイキも中学校の時に、ちょっとだけ付き合ったことあったよね~。なんか、あの時、一人だけ仲間はずれな感じがして寂しかったのを今思い出した」
「何を急に」
チョコは黒歴史を蒸し返されて、バツの悪そうな顔をした。
「でもなんで付き合い始めたんやったっけ?」
「何を急に、再び」
苦虫を潰したような表情を浮かべ、チョコはユキミを睨んだ。
いつもは余裕綽々なチョコが少し困惑したような表情を浮かべているのが面白くて、ユキミはさらに続ける。
「あれか! ちょっと彼氏が欲しかったとか彼女が欲しかったとかいうやつか! まあ、チョコとケイキは二人ともポケモンにはまっとったし、趣味が合ったけんね。でもなんで別れたんやったっけ? 対して好きでもなかったんやったら、焼け木杭もクソもないよね~」
ユキミはケラケラと笑う。
「うるさいっ! もう応援せんし、振られても慰めんけんね!」
チョコは眉間にぎゅっと皺を寄せた。
「ごめんて~。冗談やん」
両手を顔の前で合わせて、ユキミは何度も謝った。
16 青ひげペローは激怒した!
「あ、更新されとる!」
チョコはスマートフォンの画面を一瞥すると、画面をユキミに向けた。
二人はここまで読んで顔を見合わせた。
昨日の今日でもうフラれたのか、と思う。やっぱり百合も青ひげがダメだったのかもしれない。夜の薄暗い店内で見るよりも、昼間の明るいお日様の下で見る青ひげは、どんな男でもドンと恋な百合様でも難しかったのだろうか。
二人は続きをスクロールした。
17 白雪美香は妄想が激しい!
「琥太郎さん! 百合さんの家って知ってますか?!」
ユキミは琥太郎に電話をかけた。電話口で琥太郎が戸惑う様子がうかがえる。もしかしてユキミが元サヤを心配して、百合に突撃するとでも思っているのだろうか。
「知ってるけど……。何かあったの?」
怪訝な表情を浮かべているのが、声色でよくわかる。
「百合さんがヤバいんです!」
「何がヤバいの?」
焦るユキミと対照的に、琥太郎は冷静だった。ユキミは琥太郎と自分の温度差に苛立った。ユキミは青ひげペローの記事を読み、百合の命の危険を危ぶんでいる。完全に妄想が独り歩きしていることはユキミも薄々感じてはいた。なぜなら、チョコには心配しすぎだと言われ、ユキミの突発的な行動は阻止されそうになった。青ひげの危険な発言は狂言だろうから、動くなユキミ、と。
でも、ユキミは嫌な予感がしたのだ。女の勘あるいは第六感が危険を訴えかけてくる。妄想は雪だるま式に膨らんでいき、ユキミは百合の命が危ないと思い込んだ。そして雪玉が雪山を転がるように行動を始めた。こうなってはさすがのTOKIOにも、転がるユキミを止めることはできない。
一方で琥太郎はというと、ユキミが何を言っているのかさっぱり分からないと言った風だった。むしろ興奮気味なユキミに引いている。
「ちょっと今、仕事の休憩中なんだよね。何がヤバいのか簡潔に教えてくれない?」
琥太郎は大人な対応で、一応ユキミに理由を尋ねた。
ユキミは要点を説明した。青ひげペローの日記に書かれていたことや百合の命が危ないこと。
「大丈夫だと思うけどな~」
琥太郎が電話口で呆れたように言う。
「え? 何でそう思うんですか? だってほら、白井ユキさんだってもしかしたら青ひげに何かされたのかもしれないし。いや、かもじゃないんですよ。絶対白井さんも何かあったんですよ。青ひげに連れ去られたりしたのかも!」
鼻息荒くユキミが言うと、琥太郎はぷっと鼻で笑った。
「ユキミちゃんはそういうとこが可愛いよね。子どもっぽくて。でも、大丈夫だって、百合は。あいつは青ひげぐらいでどうにもなんないから」
百合のことを自分の方がよく知っているという言い方の琥太郎に、ユキミは若干苛立った。
それより、今まで美香ちゃんと言っていたはずなのに、いつの間にかユキミちゃんに変わっている。さらには子ども扱いだ。水族館デートがよくなかったのだろうか。あの後、青ひげの話で盛り上がった気がしたが、気のせいだったのだろうか。夕食時も楽しかったし。色っぽい雰囲気は微塵にも感じなかったけれど。
それにしたって、急に雑になった扱いにユキミは苛立った。
「もういいです。私は百合先輩が心配なんで、もう一度自分で連絡してみます」
ユキミが電話を切ろうとすると、
「ああ、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど。百合の住所送っとく。行く前はちゃんと連絡しておかないと家の中に入れて貰えないからね。ユキミちゃん、またマッサージ来てね。回数券も残ってるし。じゃあね」
と言って、琥太郎はあっさりと電話を切った。
18 白雪美香は緊張している!
大豪邸。
ここが百合の家なのか。ユキミは呆然と家の前で立ち尽くした。ドラマか映画、はたまた漫画の世界でしか見たことのないような家が、高級住宅街にズドンと鎮座している。大きな門の向こうには、どこに家があるのだろうかと思うような中庭。
どこまでも続くレンガ作りの壁の中に小さなインターホンを見つけると、ユキミは試しにポチりと押してみた。
ピンポーーーーーン。
閑静な住宅街に電子音が鳴り響く。
「はい」
百合のものではない妙齢の女性と思わしき声が、機械の向こうから聞こえた。
「白雪美香と申します。百合さんにお会いしたくお邪魔しました」
少し緊張した声色でユキミはインターホンに向かって声をかけ、誰もいない壁に向かってぺこりとお辞儀をした。
「白雪様ですね。伺っております。どうぞお入りください」
機械越しのその声が、ユキミを家の中へ誘導する。
ガガガガガと入り口の大きな門が開くと思いきや、大層な大きな門は微動だにせず、その代わりにインターホン近くの扉が静かに横にスライドした。ユキミは右足をゆっくりと持ち上げると、そろりと壁の向こう側に着地させた。
その時、ブワッと風が吹き、初夏の風がユキミの頬を撫でた。
鈴木園子か道明寺司か花輪和彦かという大豪邸の中に通され、ユキミはあんぐりと口を開ける。大豪邸の中には、いつも職場で見ている時よりも数段輝いている獅子王百合がそこにいた。
ま、眩しい! う、美しい!
ユキミはその眩い輝きに目を細めた。
普段も美しいのだが、このオーラをあえて消していたのかとユキミは驚く。
「先輩! なんで公務員なんかしてるんですか? こんなにお金持ちなのに!」
ユキミが開口一番そう言うと、百合は穏やかな笑みを浮かべた。
「ふふふ。ユキミちゃんにぜひ食べさせたいケーキがあるのよ」
大きな御殿に、美しい先輩、私に食べさせたいケーキ。ユキミの脳内からいつの間にか青ひげのことは排除されていた。
百合の案内の元、漫画でしか見たことのないような立派な部屋に通される。想像していなかった立派さにユキミは緊張し、右手と右足は同時に出ていて、さながらロボットダンスのような歩き方をしていた。それを見ていた百合はふふっと軽く笑う。
「ユキミちゃんってやっぱり面白いから好き。どうぞ座って」
光沢のある煌びやかな装飾のテーブルと揃いの椅子に腰かけるよう促されて、ユキミは自分で椅子を引く。滑らかなベルベット生地の椅子のクッションに触れ、ユキミは座ってもういいものだろうかと焦った。今更ながら自分の服装をよく見てみると、着古したゆるゆるのスウェットにキャラクターものの大きめのTシャツ。いかにも部屋着でみすぼらしい。
チョコがデートの結果を知りたいと朝っぱらからユキミの家を訪ねてきて、デートの報告をしていたところで青ひげのnoteを読んだんだった。ユキミは雪だるま式に肥大化した妄想に背中を押されて、慌ててスマートフォンひとつを手に、家を飛び出してきたことを思い出した。
ユキミは急に恥ずかしくなり、思わず俯いた。頬が熱くなり、顔が赤くなっていくのが自分でわかった。
「すみません。百合さん。こんな格好でいきなり訪ねてきて......」
ユキミがボソボソと呟くように言うと、百合は手をヒラヒラさせて嬉しそうに笑った。
「いいのよ、いいのよ。だって私のこと心配してここまで来てくれたんでしょ。その気持ちがとても嬉しいの。わざわざ休みの日に来てくれてありがとう」
「え、あ、いや」
毛玉のついたスウェットをみつめながら、聞かないといけないことがあるじゃないかとユキミは思う。
「それより先輩! 大丈夫ですか?」
ユキミは俯いていた顔を上げる。その途端、鼻息が荒くなる。
「私は大丈夫よ。ユキミちゃんからLINEもらって一応警備は強化しているけど、特になんの報告もないみたい。第一、青田さん、私の住所は知らないし」
百合は肩をすくめた。
メイドと思われる女性が、繊細な持ち手のカップをテーブルに乗せた。紅く透き通った紅茶をゆったりとカップに注ぐ。開いている窓から爽やかな風が入ってきて、風下にいたユキミの鼻を高価そうな紅茶の香りがくすぐった。
百合はそのカップをこれまた繊細な作り物のような白い手で持つと、ゆっくりと口に運ぶ。その所作がとても美しく、ユキミは映画のワンシーンでも見ているような気になった。
「そんなことより、このケーキ本当に美味しいのよ。浄水通のケーキ屋さんのケーキなんだけど、私好みにしてもらってるの」
ユキミは視線をテーブルに置かれていたケーキに移した。タルト生地のチーズケーキのようだったが、生地の中に青緑の斑点が見える。青ひげケーキ? もしや青ひげペローは、すでに百合の手によってチーズケーキの中に入れられたのか? とユキミはありもしない妄想を膨らませた。
「これって……」
恐る恐るユキミが尋ねると、百合は大きな目を大きく見開いた。
「あら? ユキミちゃん、ゴルゴンゾーラダメだった?」
ユキミは安堵した。
「青ひげじゃなくてよかった……」
ユキミの口から考えていたことが全て漏れ出ていたらしく、百合は博多人形のように整った顔をくしゃっとさせてケラケラと笑った。
「もしかして私が青田さんをめっためたに切り刻んで、チーズケーキにしちゃったと思ったの? さすがユキミちゃん! 想像が斜め上を行ってる」
百合は息も絶え絶えに爆笑し始めた。こんなに笑っている百合を見たことがないと思うくらいにゲラゲラと笑っている。百合はハァハァと息を整えて顔を上げる。百合の瞳には薄らと涙が浮かんでいた。
「ちょっと想像したらおかしくなっちゃって。バカにしてるわけじゃないの。ユキミちゃんが可愛くておかしすぎて。このチーズケーキ、安心して食べて欲しい。本当に美味しいのよ。ゴルゴンゾーラが苦手な人でも必ず美味しいって言うのよ。タルト生地のベイクドチーズケーキなんだけど、下にキャラメリゼしたナッツを詰めてあって、しっかりしたチーズケーキと一緒に食べても喧嘩をしないし、とっても美味しいの。はちみつとかブルーベリージャムもとっても合うけど、今日ははちみつにしましょうね。お酒とも合うし、すごく美味しいんだから!」
思わずユキミは生唾を飲んだ。青ひげのことなんてどうでもいい。今日はラッキーだ。こんなに美味しそうなケーキが食べれるなんて。
早く早くと百合に急かされて、白いテーブルクロスの上に上品に置かれた銀色のフォークを手に取る。銀色のフォークはピカピカに磨かれていて、指紋をつけることさえ躊躇われた。
ユキミはこんがりと焼かれた艶々とした褐色のチーズケーキにフォークを入れた。固いけれど固いだけではない柔らかさを感じながら、チーズケーキの底までフォークを入れるとカチッとしたナッツの感触がフォーク越しに伝わってきた。サクッとそのままフォークを下ろして、タルト生地をフォークで割る。
一口分のゴルゴンゾーラのベイクドチーズケーキをフォークに乗せ、口に運んだ。
口に含んだ瞬間、口の中にはちみつの優しい甘さが広がり、その甘さをかき分けるように塩気のあるチーズ生地がとろりと口の熱で溶けて流れてくるような感覚あった。鼻から心地よいゴルゴンゾーラの香りが抜ける。咀嚼するとナッツのカリカリとした食感とサクサクとしたタルト生地が口の中で音楽を奏でる。
「うんまっ!」
感動すら覚えるゴルゴンゾーラのベイクドチーズケーキ。ユキミの恍惚とした表情を見て、百合は満足そうに微笑んだ。
「めちゃくちゃ美味しいです!」
「でしょ? 好きなだけ食べていいからね」
百合は自分の目の前の皿をスッとユキミの前に差し出した。ユキミは、ありがとうございますとお礼を言って、ペロリと2個平らげた。3個目も食べたかったけど、流石に食べすぎかなと思ってユキミは遠慮することにした。
「じゃあ、せっかくだから持って帰って。私はいつでも食べられるから。それより、心配してきてくれてありがとうね」
キラッキラの笑顔で百合は微笑んだ。
ユキミは美しすぎるその笑顔に目眩がした。とりあえず、これだけの大豪邸でセキュリティも万全なら青ひげのことは大丈夫だろう。それより今は、一つ、いや、二つばかり百合への質問が湧いてきた。
「百合先輩、質問してもいいですか?」
「どうぞ」
百合が優しく微笑む。
「こんなにお金持ちなのに、なんで働いてるんですか? それと、足利さんとはなんで別れちゃったんですか?」
正直青ひげのどこが気に入ったのかも聞きたかったが、今となってはどうでもいい。ユキミは百合の生態と琥太郎との関係がとにかく気になった。
百合はそんなことが聞きたいの?と言う表情を浮かべながら、まあいいわ、と答えてくれた。
仕事に関してはいつも言っているように自由な恋愛がしたいからだと語った。家の事情もあるが、結婚も仕事もしないとなると、家のために結婚をしなければならない。甚だ時代錯誤だけど、と百合はため息をついた。
もちろん結婚したとしても、相手次第では婚外恋愛は自由になるかもしれない。ただ相手が自由な恋愛を許容してくれたとしても、世間体というのもあるので親がそれを許さないと百合は考えていた。仕事が好きだという体があれば、結婚もしなくていいし、恋愛も自由にできる。実際、仕事は嫌いではないし、家に篭っているより断然楽しい。公務員という立場は親も安心しているし、お互いウィンウィンなのだと百合は言った。
「それにユキミちゃんみたいな面白い子と出会えるしね」
百合は無邪気に笑う。顔面偏差値高すぎな笑顔。いつも見ているが、自宅にいるからなのかリラックスしている表情が、なんだか胸にキュンとした。恋に落ちそう、新しい扉か?とユキミは思う。
「あ、琥太郎のことね。っていうか、ユキミちゃん大丈夫だった? あの男、女の子を自分の自己肯定感を満たす道具だとしか思ってないから」
眉間に皺をグッと寄せて、百合は言った。
ユキミは思わず言葉を飲み込む。
「まさか、ユキミちゃんの好きな相手が琥太郎だとは思わなかったのよ。マッサージ師って聞いた時にピンときてればよかったんだけど。ごめんなさいね。琥太郎とは知人の紹介で知り合って二ヶ月くらい付き合ったのかしら。女をアクセサリーとしか思っていないようだったし。一見、とても優しくて紳士なんだけど、それはモテたいからなのよ。あいつの場合。確かに顔もいいし、優しいんだけど、性根が悪いというか、天然というか。まあ、ちょっと遊ぶにはちょうどいいタイプなんだけど。ユキミちゃん、本当の恋を探してるじゃない? 心配してたのよね。どハマりするとよくない相手だなって」
ユキミは首を振った。
「どハマりは、してないと、思います.....」
19 白雪美香は彼氏が欲しい!
「だってよ。ユキミ」
チョコがユキミをチラリと一瞥する。
焼き鳥屋のテーブルに突っ伏して泣いているユキミの肩を、ぽんぽんとチョコは軽く叩いた。
「ペロッター、ポジティブ過ぎ。私はこんなふうに考えられんし。もう立ち直れん。あんなにデートは楽しかったのに!」
ユキミは顔を上げて、涙をぐっと拭う。
日曜日に百合の住所を聞いた時のやり取りで、なんとなくフラれるのかなとは思っていたけれど、あんなにあっさり告白をなかったことにされるなんて、流石のユキミも想像だにしていなかった。
百合の無事を確認したユキミは、報告も兼ねて琥太郎に連絡を入れた。
《百合さん、大丈夫でした》
しばらくしてから琥太郎からメッセージが入る。
《だろうなと思った。すごかったでしょ? 百合の家》
《すごかったです。まじで本当に》
続けてユキミはメッセージを送った。
《次、いつ会えますか?》
もちろんユキミはデートのお誘いのつもりだった。
《あ、予約? ありがとうございます。今の所、平日の夜は木曜日以外は空いてるよ》
返信を読んでユキミは肩を落とした。
《そうじゃなくて……》
とユキミが送ろうとしたとタイミングで、続けてメッセージが入る。
《あ、博多弁がかわいい子と合コンしたいんだけど、ユキミちゃん、友達とかで誰かいい子知らない? ユキミちゃんのタイプの人も教えてもらえれば、タイプの男、紹介するよ~!》
ひどい。酷すぎる。
琥太郎はユキミの気持ちを知っている上で、わざとこんなメッセージを送ってきているかと思うと、ユキミの苛立ちは抑えられなかった。
「マジで酷くない? こんなん、遠回しにフッとるみたいになっとるやん。ってか、完全にフッとるやろ。デートまでしたのに! まあいいけど。私、スノーマンやったら目黒連じゃなくて、ラウール派やし」
ふんっと鼻息を噴射してからユキミはテーブルの上にあったジョッキを手に持ち、グググと飲んだ。ぷは~と昭和のドラマさならがに息を吐く。
「目黒蓮もそこら辺にはおらんけど、ラウールはもっとおらんな」
チョコはケラケラと笑う。
「でもさ、ポジティブなペローやったら、これはお互いにとって有意義なデートになったのではないか、とかいいそうやけどね」
チョコは再び軽く笑った。まあまあ、と言いながら傷が浅くてよかったやん、とユキミを慰めた。
「そういえば、ケイキは?」
気を取り直して背筋を伸ばしたユキミは、豚バラの串を一つ掴むと一気に串に刺さっている豚バラ肉を引きちぎった。一口で頬張る。口の中に柔らかく歯応えのある豚バラと、シャキシャキとした玉ねぎが放り込まれる。じんわりと解けていく豚の脂身の甘みと玉ねぎの甘みが一緒くたになり、そこに豚バラにかかっていた塩気がいい塩梅で旨みを引き立てる。
「あ~、うまい!」
ユキミは目の前にあったビールを一気に飲み干した。
「遅くなった!」
そのタイミングでケイキが店に入ってきた。どさっと大きなトートバックをユキミの横に置いて、そしてどかっと座敷の座布団に座った。
「ケイキ、遅い! チョコは全然慰めてくれんし~」
ユキミが半べそをかきながら、ケイキにしがみつく。ケイキはユキミの頭を撫でながら、「ほらいわんこっちゃない。やけん、コタローはやめとけって言ったのに」と困ったように笑った。
「そもそも、ケイキがあそこのマッサージを紹介するけん、悪いんやろ」
「ごめんって」
両手を合わせてケイキは謝る仕草をすると、店員に向かって生ビールを頼んだ。
「それにしてもケイキ、久しぶりやね。大繁盛やね」
ケイキはヘラっと笑い、新しく色々やり始めたらまた忙しくなっちゃってと肩をすくめた。
「また何か始めたと?」
すでに琥太郎のことはもうどうでもいいのか、ユキミは目の前にあったねぎまを一本取ると、ゆず胡椒をつけてぱくりと食べた。あ~、うんま、とユキミの口から溢れる。
「もう今日はいっぱい食べな」
チョコはメニューをユキミに手渡した。
メッセージであらかたの経緯は聞いたけど……、とケイキは経緯を詳しく尋ねた。メニューに夢中になっているユキミに代わって、これまでの話をチョコが簡潔に説明する。「それよりケイキは次に何を始めたとよ」と尋ねられて、「婚活」とケイキは答えた。
「婚活?」とチョコは驚く。
どう考えてもケイキは結婚に興味がなさそうに見える。今までだって結婚したいという話を一度も聞いたことがない。
ケイキの話によると、レンタルスペースの貸し出しを婚活の場作りをメインに切り替えたらしい。青ひげペローの婚活日記から着想を得たと言っていた。メッセージだけのやり取りだと、会った時にガッカリすることも否めない。結婚願望がある男女を集めて、趣味の場として習い事や交流の場を提供することにしたとのことだった。
趣味が合う人同士であれば、自然と距離も近まる。顔の広いケイキは、いろんな人に声をかけて講師をお願いしたり、参加を募ったりしていい感じにレンタルスペースの活用ができているとのことだった。
「どんな習い事やっとると?」
チョコが興味津々に尋ねた。
「お酒を作ったりだとか、簡単な料理教室。あとはギターとか、もちろんフラワーアレジメントもやってるかな。カメラとかボードゲームなんかもあるかな。あ、そうだ! チョコにもフィットネス頼もうと思いよったんやった!」
ケイキが思い出したように声を張る。
「マジで? 面白そう! 行く行く! で、カップルできたりするわけ?」
チョコが前のめりになった。ユキミは相変わらずメニューを凝視している。
「それがさぁ、結構くっつくんだよね。それに友達の友達とか連れてきてくれるし。あとは、僕もnote始めて、色々紹介したら、反応してくれる人も多くてさ。めちゃくちゃ充実しとるんよね!」
「へぇ。楽しそう!」
ユキミが顔を上げて、二人を見た。
「ねぇ、なんの話?」
「本当に食べ物に集中したら、何にも聞こえとらんのやね。小学校の時から変わっとらんやん」
チョコが笑うと、ケイキもケラケラと笑った。
「でもさ、ケイキ、ユキミに合いそうなやつないわけ?」
「あるにはあるけど、ユキミ、がさつやし。食べ物系は食べ物メインになりそうやし」
ケイキがそう言うと、チョコはうんと大きく頷いた。
「あ、そうだ。さっき話に出てた白井由紀さんも、うちに来てるよ。カメラ習ってる。最近、いい感じの人がいるらしくって、もしかして上手く行くんじゃないかって思っとるんよね。上手くいって、結婚式してくれたら、うちの花も使ってくれるやろうし、レンタルスペースも上手く活用できて、花屋も儲かって一石二鳥ってわけ」
ケイキはドヤ顔だ。チョコもやるねえケイキと感心している。
「え? なんでそこで白井由紀さんが出てくるわけ?」
ユキミが驚いた表情を浮かべて、ケイキに尋ねた。
「もともと、お母さんの友達の娘さんで、肩こりがひどいからってあそこのマッサージを紹介したんだよね、僕が。まだコタローが来る前やったかな? コタローが来てからはコタローにハマっちゃったらしくて、お母さんから相談されとったんよね。ちょっと夢中になりすぎてて、自分でもコントロールが難しくなってたらしくって。今はまあ、カメラ教室でいい人見つけたみたいで。普通の人やけどね。でも、なんかマッサージ自分じゃ断れんっていうけん、代わりに僕が電話したってわけ」
ユキミは大きくため息をついた。
「な〜んだ、あれ、ケイキやったん? マジかー。あれ? でも青ひげとも会ったりしとったんやないと? 白井さん」
ケイキは軽く笑う。
「ああ、会ったって言いよった。でもそんなに言うほど青ひげは気にならんやったけど、あんまり話が合わんやったらしい。メールと対面じゃ印象が変わる人が多いけん、やっぱり出会いは会ってからがいいかなって言いよった」
なるほど、とユキミは頷いた。
「私はさ、見た目とかじゃなくて、本当に好きな人が欲しいんよ。もちろん顔がいい人がいいけども。それより、胸がキュッとなって、夜でも昼でもいつでも会いたい! ってなる人がいい。ドキドキするけど、ホッとするような人がいいなぁ。一方的な片思いじゃなくて、両思いの恋愛がしたいんよ、私は!」
ユキミは熱く語った。
「すみませ~ん!」
店内に響き渡るような大きな声で、ユキミは店員を呼ぶ。
「は~い」
頭にタオルを巻いて、腰に紺色のエプロンを巻いた白いTシャツのバイトと思われる男性がユキミたちのテーブルに近寄ってきた。ユキミはメニュー表に目を落とす。
「鶏皮三本と砂ずり三本、ハツ三本、肝三本、枝豆にあとは卵焼きとビールの大ジョッキ一つ」
ユキミは息継ぎもせずメニューを読み上げ、店員の顔を見た。
「串は全て塩でよろしいですか?」
「あ……、えっと。肝はタレで」
ユキミの鼓動は早くなる。
「承知しました~」
振り返って厨房に戻るバイト店員の背中に、ユキミはハート型の視線を送った。やばい。かっこいい。髙橋文哉っぽい。
「おーい。ユキミさ~ん?」
チョコとケイキが顔を見合わせた後、ユキミの顔の前でひらひらと手を振った。ユキミはその場ですっくと立ち上がる。
「私、絶対痩せる! 痩せて、イケメンの彼氏をゲットする! でも、ダイエットは明日から!」
おしまい
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?